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黒水晶の竜  作者: 隠居 彼方
第6部 修復士と白竜
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16 修復士と白竜と謝罪



「さて、と。こちら側の戦力やら何やら、細かい数字などは後でアルクスにでも説明させるとして……。話すべきことは大方話したはずじゃが、他に質問はあるかの?」

「詮無いことですが、ひとつ」


 ヴィゼは律儀に手を挙げた。


「なんじゃ?」

「五千年前……、本当に、二頭の竜の力を以てしても人間を止めることができなかったのですか? 確かに数の力は大きいと思いますが……」

「ふむ。現代人が抱く疑問としては当然のもの、なのかの。そなたでも想像がつきにくいか。ふふふ……、人間の弱体化が成功して何より、と言うべきかのう」


 ひどく意地の悪い面を見せたかと思えば、こうしてヴィゼを認める発言も混ぜてくるメリディエスに、どうにもヴィゼは翻弄される。

 とはいえ、いちいち気にしていたら神経が持たない。

 基本的に流していかなくては、と思いつつ相槌を打った。


「昔の魔術師はそれほど……」

「今と比べるとのう……、皆が真名を持ち、魔力保有量はざっと五倍、多くの魔術文字を駆使できたのじゃ。そやつらが現代魔術のスピードを身に着けたら、どれほどのものか。そなたと同等かそれ以上、アルクス以下の実力者が束になってかかってくるのじゃぞ。そなた、竜を一体倒すのに、自分とアルクスが何人いれば良いと考える?」


 五千年前と現代でそこまでの差があるのかと、ヴィゼは絶句した。

<可視の戦慄>には及ばずとも、それに次ぐ実力者がごろごろしているとは、確かに現代では想像できないことである。


「理解してくれたようで何よりじゃ」

「ええ……」

「今では幻獣の多くも人間と同等のスピードを手に入れて、立場を逆転させてやったがの!」


 世界分割後、白竜と黒竜は二代目から三代目にかけて、幻獣の血にも新たな魔術式を刻んだ。

 幻獣は既にアビリティを持っており、新たな魔術式を加えることのできない種族も多かったが、それでも少なくない幻獣が人間と同じ速度を手に入れたのである。


 それが巡り巡って今の苦境に繋がっている、と言いかけて、ヴィゼは止めた。

 諸悪の根源は人間だ、と返されて反論できなくなる未来が見えたのだ。


 ――あの人たち(・・・・・)は、今この状況をどう思うだろう……。知っているのだろうか? 世界のこの、真実を……。


 恩ある人たちの面影を脳裏に浮かべ、ヴィゼは束の間沈思した。

 彼らは自身を責めるだろうか。

 それを考えてしまえば、ヴィゼは己のとるべき選択肢に悩む。

 しかし――。


「どうした? 変な顔で黙って」

「変な顔は余計です」


 顰め面で返して、ヴィゼは居住まいを正した。


「……メリディエス」

「うむ?」


 改まって呼ばれ、メリディエスは小首を傾げる。


「二つ、お話があります」

「聞こう」

「一つ目は、既にクロウから聞いているかと思いますが……、はじまりの場所の件です」

「研究所を消した……、という話なら聞いておる」


 メリディエスは瞳に寂しげな色を浮かべ、静かに告げる。

 ヴィゼはそんなメリディエスに対し、頭を下げた。


「知らなかったとはいえ、あなた方の思い出の場所に無遠慮に立ち入ったことを、お詫びします」


 ジールベールやフィオーリの話を聞き、たとえ自己満足でも謝罪をしなければと、ヴィゼはそう思わずにいられなかった。

 けれど研究所の消滅に関しては彼が謝罪できることでないことも分かっていて、彼が謝ったのは、人々の行ったことについてだった。


「律儀じゃのう。別に気にしておらんし、わたしは謝罪を受けるような立場ではないぞ。あれはフィオーリの……、黒竜のものじゃし、元々はジールベールのつくったもので、わたしには何の権利もない。まあ、それでも嫌がらせは山というほど詰め込んだがの!」

「苦労させられましたよ……」

「それなら本望じゃ!」


 メリディエスはにぱっと笑う。

 子どもがささいな悪戯に成功したことを無邪気に喜ぶような笑顔である。

 この笑顔を見て、彼女の仕掛けた罠のえげつなさを思い描ける者はいないだろう。


「それに、どうせ聞くなら実のある話を聞きたいのう。……研究所で得られた知識で、そなたの目的は達せられそうか?」

「……ええ、まあ」


 ヴィゼが完成させようとしている魔術についても、メリディエスは見透かしているのだろう。

 ヴィゼの首肯に、彼女は笑みを深めた。


「ならば良し。……クロウはそう思わんかもしれんが」

「分かってもらえるよう頑張ります」

「うむ」


 ヴィゼの返事にメリディエスは重々しく頷いたが、すぐに顔を顰めた。


「とはいえ、癪じゃな。クロウの幸せを考えた時、そなたはまあ、その、認めるに吝かではないのではあるが……、はあ……」


 隠しもしない溜め息に、ヴィゼは苦笑を漏らすしかない。


「それはそれとして、クロウに婚礼衣装を着せたくもあるし……」


 その発言に、ヴィゼはどきりとした。

 クロウのドレス姿を想像して。


 それから、思い至る。

 このままだと白竜は、親友のその場面に一度として立ちあうことができないのだ、と。


「差し迫った状況ではありますが……、クロウが頷いてくれるなら、結婚式を挙げましょうか」


 そして、気付けばヴィゼは、大胆にもそんな発言をしていたのだった。




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