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黒水晶の竜  作者: 隠居 彼方
第6部 修復士と白竜
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14 修復士と白竜と“呪い”への対抗



 ヴィゼと“全知の魔術”の関わりについて、メリディエスには言わねばならないだろう。

 しかし、それより先に優先事項の確認をしておきたい、とヴィゼは口を開いた。


「今後の動きですが……、“呪い”への対処が最優先、でしょうか」

「そうじゃの。できるならわたしがいる内に片をつけたい」


 世界を完全に分割した後には、白竜という存在は消えている。

“呪い”への対処より先に世界を分けてしまうと、白竜という戦力の抜けが大きすぎ、ナーエでもエーデでも苦慮することになるだろう。

 それをメリディエスもヴィゼも懸念していた。


「魂の魔術式の書き換えの後、クロウがどの程度戦線離脱することになるのかも分からんしの。長く動けなくなるようなことはないはずじゃが……。ともかく、世界分割は“呪い”の後じゃな」


 メリディエスは優先順位を確たるものにするように告げる。


「とはいえ、あまり悠長にはしておれん。全部を掃討、と考えていると機を逸するかもしれぬ。タイミングをうまく見計らわねばの」

「そうですね……。しかし、実際のところ“呪い”にどう対処するつもりですか」

「……ひとまず、大元を叩くのにはメトルシア家の娘に協力を請おうと思っておるぞ」


 メリディエスの言葉に、ヴィゼは眉を顰めた。


「……アディーユさん――“呪い”を相手に、情に訴えかけるつもりですか? 彼女が最早正気を失っているとしたら、効果は期待できないと思いますが」

「その正気を引き戻して隙を作りたいのじゃ。そなたの言う通り望み薄じゃが、やらないよりはいいじゃろう」


 エテレインをまた危険に晒すのか、とヴィゼは難色を示す。

 クロウにとってもエテレインは大事な友人だ。

 できれば渦中に放り込むような真似はしたくないが、本人は話を聞けば積極的に協力しようとするだろう。


「そう心配するな。アルクスが気に入っているようじゃから、守り通すじゃろう」

「婚約者候補であるとは存じていますが……、その、本気で?」

「そのようじゃのう。その娘も気の毒に」


 アルクスの母親(前世)が言う台詞ではない。

 ヴィゼの眼差しの含むものに気付いているのかいないのか、メリディエスは肩を竦めて見せた。


「ま、じゃからの、わたしとしても、アルクスの気に入りを易々と殺させたりはせぬよ。前の嫁は体が弱くて、結婚生活も短いものじゃったから……。今回はもっと長く夫婦生活を楽しんでほしいと思っておる」

「前の嫁……前の嫁!?」

「何をそんなに驚く。あやつも五百年生きておるのじゃから、その分過去にたくさん嫁がいておかしくなかろう。相手が人間なら特にの」


 ヴィゼはそこまでアルクスのことをよく知っているわけではないが、アルクスの性格が真っ当な夫婦生活を営めるようなものなのか甚だ疑問だった。

 エテレインの婚約者候補でいることもほんの気まぐれのように捉えていたのだが、本気だったとは。


「といっても、あやつが嫁にしたのはその一人だけだったがのう。大事にしておったが……、あっと言う間じゃった。あの頃のあやつを見ておった故、クロウに勧めても良いと思えたのじゃろうな」

「……はい?」


 ヴィゼが口元を引き攣らせる一方で、メリディエスは人の悪い笑みを浮かべる。


「アルクスの実力ならばクロウの守りにも十分じゃし、半分は竜で長くクロウを支えられる。何よりクロウがわたしの娘になるというのが魅力的での。番候補としてどうかとな。ついでにシュベルトも一緒に勧めてみたものじゃ。まあ、昔の話じゃし、クロウには遠慮されたがの」

「……どうしてそれをわざわざ言うんです……」

「嫌がらせじゃ」

「……そんなことをしている場合ですか? 時間がないのでは?」

「そなたへの嫌がらせも含めて計算した結果がこの部屋じゃぞ」


 ない胸を張って勝ち誇ったように言うメリディエスに、ヴィゼは肩を落とした。


「この部屋を出て事が始まってしまえば、揶揄や嫌味を言う暇はそうないじゃろうし。今のこの体はあまり長く活動できんから、余計にの」

「長く活動できない?」

「うむ。ちと無理矢理この大きさまで成長したのでな。副作用で、一日起きていられるのは数時間といったところなのじゃ」


 言われてようやく、ヴィゼはメリディエスがここにこうしていることの異常性に気付いた。

 前の白竜として亡くなってからそう長い月日は経っていないというのに、新たな白竜として彼女がここにいることは、決して当たり前のことではない。


「“呪い”のことを知って、成長を早めたのですか」

「そうじゃ。全く、肝が冷えたわ。たまたますぐに転生できたから良かったものの、もし時間がかかってしまっていたら、そもそももう一度生まれることすらなかったかもしれんからの」


 メリディエスの言葉に、ヴィゼもぞっとした。

 もし白竜の存在がなかったら――、その可能性を脳裏にありありと想像してしまって。

 しかも、白竜がいるこの時でさえ、想像した未来はありえないものではないのだ。


「そういうわけで、わたしが眠っている間、そなたやアルクスにはきりきりと働いてもらわねばならんからの。頼むぞ!」

「分かりました……」


 諦観と共に、ヴィゼは頷く。


「それで、話を戻しますが、“呪い”について、その他に対処法は?」

「大元以外の話をするなら、封印具は多数用意しておる。現在も作製を進めさせておるところじゃ」


 淡々と告げたメリディエスは、どこからともなく短剣を取り出してテーブルに置いた。


「他にも、長剣や槍等々、レパートリーは豊富じゃぞ。ただ、いくつか問題があっての」

「真名が変わってしまっていると意味をなさない……」

「それが一番厄介なことじゃな。それに、憑りついた相手や“呪い”の大きさにもよるが、何といっても元が竜じゃから……、封じるまでにどれほどの犠牲を出すことになるか……」

「力の弱い相手なら、真名が変わっていたとしても一時しのぎの封印程度はできそうですが……」

「うむ……。いつ封じが破られてしまうか分からんところが不安じゃが、そのための魔術具も戦士たちに配布しておくかの」


 メリディエスは嘆息する。


「情けないが、正直なところ、あまりこれぞという策を言えぬ。これまではわたしひとりで対処してきて、それで何とかなっておったが……、多数の“呪い”を多数で相手しなければならぬとは想定外での」


 これまでずっとひとりで、親友を封じ続けてきたのか――。

 その白竜の悲痛を思うと、ヴィゼも苦しくなるようだった。


「幸いなことは、『“呪い”が増加を続けている』とは言ったが、ネズミ算式に増えている、と言うほどではないことじゃな。殺した相手全てを“呪い”にすることはできぬようじゃ。相性もあるようじゃし、乗っ取る体に馴染むのに時間もかかる……。それはそれで、追いかけるのに苦労しておるが」


“呪い”の個体数と居場所を把握するため、メリディエスは協力関係にある幻獣たちに動いてもらっていたが、十全に果たされているとは言えなかった。


 そんな追跡の現状もヴィゼに教えて、メリディエスは顔に浮かぶ憂いの色を濃くする。


「……実は一つ、魔力の消費は激しくとも“呪い”を葬り去る……、その方法があるにはある、のじゃが――」


 躊躇いがちに言いかけて、メリディエスは首を横に振った。


「あまり……、気が進まぬ。そんなことを言っておる場合ではないが……」


 メリディエスの決意を待つより、他の策を考える必要がありそうだ。


 ヴィゼは焦燥を覚え、それを努めて押し殺した。

 メリディエスが躊躇する策の具体的なところは分からないが、相手は黒竜が元となった“呪い”だ。

 親友に対するものとして、踏み切れないような内容のものなのだろう。

 ヴィゼとしても、それを積極的に実行に移したいとは思えなかった。

 とはいえ、状況によっては無理に聞き出す必要も出てくるだろうが――。




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