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黒水晶の竜  作者: 隠居 彼方
第6部 修復士と白竜
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13 修復士と白竜と裏話



 ヴィゼは再び、ゆっくりと腰を下ろした。

 未だ胸の内に怒りが渦巻いているが、何とかそれを胸の中に抑え込む。

 冷静になれ、と理性が告げていた。

 メリディエスに覚える違和感が、ヴィゼの頭を冷えさせる。

 痛みを覚え始めた拳をぎりぎりと握ったまま、ヴィゼは口を開いた。


「……何故、全てを正直に告げたんです。あなたならいくらでも誤魔化せたでしょうに」

「それはわたしを高く見積もりすぎじゃな。そなた相手に隠せることではなかろう。わたしがクロウを保護できたのは、そなたがクロウをエーデに導いたからこその結果だったのじゃから」

「……全く気付いていなかったのですね」

「情けないじゃろう? クロウの気配を近くに感じた時、わたしがどれほど動揺したか……。湖を確認したら、綻びができておった。知らぬ間に魂はナーエに移り、そのせいで封印も解けていたようじゃ」


 メリディエスの唇の端が上がる。

 喜びと悲しみの入り混じる表情は、あまりにも幼女に似つかわしくないものだった。


「そなたには本当に感謝しておる。そなたと出会わなければ……、あの子は前の黒竜たちと同様に、命を落としておったじゃろう」

「その割に、僕の扱いがひどいような気がしますが」

「感謝の気持ちは本当じゃが、それはそれとして、そなたはクロウを奪った男でもあるからの」


 しゃあしゃあと言われ、ヴィゼは毒気を抜かれた。


「……感謝のために今の話をしたんですか?」

「それもある。わたしは……懺悔したかった。そして、許されたくなかった」


 幼女らしくない表情のまま、メリディエスは続ける。


「わたしの周りは、わたしに甘くてな。当のクロウでさえ……、簡単にわたしを許してしまう。じゃが、そなたはわたしを絶対に許さぬじゃろう?」

「――ええ」

「そういうわけじゃ」

「……それはそれで、あなたの思い通りということになりますが」

「そうじゃな。しかし、わたしの思いはともかく、罪には罰が必要なものじゃから。わたしが許されざる罪を犯したことを、決して忘れずにいてほしい」


 一体何を考えて、そう告げるのか。

 メリディエスには狙うところがあるのだろうと察するものの、彼女の思惑を読み取ることが、この時のヴィゼにはできなかった。


「さて、ヴィゼよ。今の話の後で本題に戻るのは我ながら実にやりづらいものじゃが、そなたもまだ確認したいことがあるじゃろう。魔術式を書き換えをどのように行うのか――とか、のう?」

「そうですね。聞かせてもらえますか」

「うむ」


 ヴィゼとメリディエスは、クロウの存在を至上とする点において、歪みなく一致している。

 気まずい一幕を一旦置いてクロウのための話をするのに、余計な時間は必要なかった。


「魔術式はな、準備できておる。こんなこともあろうかとずっと考えておったのでな。じゃから、そう難しいことはない。クロウの魂を視て(・・)、余計な文字を消し、新しい文字を刻めばよいだけじゃ」


 軽く言いながら、メリディエスはヴィゼの目の前に魔術式を浮かび上がらせる。


「分かりました。魔術式は後でゆっくり確認して構いませんか?」

「もちろん。存分にやってほしいのじゃ」


 後で、と言いながらヴィゼはじっくりと魔術式を見つめた。

 その一か所に目を留め、彼はわずかに唇を半月の形にする。

 そのかすかな笑みに、メリディエスは顔を顰めた。


「腹立つのう、その勝ち誇ったような顔……」

「ああ、すみません」


 ヴィゼは全く気持ちの籠っていない謝罪をした。


「あなたがどうして僕に助力を求めたのか、その理由をはっきり確認できたので、つい」

「この腹黒ヤンデレ眼鏡め……」


 メリディエスは舌打ちする。


 彼女がヴィゼに助けを求めた理由は、主に二つ。


 一つは、クロウに生きる意思を持ってもらうため。

 ヴィゼは、クロウが生き続ける一番の理由だ。

 そのためにクロウは己を犠牲にして世界を救おうとしているが、その意思を変えられるのもまたヴィゼであろう、とメリディエスは考えたのだった。


 もう一つの理由は、クロウの真名を知るのがヴィゼだけだからである。

 魂の魔術式を書き換えるためには、真名が必要不可欠だ。

 しかしメリディエスはクロウの真名を知らず、クロウはメリディエスに真名を教えることができない状態にある。

 それは、クロウがヴィゼと結んでいる契約のせいだ。

 ヴィゼはクロウを誰にも奪われないために、彼女の真名を自分だけのものとしていた。

 目の前の魔術式によって、メリディエスがクロウの真名を手にできないでいることを理解し、ヴィゼはほくそ笑んだのである。


「ところで、<源>について、魔力は足りているということでしたが、本当に完成させることができるのですか?」

「多分の」

「多分!?」

「正直、やってみんと分からん。上手くいくとは思う。この五千年の間に何度か“全知の魔術”で確認したしの、エーデの<源>とほとんど同じものを創れるはずじゃが……。<源>という存在があまりにも茫漠としておって、五千年関わり続けてきたというのに掴み切れた気がせんのじゃ」


 ヴィゼはごくりと唾を呑み込んだ。

 白竜ですらこのように表現する<源>という存在を、畏ろしく感じて。


「<源>が上手く機能しなければ、滅びるのは幻獣だけじゃ。まあそう気にするな」

「気にしますよ……。うちのメンバーには樹妖精もいるんです。彼女がナーエに居続けるのかどうかはまだ分かりませんが、もしあちらに残ることを決めたなら……」

「むっ、そう言えばそんなことを聞いたの」


 クロウに聞いたのか、それともアルクスか、メリディエスは思い出すような顔になる。


「それなら心配じゃろうが、こちらとしても一応手は打っておる。わたしがいなくなるからの。後を継いで世界を調整する一族を、竜族の中に作っておいた。何かあれば対応するはずじゃ」


 それでどうにもならないならば仕方がない、とでも言いたげだ。


 世界を二つに分けた責任は取るが、親友のいない世界には未練がない、というのがメリディエスの本心なのかもしれない、とヴィゼは思った。

 白竜の子孫が生きるのはエーデであるし、ナーエに執着する理由がないのだ。

 世界を二つに分ける理由となったのは人間だが、親友を虐げ続けたのは竜族であって、それらの事柄も彼女の心理に影響していそうである。


「まあ、ともかく、<源>についてはわたしが完成させる故、任せておいてほしいのじゃ。エーデの方には問題は起こらないはず……じゃし」

「不安を煽るような語尾は止めてください」

「いや、大異変の時ものう、まさか本当に人類滅亡一歩手前の状態になるとは思いもしなかったからの。同じようなことが起こる可能性がないとは言えんな、と……」


 てへ、とメリディエスは笑うが、笑い事ではない。


「大異変は全くの想定外だったと? ですが、古文字や魔力は奪っていったのですよね?」

「それはのう、当然の復讐としてやってやったが、世界分割が文明を後退させるほどの地揺れを引き起こすことになるとは想定外じゃった。その辺も考慮して魔術式を構築したのじゃがな……。それに、その後に出てきた綻びもそうじゃ。まさか世界が元に戻ろうとする力が働くとは……」

「綻びは、世界が元に戻ろうとした結果なんですか?」


 ついつい恨み節になるヴィゼだったが、メリディエスの言う綻びの話には食いつかずにはいられなかった。


「うむ。しかも、エーデに幻獣が移動すると、そこに綻びができるじゃろう? あれはナーエという世界を、わたしたちが『幻獣を守る場所』と定義したからじゃ。ナーエは幻獣を守ろうとして、エーデに侵食するのじゃよ」


 なるほど、とヴィゼは納得する。


「……そんなわけで、世界を完全に分けたとしても、それで何事も上手く収まるとは断言できん。しかしその時のために白竜の一族がおるし、協力者たちも数多い。何とかなるじゃろう」


 その時はアルクスらに協力することになるのだろう、とヴィゼは頷いた。

 どのようなことが起こるか予測できるのならもう少し食い下がるところだが、あまりにも未知であるのなら今から心配しすぎてもどうしようもない。


 ――何が起こってもクロウを守れるように、心構えはしておかないとな……。


 それにしても、目の前の竜は五千年もの間こうして着々と準備を進めてきたのか、と思うと、感嘆すると共にわずかながら敗北感も湧く。


 そんなヴィゼに向かって、メリディエスはぴし、と人差し指を立てた。


「あと、<源>の話ついでに忠告じゃ。そなた、“全知の魔術”で<源>を視よう(・・・)、などとするでないぞ」

「やっぱり駄目ですか」

「こやつ、やっぱりとか言いおって……。忠告して正解じゃの。わたしは竜族じゃから耐えられたが、人間のそなたが<源>を視た(・・)ら、良くて廃人、悪くて死じゃ。クロウを悲しませるようなことは許さんからの!」

「はい」


 ヴィゼは神妙な顔で首肯する。


「アルクスから聞いたが、“全知の魔術”にどうやってか辿り着いていたらしいの。使うのは、今回で止めにしておくことじゃ」

「そうします」


 素直に返事をしながら、ヴィゼは少々意外に思っていた。

 メリディエスは、ヴィゼが“全知の魔術”をどこで得たのか知らないのか、と――。




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