表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒水晶の竜  作者: 隠居 彼方
第6部 修復士と白竜
171/185

11 緑竜と青竜と創世②



『……ジール、あなたなら、もっと良い案を出してくれていたかな……』


 その日、フィオーリはジールベールの眠る場所を前に、憂いを帯びた瞳で座り込んでいた。


 新しい世界での暮らしが始まって、少し。

 フィオーリとミディエーニは、幻獣の救世主として持て囃される日々を過ごしていた。

 とはいえ、<源>を作成するという課題を持った二頭は、相も変わらず二頭だけで過ごすことの方が多いのだが。


 人間の脅威を考えずに済むようになり、余裕を持って<源>作成に取り組めるようになった二頭は、完成までの道程を決定したばかりだった。

 しかし、フィオーリはそれに迷いを抱いている。


『……わたしだけで、<源>を完成させられるような方法は……、』

『もう、フィオーリってば、まだそんなこと言っているの?』

『ミディ!』


 親友がすぐ側まで来ていたのに全く気付かなかったフィオーリは、驚いて振り返った。


『散々考え尽くして話し尽くしたじゃない。もちろんそれで可能性を全て出し尽くせたとは、わたしも思っていないけれど……。かといって、あまり長くもたもたしているわけにはいかないって、フィオーリも分かっているでしょう』


 優しく諭すようなミディエーニの言葉の意味が分かりすぎて、フィオーリは悲しくなる。


『分かってる。それでも……、』

『仕方がないわね、フィオーリは。……なんて言って、わたしも同じなんだけれどね。わたしだけでできるならって、ずっと考えてる』

『ミディ、』

『一方じゃ、あなたとこれからもずっと生きていけることを、願ったり叶ったりだって思ったりもしてる。今日はね、それを羨ましいでしょって、こいつに言いに来たのよ』


 ミディエーニは微笑んで、ジールベールを指した。


『ミディ、だけど、記憶を引き継げるのは……』

『記憶がなくっても、わたしとあなたならいつまでだって唯一無二の親友でいられるわよ。わたしは少なくともそう信じているけど?』

『わたしだって……、』

『でしょう? それなら何の問題もないと思わない?』


 ミディエーニが伝えてくれる言葉は、全て本音だ。

 フィオーリは瞳を潤ませ、親友に抱き着くように凭れかかる。


 ――完全なる<源>を創るために、二頭は自分たちの魂を使うことを決めた。


 <源>に必要なものはまず、膨大な量の魔力。

 これは、竜族の彼女たちであっても一朝一夕に集められる量ではない。

 そのため、長い年月をかけ魔力を貯めていくことにした。

 彼女たちの死の後も、ずっと。

 魂に魔術式を刻み、生まれ変わった後にも魔力を集め続けることで、十分な量を確保することにしたのだ。


 魂は死ぬと肉体を出て<源>へ還り、また新たな肉体に宿る。

 その際に生前のことは全てリセットされてしまうため、<源>を経由せず転生できるよう、これについても魂に魔術式を刻んでおくことで、その解決策とすることとした。


 もう一つ必要なものは、魔術文字アドヴェニーレだ。

 魔術文字は古い古い言葉で「源へ至る文字」とも呼ばれ、まさに<源>に必須のものだ。

 <源>は魔術文字によって動くため、不足があってはならない。

 <源>の機能を限るのであればある程度のものは創れるが、前の世界と同じように動く<源>を創るとすると、今のままでは足りなかった。

 それを、これから探していかなければならない。


 それらの条件を揃え、<源>が十全に動くように組み上げるまでが彼女たちに課されたことだ。


 魔術文字の収集に関しては、“全知の魔術”を使えば容易なことであろうが、凄まじい情報量に心身が耐えられないのではないかと推測された。

 それならば時間をかけて少しずつ<源>を構築していけばよい、というのが彼女たちの結論だ。

 いずれにせよ魔力を貯める時間が必要なのだから、と。


 しかしここでまた彼女たちに問題が立ち塞がる。


 二頭は魔力貯蔵と魔術文字収集の役目をそれぞれ一つずつ受け持ち、魂に魔術式を刻むことにしたのだが、他の幻獣たちから魔力を貰い受けたとしても、今度はそのための魔力が足りないのだ。

 これに関しても、時間をかけて魔力を貯めたいのは山々だったが――彼女たちにはもう、あまり時間が残されていなかった。


“全知の魔術”の使い過ぎと、創世の魔術の負担が、二頭の心身を削っていたのだ。

 いつ命の灯火が消えるか分からない。だから早く、魂に魔術式を刻まなければならない。だが、魔力が足りない。


 それならば、どうしたらよいのか――。

 考えて考えて、彼女たちは魂に刻む魔術式を減らした。

 減らせたのはたった一つの魔術だったが、それをなくせばぎりぎり魔力が足りる計算だった。


 その魔術式は、記憶保存を叶えるためのもの。


 記憶は魂と肉体、双方に刻まれ、死ねば失われてしまう。

 それ故、転生を果たした際に記憶が消えないよう、彼女たちは記憶を魂に残しておくための魔術を用意していた。


 だが、<源>を完成させることだけを考えるならば、二頭が共に記憶を持っておく必要はない。どちらかが忘れずにいればいいのだ。

 彼女たちは苦渋の末、片方が記憶を持ったまま転生し、片方は記憶を持たずに転生することを決断したのだった。


 ――これを始めたのはわたし。わたしだけで背負っていけるなら、どんなにいいか……。


 決断はしたが、フィオーリは思い悩む気持ちを消せずにいる。

 忘れてしまうことも、忘れられてしまうことも、どちらもつらい。

 しかもそのまま、永く永く歪んだ生を生きていかなければならないのだ。


 <源>のために生きる魂が自分のものだけで済むなら、とフィオーリはずっと考えていた。

 不可能なことだと、分かっていて。

 魔力貯蔵と魔術文字収集、両方の魔術式を刻むことは、一つの魂では耐えられない。

 それをどうにかできないか……。必死に考えるのだけれど、無理なことは無理で、フィオーリは悔しくて堪らなかった。


『ミディ、』


 ごめんなさいと、フィオーリは告げたかった。

 ミディエーニを巻き込んでしまったこと。

 彼女の命を減らしてしまったこと。

 彼女のこれからの命を歪めてしまうこと。

 それらを全部自分のせいだと思うのは、傲慢なことなのだろう。


 ――傲慢、なんだろうけれど、わたしが選ばせてしまったって、それは否定できないこと……。


 だからフィオーリが自責の念を消せる日は、きっと来ない。

 けれどミディエーニは、フィオーリがそんな風に思うことを、望みはしないのだ。

 謝罪の言葉も、彼女は必要となどしていない。


 ――優しすぎるミディ……。わたしの一番大切な、自慢の友だち……。わたしはあなたの親友にふさわしいだろうか? あなたから失わせるばかりで? わたしはあなたに、一体何ができる……?


 フィオーリは胸の内で問いかける。

 答えを出すことは、フィオーリにとっては難しいことではなかった。


『ありがとう……』


 フィオーリはただ、微笑んで、そう告げた。








『それじゃあ始めましょうか、フィオーリ』

『そうだね、ミディ』


 <源>のため、魂に魔術式を刻む日。

 準備を万端にしたフィオーリとミディエーニは、誰もいない草原で向かい合っている。

 そこは、いつもの彼女たちの憩いの場所だ。

 新たなる始まりの日に、最も親しんだ場所を選んだのだった。


『緊張する……』

『そうね。でもきっと、うまくいくわ』


 表には出さないだけで不安は大きいはずだが、それでも真っ直ぐな眼差しでいるミディエーニが、フィオーリにはいつも眩しい。


『わたしたちなら?』

『わたしたちなら!』


 創世の時の緊張も大きかったが、あの時以上の緊張と恐れが、彼女たちを襲っていた。

 これから互いの魂に魔術式を刻む。

 失敗すれば親友を自らの手で殺してしまうことになるかもしれないと、彼女たちは身体を震わせずにはいられなかった。


 それでも笑い合い、二頭は翼を広げる。


 互いの名をもう一度、呼んで。


 魔術が光として、その場に満ちる。


 そして、その光が収まった時。

 その場にいたのは、白に輝く竜と、黒に輝く竜だった――。







五千年前の話はこれにて終幕。

次話から現在に戻ります。

修復士、対(?)、白竜ですー。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ