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黒水晶の竜  作者: 隠居 彼方
第6部 修復士と白竜
170/185

10 緑竜と青竜と創世①



 幻獣のための新しい世界を創造する。

 フィオーリとミディエーニは、最終的にその解に行き着いた。


 当初は北の大地ごと海を移動することを考えていたが、人間たちが追いかけてくる可能性を懸念したのである。

 そこまで執念深く幻獣を根絶やしにしようとしているとは考えたくなかったが、件の国王の振る舞いを見ていると決して杞憂では片付けられなかったのだ。


 海の向こうに別の大陸があったとして、また別の人間たちに出会う恐れもある。

 それならばいっそ、人間を恐れずにいられる、幻獣だけの居場所を創ろう、という結論に至ったのだった。


 竜族の知識を結集すれば、世界を創造することは決して不可能でない。

 フィオーリもミディエーニもそのことを知っていた。

 だからこそ、その答えを導き出せてしまったのだ。


 二頭の竜は寝る間も惜しみ、必死に創世の魔術を構築した。

 “全知の魔術”さえ行使して、魔術式は出来上がりつつあったのだが――。


 その最中、敵である国王の、新たな情報が彼女たちの元へ届いた。

 それは、かの王が、遠くない内に他国にもアビリティの情報を公開するつもりである――、というもので、フィオーリたちは平静をなくした。


『あのクソ王……っ!』

『これ以上事態が加速したら……、創世より先に大戦が始まっちゃう……』


 幻獣を絶やすためならばと、かの王はその決断に踏み切ったようだ。

 それがなくとも、かの王の勢いに押されるように、幻獣を滅ぼし大陸を人のものとすべきだ、との考えが大陸中に広まりつつある。

 迅速に手段を講じなければ、とフィオーリたちの意見は一致した。


『どうする? 先にあのクソ王をさくっと殺しとく?』

『それは逆効果だってこの間も話したじゃない。そうしたいのは山々だけど、人間たちを刺激しちゃうだけだからって……』

『多少勢いは失速しそうだけれどね……』

『その辺も含めた後のことの予測がしづらいのも、問題だよね……。もっと事態が混沌としちゃったら困るし……』


 はぁ、と二頭の溜め息が重なる。


『とにかく、このままじゃ間に合わないわ』

『どうしよう……。皆の説得だってこれからなのに』

『うーん……』


 二頭は頭を抱えた。


『せめて、<源>の問題をクリアした後だったらまだ良かったのに……』

『本当にね……。ギリギリまで小さくしても魔力が足りないのは確定。どうしたらいいのかしら』

『魔力、人間から奪っちゃおうか? そのための魔術が別にいるけれど……』

『フィオーリって時々わたしより腹黒いこと考えるわよね……。アイディアとしては良いんだけど、加減が難しいのじゃないかしら』


 そんな会話をしつつ、二頭は人間側の動きから目を背けるように、魔術式をああでもないこうでもないといじくりまわす。


 彼女たちが問題視している<源>とは――。


 世界の根源、核、脳あるいは心臓部、とでも言うべきものである。

 世界の維持・循環を司り、それがあるからこそ世界が世界足りえているのだと。


 表された魔術式を読み取り、受け取り、それを魔術の結果として返しているのも、<源>という存在だ。


 しかし、<源>について正確に全てを理解している者は、竜族の中にすら存在しない。

 そもそもこの世界に生きる者の中で、<源>を知っている者の方が少数だ。


 <源>がなければ世界は成り立たない。

 だがそれはあまりにも当たり前に在って、けれど目に見えない故に、知らないままでいられてしまうのだ。


 “全知の魔術”によって<源>を視た(・・)フィオーリとミディエーニでさえ、十全に理解できているとは言い難かった。

 それでも、新たなる世界のために、<源>を創らなければならない。

 けれど――。


『ああ、もう! さすがは神なんて呼ばれることもある<源>だわ! 頭おかしくなりそう!』

『削れるだけ削っても必要魔力が多すぎる……。それに、こんなに機能を限定してわたしたち問題なく生きていけるかしら?』

『稼働試験とかできればいいんだけれど、そんな余力も時間もないしね……』

『もう一度“全知の魔術”を使ってみる? 検索語を変えてみたら新しい解が返ってくるかも……』

『そうしたいけれど――、止めておきましょう。わたしたち、“全知の魔術”に頼り過ぎてるわ』

『そうね……』


 未練はありそうだったが、フィオーリは素直に頷く。

 ミディエーニは構築途中の魔術式を睨みつけた。


『もういっそ、<源>をこの世界から奪っちゃいたい、』

『それは世界ごと人類滅亡しちゃうね……』


 フィオーリは苦笑して、隣のミディエーニが固まっていることに気付いた。


『ミディ?』

『そうよ……、そうすればいいんだわ』

『えっ、人類滅亡?』

『それはできればそうしちゃいたいくらいだけど、そうじゃなくって、<源>のこと! しばらくはこの世界の<源>を使わせてもらえばいいんじゃない?』

『え……?』


 目をぱちくりとさせたフィオーリに、ミディエーニは自分の思いつきを説明する。


『とにかく今一番にやらなくちゃいけないのは、人間とは別の世界に移り住むこと。幻獣が人間の脅威から逃れることができて、今まで通り暮らせるなら、当面世界が完全じゃなくてもいいわよね? だから、ひとまず大地と外殻を創って移住して、その維持と管理はしばらくの間この世界の<源>にお願いするの。わたしたちは移住した後で、もっとちゃんとした<源>を創る。どう?』

『確かにそれなら、すぐにでも世界を創れる……』

『上手くいくとは限らないけれど、いずれにせよ手詰まりになっているし、魔術式を考え直してみましょうよ、フィオーリ!』

『うん!』


 フィオーリとミディエーニは、今までに増して魔術式の構築に没頭した。

 そして、人間のさらなる暴虐の前に、不完全な創世の魔術式を完成させるに至るのである。

 <源>の創造を後に回してしまえば、多くの時間は必要なかったのだ。


 彼女たちはその魔術式を以て、竜族を、幻獣たちの多くを説得した。

 幸いなことに、ほとんどの幻獣たちは彼女たちに賛同してくれる。

 創世の魔術の実現性の高さと、日に日に酷さを増す人間たちの残虐非道な振る舞いが、そうさせたのだ。


 この世界に残ることを希望する者、人間との徹底抗戦を唱える者もいた。

 だが、フィオーリもミディエーニも、移住に関して無理強いすることは最初から考えていない。

 それぞれが選択することだからと、説得もしなかった。


 ただ、北の大地は新しい世界の基盤にするつもりだったので、それを邪魔する者には容赦しなかった。

 創世はフィオーリたちの我儘で行うことだ。北の大地を奪っていくことは横暴であると重々承知していたが、二頭は譲らなかった。

 北の大地は多くの種族が生きる場所であり、……今となっては、二頭の大事な人間の眠る場所だったから。


『それじゃあ、ミディ……、』

『ええ、やりましょう』


 そうして準備を整えたフィオーリとミディエーニは、人間たちが犠牲を増やす前にと、創世の魔術を発動させた。

 北の大地を分離させ、これまで生きてきた世界から、離脱する。


 その際、彼女たちは、彼女たちにとってはささやかな復讐をした。


 魔術文字(アドヴェニーレ)――ヴィゼたちの生きる現代で「古文字」と呼ばれているもの――、その多くを人間たちの記憶や記録から奪い、さらに、大気に満ちる魔力が彼女たちの創った世界の方へより多く配分されるようにしたのだ。

 人間はいずれ失われた魔術文字を復活させるだろうし、魔力に関しては二つの世界が同じ<源>の上に成り立つからこそ可能なことなので期間は限られる。

 それでも今生きている人間に制約を課すことはできる、と。

 それは、人間たちが世界さえ越えて幻獣を追ってくることのないようにするためでもあった。






『……上手く、いった?』

『大丈夫、みたい……』


 新たなる空は、これまでと同じように青く青く澄み切っている。

 問題が起きていないことを確かめ、二頭はついて来てくれた幻獣たちに成功を告げる。


 彼らの喝采は、世界の産声だった。




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