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黒水晶の竜  作者: 隠居 彼方
第6部 修復士と白竜
168/185

08 緑竜と青竜と五千年前③



『ジールが“全知の魔術”を発見したことは、ミディも知っている通りだけど……』


 そう、フィオーリは切り出した。


 ジールベールの私室で、少女姿の竜たちは向かい合っている。

 遠慮している場合ではないと、ミディエーニはフィオーリに部屋の設定を変えてもらい、彼の部屋にいた。


 人の姿のままでいるのは、単純にこの部屋にそれだけの広さがないからだ。

 魔力不足気味なので竜体でいる方が楽なのだが、研究資料を扱うには人の姿でいた方が何かと便利、という理由もある。


『あいつは“全視の魔術”って言ってたけどね……』

『あの時はまだ、あの魔術の全部を分かっていたわけじゃなかったものね。魔力を根こそぎ持っていかれるから、そうそう使えるものじゃないし』


 フィオーリはそう、フォローする。


 ジールベールはしばらく前に、とある魔術を編み出した。

 望む全てを視ることのできる“全視の魔術”だと彼は考えたが、実はそれは、かの魔術の一部分でしかない。


 知りたいことの、全てを知ることのできる魔術。

 ジールベールが見つけ出したのは、そんな魔術だったのだ。


 竜族の彼女たちにとっては既知のものであったけれども、“全知の魔術”に辿り着いた人間は、おそらくジールベールが初めてだろう。

 しかし彼女たちはその魔術に関わることを、ジールベールに伝えることはしなかった。


 何故なら、竜族において“全知の魔術”は禁忌の魔術。

 どんなことでも知ることが可能である故に、制御を誤れば膨大な情報に吞み込まれ自我を失うこともあり得る、というのが禁忌とされた最大の理由である。


 その危険性はジールベールも分かっていて、自ら使用を控える決意を見せていたので、フィオーリたちはむしろ余計なことを言わないようにしたのだった。


『……奪われたのは、“全知の魔術”なの?』

『他にもあるけれど、取り返さなくちゃいけないのは、そう』


 フィオーリの深刻そうな表情に、しかしミディエーニは首を傾げた。


 “全知の魔術”は危険な魔術で、取り戻さなければいけないのは分かる。

 だが、あれは竜族でも制御の難しい魔術で、魔力を大量に必要とするものでもあるから、人間では簡単に扱えない。それどころか、使った人間を殺してしまうような代物だ。


 例えば誰もが簡単に扱えて、幻獣たちにすぐにでも甚大な被害を及ぼせるような魔術であるなら、その魔術が人間たちの間に広まるようなことは早急に止めなければならない。

 だが、“全知の魔術”に関しては、知ってしまった人間をどうにかしてしまえばそれで終わる話のはず、とミディエーニはそう考えたのだった。


『“全知の魔術”と、それによってジールが見てしまったものが問題だったの』


 ミディエーニの疑問は口に出さずともフィオーリには伝わっていて、彼女は溜め息交じりに告げる。


『ジールは、血の中にある情報に気付いてしまった。幻獣たちのアビリティが一体どういうものなのか、それに辿り着いてしまっていたの』

『な……っ』


 ミディエーニは絶句した。


『ちょっと、ジールベール、勘弁しなさいよ……』


 思わず、彼の身体を振り返り、睨みつける。


『まさか、人間がアビリティを持つ方法まで分かっちゃったの? それじゃあ、研究を盗んだ奴らは……』

『もう、アビリティを手に入れているかもしれない。わたしの暴走と、目覚めるまでの時間が、彼らにはあったから』


 フィオーリが深刻な顔を崩さない理由が分かり、ミディエーニは強く拳を握った。


 幻獣がそれぞれ持つ先天的能力――アビリティ。

 それは、魔術式を用いずに何らかの魔術を一瞬で発動できるというものだ。


 使用できる魔術は種によって様々であるが、それを幻獣が扱えるのは、己に流れる血が持つ情報記録物質に魔術式が刻まれているから、なのだった。


 血に魔術式を刻んだのは、古にこの世界に存在したというエルフ族か、もしくは神族と呼ばれるものであった、などと竜族では言い伝えられている。

 彼らが人間にアビリティを与えず、幻獣にのみアビリティを持たせた理由は分からない。


 問題は、これまでアビリティを持たなかった人間と、アビリティを持った幻獣が、ある程度戦力を拮抗させてきたということだ。

 もし今この時、人間がアビリティを手に入れたら、その戦力バランスはどうなってしまうのか。

 竜族はこれまで人間をか弱きモノとして扱い、本気を出すようなことはほとんどなかったが、大陸で最も数を誇る人間がさらなる力と速度を手に入れてしまえば、どこまで抗えるものなのか。


『血に魔術式を刻むだけなら、“全知の魔術”の機能の一部を使うだけでいいから使用者の犠牲も少なくて済む……かしらね。急がなくちゃ。あとどれくらいで終わりそう?』

『もう少し』


 フィオーリは言って、手にしていたノートを消した(・・・)

 話をしながらも、彼女は資料の処理を進めていたのだ。

 急ぐならば、研究所に結界を張っている今、後回しにできることかもしれなかったが、万が一ということもある。

 フィオーリは焦りつつ、着実にすべきことをこなしていた。


『ミディ……、早速なんだけれど、倉庫から使えそうな魔術具を持ってきてもらってもいい?』

『了解よ。……そういえば、この研究所、誰か残ってたの?』

『誰もいないわ』


 寂しそうに、フィオーリは答える。


『誰もいないし、外では兵士や魔術師たちがここを見張ってる。わたしの暴走が研究所の外に漏れ出ちゃったせいもあるけど……』

『まさか……、一部の魔術師だけじゃなくて、もっと大勢が関わっているの……?』 


 そうだとしたら、アビリティの真実が漏れたというのは、本当に危機的なことだ。

 そして、この国の王は、幻獣たちの迫害を進めている――。


 ミディエーニは戦慄を覚えた。

 二頭の竜だけで手に負える問題なのか、と迷いが生じるが、今は行動するしかない。


『……とにかく、役立ちそうなもの全部持ってくる。食事もいるわね。腹が減っては何とやら、だもの』

『うん。……ミディ、ありがとう』


 フィオーリに対しては軽く笑いかけたものの、部屋を出たミディエーニは険しい顔になり、倉庫へと駆けたのだった。






 使えそうな魔術具と食料を遠慮なく持ち出したミディエーニは、フィオーリの元へ戻る前に、研究所の内外の様子を窺った。


 誰もいない研究所内は、ひっそりと静まり返っている。

 フィオーリの暴走の余波が襲ったはずだが、建物自体に特に異変が見られないのは、さすがはジールベール作、といったところか。


 ――それにしたって、整然としすぎだわ……。


 フィオーリの暴走の前から職員たちは退去していたのだろう、とミディエーニは推測した。


 ――用意周到な敵ね。それに、こうして人を動かすことのできる権力持ち……。


 おそらく敵は、薬を盛るか何かして、ジールベールを眠らせた。

 それ以上の危害を加える行為はフィオーリに気付かれてしまうし、ジールベールも当然防御したはずだから、敵は慎重に動いただろう。

 そうしておいて、魔力を遮断する部屋か何かにジールベールを閉じ込めてから、彼に刃を向けた。それくらいしなければ、ジールベールを殺すことなどできなかったはずだ。

 稀代の魔術師は死に瀕しながらも敵の手から抜け出し、何とかこの場所に戻り、最期にフィオーリを呼んだのだろう……。


 研究所の屋上に出ながら、ミディエーニは思考を巡らせる。


 ――敵の一番の狙いは、そもそも何だったのかしら。


 ジールベールが殺された一番の理由は嫉妬だろうと考えていたミディエーニだったが、状況が明らかになっていけばいくほど、事はそう単純なものではないように思えた。

 研究所の屋上から下を見下ろし、フィオーリの言う通り兵士たちが待機している様を目に映せば、その思いは強くなるばかりだ。

 彼らにとっては謎の力の暴走も落ち着いている。研究所内へ立ち入りたいのだろうが、今はフィオーリの張った結界が侵入を拒んでいるので入れずにいるようだった。


 ――いずれにしても、わたしたちのやることは変わらないけれどね。


『それにしても、森を半壊させちゃったかぁ……。ま、このくらいで済んだなら御の字かしら?』


 そう呟いて、ミディエーニはフィオーリの元へ戻る。


『ミディ、おかえり』

『ただいま。ひとまず、良さそうなものは持ってきたわよ。食事も』


 ミディエーニはリンゴをひとつ、フィオーリに手渡した。


『食事といっても、果物だけだけど。これが手っ取り早いでしょ?』

『そうだね。ありがとう』


 食欲はないだろうけれど、これならば食べきれるはず、というミディエーニの考えは当たっていて、フィオーリはすんなりとリンゴひとつを食べきってしまう。

 ミディエーニも同じようにリンゴを頬張りながら、フィオーリに尋ねた。


『もう行ける? ジールベールは……』

『ジールにはしばらくここで眠っていてもらう。この研究所も封印したいけど、先にやってしまうと動きを気付かれちゃうから』

『そうね。ま、結界で侵入を拒んでる時点で異常には気付かれてるでしょうけど。それはジールベールが仕掛けたことって考えてくれてるんじゃないかしら』


 そこまでは考えが至っていなかったらしいフィオーリは眉を下げる。


『あっ……、結界を張ったのは迂闊だったかな?』

『そんなことないわよ。結界がなかったら蹂躙されていただろうし。ジールベールの言う通りに消しちゃわなかったのだって、敵に気付かれないようにってことで、良かったと思う』

『そう……だよね』

『それより、敵はどれくらいわたしたちのことを考慮に入れているかしら。フィオーリが竜だって知っていたのって、二人、だったわよね?』

『あの人たちがわたしのことを他に漏らしたなんて思いたくはないけれど……、敵も把握しているって考えておく方がいいよね。ジールへの……、罠のかけ方を考えると』

『そうね……。心づもりはしておきましょう』


 ミディエーニは神妙な面持ちになった。

 いざという時は自分がフィオーリを守らなければ、と思って。


『それで、肝心のわたしたちが向かうべき場所は?』

『ジールが目印をつけておいてくれたから、そこに行けばいいはず。すぐにでも行けるけれど……』


 この期に及んでミディエーニを連れて行くことを躊躇うようなので、フィオーリに置いて行かれないように、ミディエーニはその手を握った。


『なら行きましょう!』

『……うん!』


 手を繋ぎ、竜たちは目的の場所へと転移して――。


 そして、何もかも手遅れであったことを知るのである。




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