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黒水晶の竜  作者: 隠居 彼方
第6部 修復士と白竜
167/185

07 緑竜と青竜と五千年前②



 ジールベールは、殺された。

 仲間だった魔術師たちに裏切られ、魔術を封じられたために何の抵抗もできず――。


 ミディエーニがその事実を知ったのは、彼の死から一週間以上経った後のことだ。

 彼女には、彼の死の真相をすぐさま知るような余裕がなかった。

 フィオーリの暴走を、抑え込まなければならなかったから。




『ジール! ジール……!!』


 運命のその時は、あまりにも唐突に訪れを告げた。

 フィオーリの悲鳴によって。


 夕刻のことだった。

 親友の隣にあったミディエーニは、はっと親友を見つめ、息を呑んだ。

 その瞳に、かつてない絶望の暗闇があったから。

 思わずミディエーニが伸ばした手はしかし、空を切る。

 フィオーリがジールベールの元へ転移し、その場から掻き消えたのだ。


『フィオーリ!』


 ジールベールの身に何かが起きたことは明白で、ミディエーニもすぐに転移で親友の後を追いかけた。

 そこで、ミディエーニは見ることになる。

 彼女の望んだ光景とは、正反対のものを。


 白い部屋の中、赤に染まって力なく四肢を投げ出したジールベールと、その彼の身体を腕に抱くフィオーリを――。


『あ、あ、ぁ……』


 あまりのことに言葉を失うミディエーニの目の前で、フィオーリの魔力がその体から溢れ出す。


『ああああああああああああああああ!!』


 フィオーリの叫びと同時に、その魔力が何もかもを破壊しようと爆発した。

 ミディエーニは間一髪で、何とかそれを抑え込む。

 一国など簡単に滅ぼしてしまえそうな嘆きと悲しみ、怒りの奔流。

 それをそのままにしては、フィオーリもただでは済まない。

 何より、我に返った彼女は、自身が壊したものを目にしてまた涙することになる。

 それが分かっていたから、ミディエーニは必死にフィオーリを止めた。


『フィオーリ、お願い、帰ってきて……!』


 このままフィオーリも全ての力を失って、ジールベールの後を追っていってしまうのかもしれない――。

 そんな恐ろしさに苛まれながら、ミディエーニはフィオーリを抑え続けた。


 七日もの間、緊張を緩めることのできない時間はそうして続き……。


 力尽きたフィオーリが、暴走を収束させ、ようやくミディエーニをその瞳に映す。


『ごめんなさい……』


 小さくそれだけを言い残して、フィオーリは気を失った。




 ミディエーニも疲労困憊していたが、フィオーリを追うように意識を手放すわけにはいかなかった。

 親友をそっとその場に寝かせ、その手が抱きかかえたままのジールベールに手を伸ばす。

 簡単に死にそうにもなかった男が本当に死んでいるのか信じられなかったが、冷え切って硬くなった体は、まさしく骸だった。

 それでも、フィオーリが無意識にでも保護をかけていたのか、顔だけ見ればまるで眠っているかのようだ。


『あんた、最低ね、ジールベール。フィオーリをこんなに泣かせるなんて……』


 力なく、呟く。

 ジールベールの身体には、何か所も刺された跡があった。

 最早手遅れだが、目覚めたフィオーリに傷だらけの彼の姿をもう一度見せるのは嫌で、ミディエーニは彼の遺体を綺麗に整える。


『あんたが最低なら、あんたをこうした奴は最悪だわ。一体誰がどうして、どうやってこんなことをしたのか……。分かったら関わった奴らは皆殺しよ』


 横たわる親友と、その恋人を目の前に、ミディエーニは腸が煮えくり返るようだった。

 絶対に許さない、と強く思う。

 今すぐにでも飛び出して、親友を、友人を苦しめた者を見つけ出し、引き裂いてやりたいと。


 しかし、ミディエーニももう限界だった。

 フィオーリを止めるために力を使い果たしていた彼女は、それでも何とか最低限すべきと思うことを終え、最後に部屋の防御を最大のものにして、意識を手放したのである。






 どれほどの間、眠っていたのか。

 ミディエーニが白い部屋で目を覚ますと、フィオーリもジールベールも姿を消していた。

 焦ってパニックになりかけたミディエーニだったが、すぐ隣の部屋にフィオーリの気配がちゃんとあって、『フィオーリ!』と呼ぶ。


 隣の部屋は、ジールベールの私室だ。

 ジールベール以外ではフィオーリのみが入れるようになっている部屋である。

 ジールベールはミディエーニも入れるように設定しようとしたが、ミディエーニは断固として拒絶(遠慮)したのだった。


『ミディ』


 開けてくれなかったらどうしよう、と思ったのは束の間のことで、フィオーリはすぐに呼び声に応えてくれた。

 ドアが開き、姿を見せてくれたフィオーリは少女の姿をとっていて、ミディエーニはすぐさま同じように人の形になると、フィオーリに抱きつく。


『フィオーリ! あなた、大丈夫なの!?』

『大丈夫だよ。ちょっと魔力欠乏気味ではあるけど……。ミディこそ、身体は平気?』

『わたしは全然大丈夫よ。寝て大分回復したし……』


 ミディエーニはそう返しながら、親友の顔を覗き込んだ。

 瞳の奥に憂いを宿した、疲れたようなフィオーリの顔を。


『ミディ……、無理させちゃって、本当にごめんね。それから、ジールのことも……、わたしを止めてくれたことも、ありがとう』

『そんなの、当然だからいいの』

『そんなこと言って、いつもわたしを甘やかすんだから……』


 ミディエーニの肩口に頭を寄せたフィオーリの声は揺れている。

 そんな親友を励ますように、ミディエーニは明るく告げた。


『いいじゃない、大事な親友なんだから。それに、わたしに何かあったら、フィオーリだって同じようにするでしょう?』

『そんなの、当たり前だよ』


 微笑みあったミディエーニとフィオーリだったが、それもわずかの間のこと。

 聞かないわけにはいかず、ミディエーニは沈痛の表情で問いかける。


『……それで、ジールベールは……、』

『今はそこのベッドで眠ってる』


 フィオーリは振り返り、ベッドの上のジールベールを示した。


『わたしは頼まれた研究資料を処分していたの』

『頼まれた、って……』


 ジールベールの部屋にある机も書棚も、紙で溢れている。

 ぎっしりと文字で埋まったそれらは、ジールベールの研究資料のようだ。


『最期に……、少しだけ、話ができたの。それで、……全部、消してくれって。この研究所も、彼の研究も、全て』

『えっ!?』

『でも、全部は、無理で……。今、どうしてもなくさなくちゃいけないものだけ、消していってる』

『あいつ、それは、分かるけど、ほんっともう最低……』


 ジールベールの魔術研究には色々な意味で危険なものも多かった。

 だから、彼の意図するところは分かる。

 しかし、それを全て消してほしいと、他でもないフィオーリに頼むのか。

 ミディエーニは頭を抱えたくなった。

 しかしすぐに、あることに気付く。


『待って、それなら、犯人の名前も……!?』


 フィオーリはだが、ふるふると首を横に振った。


『復讐を、してほしくないんだって、思う』

『そんなの……!』

『……わたしは、彼の意思を受け入れる』

『フィオーリ、でも……、それでいいの?』

『うん。それよりも、やらなくちゃいけないことがあるから』


 フィオーリの強い眼差しに、ミディエーニはたじろいだ。


『やらなくちゃいけないこと?』

『……奪われたジールベールの魔術研究を取り返すこと』


 そこまで聞いて、ミディエーニは事の真相をおおよそ掴んだ。

 フィオーリはジールベールから犯人の名を聞かなかったと言ったが、きっとフィオーリも気付いている。


 ジールベールと過ごした日々の中で、二頭の竜は彼の魔術研究の中身を知った。

 魔術研究所のことも、所属する魔術師たちのことも、彼女たちは知っている。

 だから、分かってしまうのだ。


 ジールベールは甘い男だった。

 自身に刃を向けてきた相手でさえ庇うような人間だった。

 それが同じ研究所の仲間ならなおさらで、しかもフィオーリとも顔見知りというのであれば余計に隠したはずだ。


 フィオーリにつらい思いをさせないように。

 かつての仲間が、殺されないように。


 つまり、ジールベールを殺した犯人は、研究所所属の魔術師。

 ジールベールの不意をつけるという点でも、間違いないだろう。

 単独でジールベールに止めを刺せるような人間はミディエーニの知る限りではいないから、犯人は複数。


 ジールベールはあまり気にしていなかったが、若くして魔術研究所を一つ任された彼は、尊敬される一方で相当に嫉妬されていた。

 彼を敵対視していた者は、邪魔者を消し、その研究でのし上がるつもりで、ジールベールを手にかけたのだろう。

 もしかしたら、ジールベールが親幻獣派であることもきっかけになったかもしれない……。


 ――その可能性にだって気付いている、わよね……。


 ミディエーニは唇を噛んで、余計なことを外に出さないように己の内に閉じ込める。


『何を奪われたの』


 最終的に、ミディエーニは短い問いのみ口にした。

 しかしそれが、フィオーリにとっては痛いところだったようだ。

 答えをすぐに返せなかった彼女は深く息を吸い、吐き出す。


『ミディ、あのね……。わたし、あなたを巻き込みたくない。今更だけど……。でも、わたしだけじゃどうにもできないかもしれないの。これからわたしがやること、手伝ってもらえる……?』


 フィオーリはむしろ、ミディエーニに断ってほしいと思っているようだった。

 それほどの危険を感じているのだろう。

 それでも、こうして頼ってくれたことが嬉しい。

 ミディエーニは真っ直ぐに親友を見つめ返した。


『さっきから水臭いことばっかりね、フィオーリ。わたしはあなたの親友なんだから、ちゃんと巻き込みなさいよ。そもそもわたしは、全人類滅ぼしてやるくらいのつもりでいたんだからね。一応あいつは、わたしの友人でもあるし』

『ミディ……』


 フィオーリはまた、瞳を潤ませる。


『ごめんね……。ありがとう』

『謝らないの!』

『うん……』


 ごめん、ともう一度言ってしまいそうになるのを、フィオーリは堪えた。


『ミディ、でも、無理はしないでね、本当に。それから、ちゃんとわたしにも返させてね』

『返すとか返さないとかが水臭いんだってば……。でも、分かった。いつか絶対返してもらうから。だから、その時のためにも存分に頼りなさいよ』

『そう言われると怖い気もするけど……。うん。ミディ、よろしくお願いします』


 少女の姿をした竜たちは、そうして手に手を取り合ったのである。




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