04 修復士と白竜と侵入
――どうにも、おかしい……。
夜である。
明かりを消した部屋の中、ヴィゼはベッドに横たわり、白竜とアルクスの動きの奇妙さについて考えていた。
風呂の後から、ヴィゼはそれを頭から離せずにいる。
このままでは眠れそうにないと思いながら、ヴィゼは寝返りを打った。
――何故彼らは、あの場所であの時に僕らを待ち伏せしていたのか……。
待ち伏せ、という言葉をあえて選んで、ヴィゼはそれを考える。
ヴィゼたちが今朝ここに戻ってくる、と知っていたこと自体は不思議ではない。
ヴィゼたちは隠れて旅をしていたわけではないから、アルクスであれば情報を掴むことは難しくなかっただろう。
それに、白竜の存在もある。
クロウはそれなりの距離がありながら、白竜の存在に気がついた。
白竜もクロウの存在を感知できて何らおかしくはないし、クロウは白竜のブレスレットをいつも身に着けているから、それが目印になっている可能性もある。
問題は、それならばもっと早くに彼らはクロウに会いに来れたはずだ、ということだ。
もちろん、あのタイミングが彼らにとって最も早い時だったのかもしれない。
しかし、白竜のあの様子を思い返すにつけ、少しでもクロウに早く会いたかったはずだ、とヴィゼには思える。
きっと、ヴィゼと同じように、クロウを一等大事にしているであろう白竜は……。
それなのに、クロウをあそこで待つだけだった。
クロウの<影>が本拠地にいることも、白竜とアルクスならば分かったはずだ。
<影>を訪ねてクロウを呼べば、クロウが<影>と入れ替わるのは一瞬なのだから、そうしても良かった。
白竜がいるとなればクロウはすぐさま駆けつけただろう。
だというのに、何故それをしなかったのか。
――分からない。
<消閑>の不可思議な動きとも関係があるのだろうか。
ヴィゼは悶々と考えるが、答えが出るはずもない。
答えを出すために必要な情報が少なすぎるのだから、それも当然だった。
考えすぎなのかもしれない。
しかしヴィゼは思考を止められなかった。
アルクスが相手なので油断できない、と思えば余計に。
――そもそもどうして、「明日以降」なんだ。
何かあるなら、さっさと説明でも何でもしてほしかった。
あのように中途半端に仄めかすのではなく。
クロウを連れて行く前に、全てを。
「……クロウ、早く帰ってこないかな……」
ぽつりとヴィゼは呟く。
朝からのクロウの不在。
それだけで、ヴィゼは不安と空虚感に襲われていた。
突然の白竜の登場と、アルクスの思わせぶりな様子。
それに加えてここ一月にずっと二人きりでいたことが、ヴィゼのそんな感情を大きくさせる。
――クロウは今、どうしているだろう?
クロウもヴィゼのことを思い出してくれていたら、嬉しいのだが――。
白竜と旧交を温めているクロウにそんなことを願うのは、狭量だ。
己の心の狭さは自覚していて開き直っているが、全く気にしていないわけではないヴィゼは、自省して布団の中で溜め息を吐く。
クロウはそんなヴィゼを好きだと言ってくれるけれど――。
二人の始まりの場所で想いを通わせたところから、一ヶ月の旅の間のことを、ヴィゼは思い返す。
クロウはあれから、言葉だけでなく行動でも、ヴィゼに好意を示してくれるようになった。
今までもクロウはヴィゼを大事に思っていることを隠してはいなかったが、潜ませているものはあって、恋愛感情という名のそれを、ヴィゼに見せてくれるようになったのだ。
ヴィゼがそれを感じ取れるようになっただけなのかもしれないけれど、きっとそれだけではなく――。
だからヴィゼは、そんなクロウに応えられる自分でありたいと強く思うのだった。
だが、ヴィゼの独占欲は制御の難しい代物のようで、持ち主をこうして困らせる。
クロウ相手にあからさまに見せずに済んでいるうちは良いが、白竜が戻ってきた今、それがどこまで保つか。
クロウにとっても、白竜は特別な存在だ。
それをあまりに見せつけられたら、自分は、と想像してヴィゼは苦虫を噛み潰したような顔になる。
――クロウには、ずっと幸せに、笑っていてほしいのになぁ……。
仲間たちとの再会は嬉しいし、住み慣れた場所に戻ってきた喜びはもちろんあるけれど。
ヴィゼは帰って来て早々に、二人きりの旅に戻りたくなってきた。
穏やかで優しく、甘やかな時間が詰め込まれた、昨日までの日々に。
そうして思い出を並べていくうちに、ヴィゼはようやくうとうとと眠りに落ち――。
「!?」
はっとヴィゼが目を開けたのは、未明のことだった。
彼を目覚めさせたのは、本拠地の結界の異常。
それが知らせるのは、侵入者の存在だった。
――一体どこに!? 感知ができない――
ヴィゼは慌てて身を起こし、そこで気付く。
暗闇の中でも輝く、白銀の長い髪に。
ヴィゼのベッドのすぐ側に、小さな人影が佇んでいた。
「さすがじゃのう。もう少し近付けると思ったが……」
幼い声が、そんなことを呟く。
ヴィゼは素早い身のこなしで立ち上がると、ベッドを挟み、その声の主を鋭く睨みつけた。
「何のつもりです」
彼の低い声を受けても、目の前の相手は全く怯む様子を見せない。
それどころか、どこか艶然とした微笑で、しかし仕草だけはあどけなく首を傾げて、告げる。
「夜這いでもしようかと思っての」
ヴィゼの部屋に突然現れた幼女――白竜メリディエスのその答えに、ヴィゼは軽蔑しきった眼差しを注いだ。
「……あなたはクロウの親友なのだと認識していました。それは改めなければならないようですね。……クロウを裏切る振る舞いをするならば、僕はたとえ、竜相手でも――」
部屋中に、ヴィゼの殺気が満ち満ちた。
メリディエスはそれでもなお、愉しそうに笑っている。
「やはりそなた、私が認めただけのことはあるのう」
「あなたに認められても嬉しくない――」
言いかけてヴィゼは、眉を顰めた。
直感的に、もしや、と一つの可能性に気付いて。
「本当にそうかの? 私のライバルじゃぞ? そうそうなれるものではないぞ?」
「……それは、クロウを挟んでの、ということですか」
「それ以外にあるかの?」
そう言って笑ったメリディエスから、艶然とした雰囲気は消えていた。
ただただ不敵な目で、ヴィゼを見つめている。
「……何のつもりです」
ヴィゼは改めて問いかけた。
殺気を落ち着け、相手の真意を逃さぬように、その瞳を見つめ返して。
「念のため、そなたの性癖を確かめておこうと思っての」
「……ライバルと呼ばれるのはやはり不愉快です。帰っていただけますか」
「すまぬの、ほんの冗談じゃ」
冷たく言い放ったヴィゼに、メリディエスは幼女らしくない苦笑を浮かべた。
「許せ。本題に入る前に確認しておきたかったのは本当なのじゃ。分かっておったのじゃがな、そなたがどう反応するかなど」
「……一体、何を」
「クロウのためならば竜さえ殺すことを躊躇しないそなたを見たかった」
メリディエスは笑みを消した。
真剣な眼差しが、ヴィゼを射抜く。
銀灰色のその瞳を、美しい、とヴィゼはうっかり思ってしまった。
「――クロウを助けてほしいのじゃ」
メリディエスはそうして、現れた時とは想像もつかない真摯さで、ヴィゼに頭を下げたのだった。
白竜のその姿より、言われた内容の方が衝撃で、ヴィゼは束の間、言葉を失う。
血の気が引くのを感じながら、ヴィゼは大股でメリディエスに歩み寄った。
「クロウに、何が……!? 彼女は今、どこに……っ!」
「落ち着くのじゃ。今クロウがどうこうなっているのならば、そなたを揶揄ったりしておらぬ」
淡々と告げるメリディエスに、ヴィゼの頭はすっと冷える。
「クロウと契約を結んでおるそなたならば分かるはず」
平静になってしまえばメリディエスの言う通りで、ヴィゼにはクロウに異常のないことが分かった。
ヴィゼは深呼吸をして、動悸を落ち着ける。
「早合点させるような言い方をしてしまったことは詫びる。しかし、このままではクロウが失われてしまう未来を避けられぬのも事実」
「それは……、どういう……」
「その話をするために来たのじゃ。長い話になるが……、当然、聞かぬという選択肢は持たぬであろう?」
挑むようでいて請うようでもある、メリディエスの言葉。
ヴィゼは暗闇の中、固い表情でひとつ、頷いた。