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黒水晶の竜  作者: 隠居 彼方
第6部 修復士と白竜
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03 修復士と恋話と新情報



「御大が帰ってからずっと色々考えてたからな。諦めて祝われてやってくれ」


 隣を歩くエイバに軽く肩を叩かれ、ヴィゼは乾いた笑いを浮かべた。

 一休みしてから忙しそうに動き出したレヴァーレとラーフリールを後目に、ヴィゼとエイバは浴室へ向かっている。

 常であればレディファーストであることの方が多いが、女性陣が前述の通り忙しそうなので、先に汚れを落とさせてもらうことにしたのだ。


「エテレインさんが出資してくれた、って話だしな……」

「え?」


 廊下を行く途中でしかし、とんでもない言葉がぼそりと零される。

 ヴィゼの問いかける眼差しに、エイバは頬をかきながら答えた。


「御大の話を聞いて、レヴァもラフも色めき立ってな、勢いでエテレインさんにも連絡をとってたんだよ。エテレインさんは……、クロを祝いつつ、血涙を流していたぜ……」

「それならお金は出さないでほしかった……」


 最もな願いを零すヴィゼに、さらにエイバは告げる。


「何やら上等な衣装まで用意してるみたいだぞ。もちろん、お前ら主役二人のを」

「衣装!?」


 ヴィゼはあんぐりと口を開けた。

 次いで、遠い目になる。


「……明日、離れた町の修復の仕事でも探そうかな……」

「やめとけやめとけ。絶対レヴァに手を回されて行けないだろうよ。それより心の準備をする方がまだ建設的だ」


 そんな会話を続けながら、二人は脱衣所で服を脱ぎ、浴室に入った。


 ちなみにここの湯船はヴィゼが作った魔術具の一つであって、一瞬で簡単に適温の湯を生成できる代物だ。

 体を洗う前に、ヴィゼはさっさと湯を張った。


「それにな」


 石鹸を手に、エイバは改めて切り出す。


「お前たちは、ちゃんと祝われなきゃいけない」

「祝われないとって……、」


 エイバの隣、ヴィゼは石鹸を泡立てる手を止めた。


「クロはどうしても気にするだろ、自分が竜だってことをさ。気にするのは周りの目があるからだ。だが事情を知ってる俺たちが大げさに肯定すれば、多少は後ろ向きな考えを減らせるんじゃないか?」

「……レヴァは、だから?」

「そういうのもあるみたいだぞ。後は単純に、これまでハラハラさせられた分ぱーっと祝ってすっきりしたいのと、お前たちを着飾りたいんだろ」

「クロウはともかく僕を着飾って楽しいのかなぁ……」


 ヴィゼは苦笑を浮かべた。


「レヴァには頭が下がりっぱなしだよ」

「ま、それは俺もだ」


 そう、男二人で笑い合い、止めていた手を動かして体を洗う。


「それなら、クロウの説得、手伝わないといけないね」

「お前が祝われるって言ったら、あいつは逃げられねえだろうけどな……」

「レヴァたちに、豪勢にやるのは結婚式の時にとでも言えれば良かったんだろうけどね」


 あの圧の前には無理だった。

 たとえ口にしていても、結婚式の時はもっと派手にやるから、と言われて終わっていただろうが。


「おっ、ヴィゼ、お前、なかなか調子に乗ってるな」


 結婚式、とさらりと口にしたヴィゼに、エイバはにやにやと笑う。


「旅の間にプロポーズまで済ませちまったのか?」

「いつかはと思っているけど……。多分、クロウもその、いずれはってつもりでいてくれている、はず」


 人同士では、恋愛と結婚を分けて考えることはままある。

 しかしクロウは竜であるし、何よりも彼女自身の言葉は、ヴィゼの中に強く残っていた。


『あるじの番に、なりたいって、思っていた……』


 何度思い出しても、胸を掴まれるようだ。

 ヴィゼは頭から湯をかぶって、今はそれを胸の奥に大事にしまい直す。


「ま、クロだもんな」


 納得して頷き湯船に体を沈めたエイバに続いて、ヴィゼも湯に浸かった。

 はぁ、と二人は深く息を吐く。

 疲れた体に、温かい湯が心地良かった。

 しばらくそれを堪能していたが、ヴィゼはふと難しい顔になる。


「……あのさ、ここ一月、そうなのかなって思ってたんだけど」

「何だよ?」

「クロウの気持ちにさ、その、恋愛的なものもあるって……、実は皆、ずっと前から気付いてた?」

「それ聞くのかよ! ……気付いてたよ、お前以外は」


 今更という思いと、気付いてしまったのかという相反する思いで、エイバは答えた。


「だからこそ、レヴァもあそこまで張りきってるんじゃねえか」

「あー……」


 ヴィゼはそのまま、湯の中に沈み込みたくなった。


「……なんで気付けなかったんだろ……」


 そうすれば、あんなに苦しそうに告白させずに済んだかもしれないのに。

 クロウのために最も良い行動をとれたかどうかは、分からないけれど。


 そう落ち込むヴィゼに、エイバはからりと笑う。


「今はちゃんと分かってるんだから、それでいいだろ」

「……そうだね」


 全くエイバの言う通りだった。

 ヴィゼは首肯し、沈ませた体を戻す。


「それで、一ヶ月の旅行はどうだったんだ。しっかりいちゃいちゃしてきたんだろうな?」

「いっ……!」


 いちゃいちゃ、の一文字目だけ口にして、ヴィゼは言葉を詰まらせた。

 苦悩の表情になるヴィゼを、エイバは訝しく思って見つめる。


「……いちゃいちゃって、さ……」

「おう」

「どんな風に進めていくもの……?」


 次に絶句するのは、エイバの番だった。


「……おいお前、まさか何もなかったのかこの一月。つうか、これまでもさんざんいちゃいちゃしてたじゃねえか」

「……そんなにしてた?」

「多少の自覚はあるみたいだな……。お前ら、告白前からしてたからな。それに、アタック中のあれやこれやについてはどう認識してんだよ」

「ええと……、僕がクロウを口説いてた……」

「言い換えてるだけでなんの説明にもなってねえが、それだっていちゃいちゃの一部だろ」


 はっとしたヴィゼを、エイバは呆れ眼で見やる。

 あれだけ堂々とクロウを口説く様を見せてきたというのに、まさかの足踏みをしているようだ、と。

 しかしそれも、仕方のないことかもしれない。

 この親友は、魔術のことばかり考えてきた――もとい、黒竜と共に生きていくことばかりでいっぱいだったのだ。それ以外に疎くなるのも当然だろう。


「……今までがそうだったんだ、今更難しく考えなくたって、普通にしてれば――なんか、常にいちゃいちゃになりそうだな……」

「ええ? 僕たちってそんなかな?」

「そんなだよ」


 腑に落ちない、とヴィゼは眉を寄せたが、エイバは真顔で頷いた。


「そんなに……?」


 ヴィゼは首を傾げて記憶を辿り始めている。


 この様子ではこれからも無自覚にいちゃいちゃするだろう、とエイバは確信した。

 とはいえそれを止めさせたいわけではない。

 偶に周りが見えなくなることはあっても、基本的には常識的でTPOを弁えている二人だからそこまで羽目を外すことはないだろうし、エイバは全面的に二人を応援しているので。


「……ひとつ、真面目にアドバイスするとな」

「うん」

「当たり前っちゃ当たり前のことだが……、考えてることや思ってることは、きちんと互いに話した方がいいぞ」

「それは――、」

「経験者は語る、ってヤツだ」


 エイバは照れくさそうにニッと笑った。


「レヴァとな、付き合い始めたばかりの頃、色々遠慮と言うか、気後れしちまってた時期があって、不安にさせちまったんだよな」

「二人は――ものすごく順風満帆に見えてたけど」

「まあお前らと比べたら……、いや、よく考えるとそうでもないのか? とにかく、俺たちにも色々あった。そういうわけだから、先輩のアドバイスはありがたく受け取っておけよ」

「うん……、ありがとう」


 ヴィゼは素直に感謝を告げる。


「ただ、ちょいと気がかりなんだが――」

「うん?」

「クロは人間のそういうの、ちゃんと知ってるんだよな?」


 エイバの問いに揶揄いはない。

 ヴィゼも真面目に答えた。


「多分……、知識はある、と思うよ。レヴァたちと恋愛小説の感想で盛り上がったりしているし。白竜から教わったりしている――かも」


 そうでなければ、遺跡調査の野営地での夜、クロウはあんな風にヴィゼを拒みはしなかっただろう。


『駄目だ、あるじ……。駄目なんだ』


 彼女の震える声は、唇の重なり合う意味を知っていた――。


「……」


 思い出して、ヴィゼは口を閉ざす。

 その沈黙をどうとったのか、エイバも何やら思い返す顔になった。


「そうだよな。そういや、お前が間違ってクロの飲みかけ飲んじまった時も、顔真っ赤にしてたっけか」

「え!? そんなことあった?」

「あったあった。お前が告白した後だったか。色々意識してたんだろうなー。すまん、余計なことだった」


 と、エイバはいつもの調子を取り戻し、にやにやと笑う。


 それに対しヴィゼは、惜しい場面を見逃した、と小さく溜め息を吐く。

 それはいつか意図的に再現する、と心の中で固く決意して、彼は別のことを口にした。


「……僕の方こそ竜のことをきちんと知っているとは言えないから、勉強しないと」

「なかなか知れるもんじゃねぇからなぁ。五百年前ならまだしも、今じゃ伝説上の生き物みたいなもんだ。勉強するのも一苦労……つうかお前、どう勉強するんだ。まさかクロに根掘り葉掘り、いやむしろ手取り足取り……」

「エイバ」


 手を振って、ヴィゼは湯をエイバの顔にかけてやった。

 ぶへっ、と悲鳴を上げるエイバを冷たく一瞥し、ヴィゼは答える。


「……頼りになる先生がいるから、色々と聞くことにするよ」

「先生?」

「皇帝アサルト。色んな意味で大先輩だからね」 

「ああ……」


 そう言えば伝説の皇帝とコンタクトが取れるようになったのだったか、とエイバはいまだに信じられない思いもありながら、人選には納得して頷いた。


「アルクスさん辺りかと思ったぜ」

「……余程のことがない限り、あの人にこのことで何か聞こうとは思わないよ」

「すっげぇ嫌そうな顔すんなぁ」


 今日もクロウを連れて行かれたばかりだ。

 ヴィゼの渋い顔は常以上である。


「しっかしあの人、キトルスに来てたんだな。<消閑>の動きがいつもと違うらしいって噂は聞いてたが、クロを連れてったのもそれ関係――」

「待って。それ、初耳」


 ヴィゼは鋭く問いかける。その声が、浴室に大きく響いた。

 エイバは目を丸くし、自分たちのリーダーの険しい眼差しを見返す。


「俺らがここに戻ったくらいには噂になってたぞ。お前が情報持ってないなんて珍しいな」

「……ここのところずっと浮かれてたんだよ……。ちょっと気を緩めすぎてた」

「みたいだな。ま、そうもなるさ」


 エイバのフォローに、ヴィゼは決まりが悪くなる。


「……<消閑>の動きがどういつもと違うって?」

「一人二人に分かれて、大陸中の国に散ってるらしい。いくら<消閑>メンバーが精鋭でもさすがにある程度の人数は揃えて任務に当たってたから、一体何の仕事かって噂になってんのさ」

「協会を通した仕事じゃない、んだろうね」

「多分な。少なくともレヴァの耳に入ってきてはいない」


 ――どういうことなんだろう。タイミング的に白竜に関係があることなのか……。全くの別件なのか……。


 ヴィゼは難しい顔になる。


「……アルクス殿は、ここに立ち寄ったりしていないよね? 外での皆への接触もなし?」

「ない、な。だからお前から聞いて驚いたんだ。いつの間にってな。他の皆も会ってたら話に出してたはずだろ?」

「そうだよね……」


 ヴィゼは腕を組み考え込む。

 そんな彼に、エイバは気になったことを尋ねた。


「クロを連れてく時、説明があったんじゃないのか?」

「……そうだね、一応。あの人がクロウを連れて行ったのは、プライベート関係ってことだったけど――」


 それはつまり、白竜の一族に関わることという意味である。

 <消閑>の動きも、それに関係したことなのかもしれなかった。


「明日以降に備えておけって言われたんだよね……」


 嘆息交じりに、ヴィゼは告げた。


「おい、お前、それ……」

「何かが起きているのは間違いない……んだろうね」


「また」と付けたくなりながらのヴィゼの言葉に、エイバは頬を引き攣らせる。


 ――それが何かは、分からないけれど。


 心の中で続けて、ヴィゼは思考の海に潜っていく。


 ――クロウが巻き込まれてしまうことは、きっと避けられないんだろう……。


 それならばヴィゼは、彼女のために動くだけだ。


 と、頭を回転させ始めたヴィゼだが、それは長くは続かなかった。


 逆上せそうになり、エイバに引きずられるようにして浴室を後にすることになったので。




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