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黒水晶の竜  作者: 隠居 彼方
第6部 修復士と白竜
162/185

02 修復士と帰還と報告



 ヴィゼは約二ヶ月ぶりに、<黒水晶>本拠地の玄関をくぐった。


 その足取りは、重たげだ。

 クロウと共に颯爽と帰る予定であったのにそのクロウがいない上、短い時間ではあったものの白竜との邂逅に続きアルクスとの疲れる会話があり、彼の気力を奪っていたのである。


「ただいまー」


 ヴィゼはよろよろと食堂に入り、疲弊した声で帰還の挨拶をした。


 食堂には大層食欲をそそる匂いが漂っている。

 昼食の用意が進んでいるようだ。

 そこに誰がいるのか、ヴィゼは本拠地に張り巡らせた魔術であらかじめ分かっていたが、それがなくとも明白にしてくれる匂いだった。


「おかえりなさい」


 ヴィゼを穏やかに迎えてくれたのは、ゼエンとラーフリールだ。

 今日のこの時間帯に到着することはクロウの<影>に伝えてもらっていたこともあり、二人に過剰な反応はない。

 けれどそれにヴィゼは、帰ってきた、という思いを強くした。


「おや、クロウ殿はどうされました?」

「それが、アルクス殿がここに来てて……、ちょっとそっちに」


 ヴィゼは無難にそう言った。

 その返答に、皿を運びながらゼエンは笑う。


「なるほどそれで、機嫌を悪くしていると」


 見透かされている。

 ははは、とヴィゼは乾いた笑い声を上げた。


 誤魔化すように、食堂のテーブルの一つに歩み寄る。

 普段使っていないそのテーブルの上には、ヴィゼとクロウの荷物がまとめて置かれていた。

 荷物のほとんどを、<影>に頼んで先に本拠地に届けてもらっていたのだ。


 ヴィゼはその荷物の中から、ラーフリールへの土産を取り出した。

 ヴィゼのわがままで引き受けた仕事で彼女には寂しい思いをさせてしまったから、帰ったら一番に渡そうと思っていたのである。


「ラフ――」

「はい」


 てきぱきとゼエンの手伝いをするラーフリールの手がちょうど空いたところで、ヴィゼは彼女の前に膝をついた。


「ずっと留守番してくれてありがとう。これ、お土産なんだけど……」


 ヴィゼが差し出したのは、可愛らしい花の髪飾りだった。

 途中立ち寄った街の伝統工芸品で、クロウと選んだものだ。


「わあ、ありがとうございます!」


 ラーフリールは目を丸くさせたが、すぐに笑顔になって受け取ってくれた。


「ゼエンさまとのデートの時に、つけていきます」

「うん……、使ってくれたら、僕もクロウも嬉しいよ」


 結局ゼエンは、ラーフリールに指輪を買ったのだろうか。

 旅立つ前のことを思い出し、ふとヴィゼは思った。

 そんなヴィゼの前で、ラーフリールはもじもじとし始める。


「あの……、ヴィゼさん」

「うん?」

「こんどから、わたしのこと……、お母さん、って呼んでもいいですよ」

「――へ?」


 一体今、自分は何を言われたのだろうか。

 ヴィゼは間抜けな声を上げた。


「あの、わたし、ききました。ヴィゼさんは、ゼエンさまの、妹の子どもで……、つまり――、ヴィゼさんはわたしの子どものようなもの!」


 ラーフリールの主張は随分と飛躍していたが、言いたいことは分かった。

 ヴィゼはゼエンの甥であり、ゼエンはヴィゼを自身の子どものようにも思ってくれている。

 そしてゼエンの伴侶(希望)であるラーフリールにとってもヴィゼはそういう存在だと……。


「ええと……」


 まさかの展開である。


 どちらかというと、というか確実に、ラーフリールのヴィゼへの好感度は<黒水晶>の中で一番低い。

 建前上ヴィゼの監視役であったゼエンとは行動を共にすることが多かったので、それが理由として大きいのだろうと、ヴィゼは乙女心を推察していた。

 それが、義理の親子関係になろうとしている。

 将を射んと欲すれば先ず馬をか、とヴィゼは現実逃避気味に感心した。

 なんとたくましい。


「さすがに……、お義母さん、はちょっと気恥ずかしいかな……。……義姉さん、でよければ……」

「はい! わたし、りっぱなお姉さんになりますから! ばんばんたよってくださいね!」

「う、うん……」


 胸を張ったラーフリールに、ヴィゼは引き攣った笑いを返すしかない。

 ゼエンはキッチンの中で二人に背を向けていて、会話は聞こえているはずだが、どんな顔をしているのか、ヴィゼには分からなかった。






 そんな一幕の後、ヴィゼは久しぶりにゼエンの料理に舌鼓を打った。


 昼食の後は、自室でのんびりと荷物を片付ける。

 余裕があれば協会へ帰還報告をするつもりだったのだが、クロウが不在なので後日にすることにして、特に急ぐこともなく手を動かした。


「どうしたものかな……」


 その途中、アサルトの木箱を手にして、ヴィゼは呟く。


 本拠地に戻ってからゆっくりとアサルトと話したいと、当初はそう思っていたヴィゼだが、結局我慢できずにここに戻る旅の途中で何度か箱を開いていた。

 おかげで行き詰っていた研究はかなり進んでいる。


 それは良いとして、白竜のことをアサルトに告げるべきだろうかとヴィゼは悩んだ。

 逆に、白竜やアルクスにこの箱のことを言うべきだろうか。


 ――ひとまずクロウに相談、かな……。


 うーんと唸って、ヴィゼは木箱を研究室に置いておくことにした。

 防犯等々に最も気を遣っている部屋なので安心である。


 木箱を置くだけおいてすぐに本棟に戻ったところで、ちょうどエイバとレヴァーレが仕事――魔物討伐から帰ってきていた。

 廊下の向こうに二人の姿が見え、ヴィゼは「お帰り」と歩み寄る。


「おおヴィゼ、お帰り」

「お帰りー、ヴィゼやん」


 互いに「お帰り」と言い合い、何となく苦笑した。

 仲間たちが元気そうで、ヴィゼは改めてほっとする。


 そのまま三人は食堂に入った。

 勉強中だったラーフリールがイスから降りて両親に駆け寄る。


「お母さんお父さん、お帰りなさい」

「ただいま、ラフ」

「お二人ともお疲れさまです。飲み物でも入れましょうかな」

「お、サンキュな、御大」


 ラーフリールに勉強を教えていたゼエンが席を立ち茶の用意をするのを、ヴィゼも手伝った。

 その間にエイバは鎧を外し、疲れた様子でイスに座り込む。

 レヴァーレもラーフリールを抱えて座り、溜め息を吐いた。


「えらく疲れてるね」

「最近出ずっぱりでなぁ……」


 嘆息交じりにエイバは言って、ヴィゼから受け取った茶を口に含んだ。


「お前らも、途中途中で仕事引き受けてたんだって?」

「うん」


 ヴィゼは顔を曇らせて頷く。

 道中、断り切れなかった依頼がいくつもあった。

 魔物の出現頻度が増えているのだ。

 フルスにいる間に、リーセンも「この冬は魔物が多い」とぼやいていた。

 ゼエンはそれもあって長くフルスに引き止められそうになり、あまりのんびりせずにモンスベルクに戻ってきたという。


「御大、これってやっぱり……」

「はい……、前回の大規模侵攻の際と同じ、ですなぁ」


 この話はエイバたちの間でも先に上がっていたようだ。

 驚きはないものの、表情が暗くなる。


 十数年前――大陸北部では魔物の大規模侵攻が起こった。

 ナーエで虫の魔物が大量発生しエーデへ渡り、それにより綻びも大量発生。修復は間に合わず、他の魔物が次々とエーデに攻め込むような形になったのだ。


 ゼエンはその時の討伐軍に参加しており、記憶を手繰るように言う。


「あの時も綻びと魔物の数が段々と増えていきました。当時、原因についてはっきりと掴めていなかったのですが、侵攻を押し留めた後で虫の魔物の大量発生が明らかになったのですなぁ。どうやら少しずつこちら側に入り込んできていたようで……」

「今回も虫の魔物が原因……、なのかね」

「それなら協会がとっくに周知してるんじゃないかな。前回のことを覚えてる人も多いだろうし、真っ先に疑って調査したはず……」


 ヴィゼはレヴァーレに視線を向けた。

 レヴァーレはひとつ首肯して、ヴィゼの言に付け加える。


「ヴィゼやんの言う通り、やろうね。協会は今も調査を続けとる。けどなんも分かっとらん。多分、前回とは違う理由で魔物が増えとるんやろうな……。しばらくは討伐して修復してを繰り返すしかない、と思う」

「当面頑張らなきゃか」


 その結論に、エイバは大きく肩を落としたが――すぐに体を起こして口調を明るいものにした。


「この話は一旦置いとくとして、今夜はヴィゼたちが無事に帰ってきた祝いをしていいか? 本物のクロが見当たらんが……」


 本物の、と彼が言うのは、クロウの<影>が本拠地にずっといて姿を見せていたからである。

 昼食時、ヴィゼはゼエンからその話を聞いたのだが、<影>は密かに仲間たちの護衛をしたり、ヴィゼたちからの伝言を伝えたりするだけでなく、掃除を手伝ったり、食事の際などラーフリールに誘われて同席したりしていたらしい。

 なのでゼエンたちには、クロウがここにいないという意識があまりなかったようだ。


「それなんだけど、実は――」


 ヴィゼはエイバたちにもクロウが連れて行かれてしまった話をした。

 白竜のことは一応、伏せておく。

 クロウが戻れば仲間たちには話すことになりそうだが、容易に話してしまって良いのか、判断がつきかねた。


「そうか、それなら、明日か? アルクスさんも来るなら、酒とか買い足した方がいいかもな」


 その提案に、ヴィゼは思いきり苦い顔をしてしまった。

 それが仲間たちの笑いを誘う。


「んー、でも残念や。今日報告聞いて、盛大に祝うつもりやったのに」

「お母さん、かざりつけ、ふやすチャンスなのですよ!」

「せやね。後でまた作ろか」


 母子がほのぼのと会話するのを聞いて、ヴィゼは首を傾げた。


「飾り付け?」


 ここ数年食堂を飾り付けるのはラーフリールの誕生日会くらいだったので、不思議に思う。

 そんなヴィゼに、びしっとレヴァーレは告げた。


「せやで。ヴィゼやん、うちらはな、ずっと待っとったんや。帰ってきた御大に、近々幸せな報告があるて言われてからな!」


 うんうん、とエイバとラーフリールも頷く。

 親子で仕草がそっくりだった。


「ああ……、」


 合点して、ヴィゼは姿勢を正す。

 クロウと共に報告しなくてはと、ちゃんと思ってはいたのだ。

 クロウはこの場にいないけれども、彼女への想いを表明し、両想いを目指すからと宣言して、仲間たちに色々と気を遣ってもらったのはヴィゼなので、先に感謝しておくのは悪いことではないだろう、と判断する。

 ゼエンが仄めかしていたようなので、わざわざはぐらかす意味もない。


「えっと、おかげさまで、クロウから良い返事をもらうことができました。皆、ありがとう」


 感謝の言葉を口にして、ヴィゼは深く頭を下げる。

 クロウが想いを返してくれたのは仲間たちの理解もあってのことだとよく分かっていたから、自然と頭が下がったのだ。


「ん! 良かったなぁ、ほんま……。安心したわ。おめでとな!」

「全く、やきもきさせられたぜ」


 良かった良かったと、ヴィゼは親友夫婦からばんばん肩を叩かれる。

 結構痛いが、我がことのように喜んでくれているのが分かって、ヴィゼは甘んじて受け入れた。


「明日、楽しみにしとってな。すっごいお祝いにするから」

「疲れているんだろうし、そんなに頑張らなくても……、」


 あまり大げさにされると、ヴィゼはともかくクロウの動揺が大きそうだ。

 しかしレヴァーレは、控えめにというヴィゼの要請をさらりとかわす。


「大丈夫大丈夫。期待しとってな!」

「ええとそれ多分、大丈夫、じゃないのは僕たち……」

「おまかせください!」

「ラフ、義姉さん、まで……」


 親子の笑顔の圧が凄まじい。

 エイバもゼエンも、ヴィゼへの加勢はしてくれないようだ。


 ――ごめん、クロウ。これを止めるのは無理そう……。


 ヴィゼは心の中でクロウに謝って、早々に撤退を決めた。




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