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黒水晶の竜  作者: 隠居 彼方
第6部 修復士と白竜
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01 修復士と帰還と邂逅



「あるじ……、白竜だ。白竜がいる。近くに……」


 信じられない、という顔でクロウが譫言のようにそう口にしたのは、キトルスまで間もなくの街道上でのことだった。


 遺跡調査が終わってから約一月。

 冬から春へと季節が移り替わる中、ヴィゼとクロウはモンスベルクへ戻る旅をのんびりと続けていた。


 往路と比べ本拠地へ戻るまでに時間がかかっているのは、立ち寄った場所で観光を楽しんだせいもあるが、そんな旅の途中でも依頼を受け、戦士として仕事をしていたからでもある。

 知り合いのいる協会支部に立ち寄っては修復を頼まれ、断れなかったのだ。


 そうして今朝、キトルス手前の街の宿を出、昼までには着くだろうと、こうして歩いていたのだが――。


「白竜って……、クロウ?」

「わたし――、行かなくては」


 クロウは遥か遠くを見つめていた。

 ヴィゼの戸惑いにも気付かない様子だ。

 ヴィゼを置いて行ってしまいそうだ、と感じ、彼は胸をざわつかせながらも、「それなら」と告げる。


「急ごうか」


 ヴィゼはブーツに仕込んだ魔術を発動させた。跳躍に近い移動でスピードを出す。

 クロウは一瞬目を見張り、ありがたく思いつつそんなヴィゼと併走した。

 高速で進む二人を、追い抜かれた者やすれ違う者たちが目を丸くして見送る。


 近く、とクロウは言ったが、それからしばらく二人は走り続けた。

 キトルスの入口が見えてきて――。


「……ディーア……!」


 思わずクロウは、そう零した。

 彼女はスピードをさらに上げ、ヴィゼとの間に距離ができる。


 クロウの背を追いながら、ヴィゼもその目に映した。


 視線の先、何かを待つように立つ人影がある。

 あれは――アルクスだ。

 彼は腕に何かを大切そうに抱えている。

 そしてそれ(・・)が、堪えきれないようにぴょんと身軽にその腕から飛び出した。


「クロウ!」


 喜びに満ちた声は、幼さを宿す高いもの。

 白銀の長い髪が宙に舞って――。


 ヴィゼの前で、クロウが抱きしめ、クロウに抱き着いたのは、非常に整った顔立ちの幼女だった。


「こんなに早く会えるなんて……!」

「うむ。嬉しいぞ! 元気そうじゃな」

「……その話し方はなんなんだ?」

「前が丁寧口調じゃったから、今生ではこれで行くことにしたのじゃ」


 クロウから身を離すと、幼女はそう言って胸を張った。


 そんな二人に、ヴィゼはゆっくりと近付いていく。


「……アルクスに聞いていたが、本当に共におるのじゃな」


 幼女はそんなヴィゼに視線を移して、呟く。

 立ち止まったヴィゼにクロウが何かを言いかけて、それを遮るように幼女が告げる。


「直接会うのは、初めてになるの」


 少しばかり舌足らずに、けれどどこか不敵な眼差しで。


「わたしは白竜。今生の名はメリディエス。よろしく頼むぞ、<ブラックボックス>よ」


 どうやらヴィゼの自己紹介は必要ないようだ。

 メリディエスから幼女らしからぬ迫力を感じ、ヴィゼは若干気圧されながら、「ええと、よろしく、お願いします……」と、何とかそれだけ返したのだった。






「それでの、クロウ。ここへ帰って来て早速で悪いんじゃが……、二人でゆっくり話がしたいのじゃ。時間をくれぬか?」


 クロウはすぐに頷きかけたが、その前にはっとヴィゼを見上げた。

 いいだろうか、と目で問いかけられて、ヴィゼは苦笑気味に首肯する。


「大丈夫だ」

「うむ! では早速行こう!」


 二人の無言のやりとりを、幼女――メリディエスは唇を尖らせて見ていたが、クロウの了承の返事に満面の笑顔になり、クロウの手を掴んだ。


「では<ブラックボックス>、そなたともまた改めて話をさせてもらうつもりじゃから、その心積もりをしておくように! ではな!」

「……!?」


 尊大に言い置いて、メリディエスはクロウの手を引いて駆け出した。

 クロウは申し訳なさそうにヴィゼを見つつ、手を引かれるまま離れていく。


 嵐のように現れて、クロウを連れて行ってしまったと、ヴィゼは半ば茫然とそんな二人の背を見送った。

 遠ざかっていくクロウの姿に、胸の中に黒い靄が広がっていくのを自覚する。


「お久しぶりです、ヴィゼ殿」


 立ち尽くすヴィゼに、同じく取り残されたアルクスが、どこか胡散臭い微笑みを浮かべて近付いた。


「……お久しぶりです。その――、事情を、お伺いしても?」


 突然現れた、白竜だと名乗る幼女。

 クロウの言もあり、何と言ってもアルクス付なのだから、それは嘘ではないのだろう。

 しかし、それだけでは先ほどのクロウの態度は腑に落ちない。

 クロウの師であった白竜は亡くなったと聞いているが、あれでは、まるで――。


「お察しの通り、ですよ。――失礼」


 ヴィゼの考えを見通すようにアルクスは目を細め、二人の周りに結界を張った。

 他人には聞かせられない話になるのだろう。


「白竜は……、黒竜と同じく唯一の存在です」


 案の定、アルクスはそう切り出す。

 あまりに単刀直入すぎて、文章としては難しいものではないのに、ヴィゼは理解するのに時間を要した。

 そんなヴィゼに構わず、アルクスは続ける。


「そして、黒竜が代々写し身を一つずつ増やしていくように、白竜は初代から先代までの記憶を全て引き継ぐ」


「記憶を……」


 言いかけてヴィゼは、クロウの言葉を思い出した。


「……クロウは確か、知識を受け継いでいると、」

「聞いていましたか……。ある側面から見れば、『知識』と言うのが正解(・・)なのです。……白竜を慮っての言葉選びなのでしょうが」


 そう、アルクスは苦く笑う。

 ヴィゼがそれを追究できずにいると、アルクスは胡散臭い微笑に戻った。


「――話を戻しますと、記憶があるために、彼女はクロウ殿の元へやって来た、というわけです。先ほどの様子からお分かりでしょうが、彼女にとってクロウ殿は特別ですので」


「なるほど……」


 ヴィゼは複雑な表情で頷く。


「そういうわけですから、少しの間、クロウ殿をお借りします」

「……はい」

「不服そうですね」


 ヴィゼがあからさまに顔に出すのに、アルクスはどこか愉しげだ。


「今回きり、とは言えませんが、今後頻繁なことでもないでしょうから、どうか心を広く持ってください」

「?」


 訝しげに、ヴィゼはアルクスを見つめた。

 その時にはもう、アルクスの口元から笑みは消えている。

 何も読み取れない黒色の瞳に、ヴィゼの心臓がどくりと嫌な音を立てた。


「……一体、どういう、」

「彼女自身が説明をするでしょう」


 だから今自分は答えない、とアルクスは言外に告げる。


「ヴィゼ殿、今日はゆっくりと体を休めてください。明日以降に備えて」


 それでは、とアルクスは結界を解除してヴィゼに背を向けた。

 言いたいこと、言えることはここまで、ということなのだろう。


 ――一体、何が……。


 仄めかすだけ仄めかして去っていくアルクスの背は、すぐに遠ざかって行ってしまった。


 白竜との邂逅と、アルクスとの再会。

 とんでもないことが起きている、もしくは起ころうとしているようだとヴィゼは顔を顰める。

 そしてそれに、彼の黒竜も関わらざるを得ないのだろう――。


 ひとり残されたヴィゼは、空を仰いだ。

 どこまでも青い、穏やかな空だ。

 けれどどうやらそれは、嵐の前の静けさというものらしかった。






黒水晶の竜第6部、開始、です。

更新頻度は週一の予定。

よろしくお願いします。



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