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黒水晶の竜  作者: 隠居 彼方
第5部 修復士とはじまりの場所
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49 修復士と遺跡消失の後②



 会議が終わる頃、ようやくモンスベルク・フルスから、待っていた新しい指令が届いた。

 結局そこに書かれていたのは「現場に任せる。ただし犠牲は最小限に」というようなことで、結果的にヴィゼたちが調査続行したことは特に問題なかった、ということだ。


「そう言えば、報告書を作らなければなりませんでしたね……」


 遺跡消失の衝撃ですっかり忘れていた存在を、その指令により思い出したらしい。

 イグゼとストゥーデは何やら遠い目をして、話し合いのテントから出ていった。


 ヴィゼはと言えば、<黒水晶>のテントに戻り、会議で決まったことを報告し、仲間たちに明日からのことを尋ねる。


「……御大はリーセンさんと行くよね?」

「そうですなぁ」

「エイバたちはどうする?」

「うーん」


 夫婦は少しの間悩んでいたが、天秤は最初から片方に傾いていたようである。


「うちらはモンスベルクに戻るわ」

「<黒水晶>として、最後まで依頼を果たしたいしな」

「フルスに来る機会は、またあるやろうし」


 二人はそうするだろうと思っていたので、ヴィゼは了解した。


「明日はセーラを喚んでみるよ。頼めるようなら二人のサポートをお願いしてみる」

「それはありがたいな」


 うんうん、とレヴァーレも頷く。


 セーラはまだナーエでの古白石探索の途中だろうが、帰路の護衛任務に彼女の能力は是非ともほしいところだ。

 古白石のことはまた護衛任務の後に頼もう、とヴィゼは考えた。


「あるじは、どうするんだ?」

「それが迷ってるんだよね」


 と、ヴィゼは腕組みした。


「フルスに入れば入るほどややこしいことになりそうだし、王都まで行くつもりはないんだけど……、せっかくだし、母の墓参りに、行こうかなって」


 一瞬、テント内に沈黙の時が流れる。


「……ええんやない。な、御大も一緒に行きたいんとちゃうん?」

「そう、そうですね……。同行させていただいても?」

「うん、母さんもきっと喜ぶよ。それなら、行くってことにしようかな。クロウも――」

「行く」


 クロウの返答は、聞くまでもないことだった。








 その夜は、調査メンバーらが互いの別れを惜しんでの宴会になった。

 昼間の内に街から結構な食料を買っておいたらしく、野営とは思えない料理の数々と、さらには酒まで並ぶ。

 見回り当番がある者はさすがに控えていたが、それ以外の者たちは遠慮なく杯を重ねていた。


「……まさかこんなことになるとは予想もしないことでしたが、死者も出ず仕事を終えられて良かったです」


 宴会からは、少し外れた場所。

 ヴィゼがクロウと腹を休めていたところ、酒の杯を持ったリーセンがやって来て、穏やかにそう告げた。


「此度は本当に、皆さんにはお世話になりました。私の力不足で大変ご迷惑をおかけしてしまいましたが……、皆さんのおかげで、無事に片付きそうです。本当にありがとうございました」


 深く頭を下げられ、ヴィゼとクロウは居心地が悪そうに顔を見合わせる。


「いえ、むしろご迷惑をおかけしたのはこちらの方で……」

「そんなことは全く!」


 リーセンは力強く否定した。


「本当に、助かりました。ゼエン殿のことも……、これからも安心して、お任せできます。……と、これは僭越でしたか」


 出すぎたことをと思ったのか、リーセンは誤魔化すように頭を掻いた。


「いえ……。リーセン殿は、御大を本当に、尊敬しているんですね」

「私が今こうしていられるのは全て、あの方のおかげですから」


 照れ臭そうに、リーセンは笑う。

 宴会の中料理を振る舞う人の中にゼエンの姿があって、彼は目を細めてそれを見つめた。


「……十年前のあの時、隊長はまるで抜け殻のようで――、だから、再会して、ほっとしましたよ。ちゃんと生きてるって」

「御大、が」

「ええ。あの人が今、あの人らしく生きられているのは、ヴィゼ殿のおかげです。あなたという人が生きていてくださって、本当に良かった」

「それは、いささかオーバーでは……」

「いいえ、そんなことはありません」


 リーセンはきっぱりと言った。


「ヴィゼ殿、私は心より感謝しているのです。私にできることがあればお声かけください。何なりと尽力しますので」

「ではあまり滅多なことは言わないでください……」


 リーセンほどの地位の男に言われると、余計に困ってしまう。

 ヴィゼたちが戸惑っているのにリーセンはようやく気付いた様子で、今度は決まりの悪そうな顔になった。


「すみません……、困らせてしまいましたね。ですが、本心ですので」


 それが困るのだが。


「アフィエーミ伍長からも、感謝の言葉を預かっていますよ」


 アフィエーミらは、今日の内に、王都に向けて送られていた。

 ヴィゼはそれを、会議の際の報告で聞いている。


 その際に、研究者の男の背景についても話があって、どうやら彼は、アイザラと呼ばれていた件の領の、隣の領に住んでいたらしい。

 その恋人が領境付近に行かなければならなかった際に、かの領主の手に掛かってしまったということだった。

 被害者が隣の領の住人であった上、被害者の夫や婚約者でなく恋人という関係性だったため、男が調査上に出てこなかったようだ。

 リーセンは恐縮した様子で、それらを報告した。


 ヴィゼたちは領主の悪行に、何度目かしれない溜め息を零したものである……。


「彼女から?」

「ええ、出発の際に伝言を頼まれました。……姉の生存を知ることができたのもあなた方のおかげだと。迷惑をかけるばかりだったのに、ありがとうと」


 会議の場では、言えなかったのだろう。また、言うべきことでもない。

 リーセンから聞いたその伝言に、ふ、とヴィゼは安堵の微笑を浮かべていた。


「何日か前のことが嘘のようですね」

「全くです」


 リーセンは苦笑とともに同意した。


「差し支えなければ、今後彼女たちがどういう処分を受けるのか、窺っても?」

「裁判が終わってみなければ分かりませんが、やろうとしたことがやろうとしたこと、ですからね。ただ、未遂でしたし、ヴィゼ殿の口添えもありますし、そこまでの厳しい処罰にはならないかと……。もちろん、それぞれの事情にもよるでしょうが」


 と、リーセンは空の杯を覗き込んだ。


「ですが、アフィエーミ伍長……いえ、もう伍長ではなくなるのですが、彼女に関しては降格処分の上左遷になることがほぼ決定しています」

「左遷……」


 ええ、と頷いたリーセンは、左遷先を口にした。

 ヴィゼはその地名に目を丸くする。


「それは……」

「構いませんか?」

「……彼女がやり直すには、ふさわしい場所かと」

「そう仰ってくださると思っていました」


 リーセンが屈託なく笑い、ヴィゼもつられたように笑った。


 ――甘い、な。


 クロウは隣で肩を竦めたが、ヴィゼが満足しているようなので、それで良しとすることにした。




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