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黒水晶の竜  作者: 隠居 彼方
第5部 修復士とはじまりの場所
151/185

42 <黒水晶>と開示の夜②



「レヴァ? ……そろそろ寝るか?」

「うー、うん。……けど、もう一個だけ聞いといてもええ?」

「なんだ?」


 エイバ相手の時とは打って変わって、クロウの声は穏やかだ。


「クロやんは、昔のヴィゼやんの……その、レジスタンス? の仲間さんのことも、ずっと、守っとったん?」


 聞くべきことなのか、どう聞いたものか、少し迷って、それでもレヴァーレは口に出した。

 クロウの向こう側で、ヴィゼがはっと目を見張るのを、レヴァーレは認める。

 表情が変わったのはヴィゼだけではなく、ゼエンやエイバも同様であった。


「いや……、」


 果たしてクロウは、首を横に振る。


「多少気にしていた、という程度だな。彼らを人質に、あるじを狙って来る者もいるかもしれないと……、警戒していた。それで、ちょっとした仕掛けをしておいたくらいだ。それに、きちんと居場所を追っていたのはごく一部の者だけで、そう長く気にしていたわけでもない。フルス国の監視兼護衛もしばらくついていたし、結局のところあるじがフルスを離れたことで、変に火が立つようなことにはならなかった」

「そっかぁ。……でもやっぱ、クロやん、気にしてくれとったんやな。なんちゅうか……、ありがとな」


 レヴァーレがさらにクロウの頭をかき回すようにしながら言えば、クロウは困ったように首を傾けた。

 振動が手元まで伝わって、カップを脇に置く。

 揺れる中身を見下ろしながら、クロウは言った。


「礼を言われるようなことではない。私が守ろうとしていたのはあるじだけで、そのために勝手にやっていたことだ。師にも手伝ってもらっていたし、あの頃やっていたことは、わたしの修行代わりでもあったから……」

「そうかもしれんけど、それでも、クロやんはヴィゼやんの身だけやのうて、その周囲も、ずっと守ってくれとったわけやろ。結果的に、でも」

「……」


 温かなレヴァーレの眼差しに、クロウは居心地が悪そうに身じろぐ。


「それが、嬉しい。ヴィゼやんは、うちらにとっても大事なリーダーやからな」


「だな」

「はい」


 エイバとゼエンも、レヴァーレに同意する。


 ぐ、とクロウは言葉を失い、助けを求めるようにヴィゼを見上げた。


 ヴィゼもどこか困ったような顔で、けれどその瞳には柔らかな色を浮かべて、クロウを見ている。


 レヴァーレがそっと腕を引いて、それに促されるように、今度はヴィゼが、腕を伸ばした。


「あるじ、」

「……僕が一番、お礼を言わないとね」


 艶やかな黒髪に指を滑らせて、ヴィゼは言う。


「ずっと……、いつも、本当に、ありがとう」

「あるじ、」


「――好きだよ」


 万感が籠ったようなその言葉は、ほとんど無意識にヴィゼの口から零れ出た。

 服に覆われていないクロウの肌が、瞬間的に真っ赤に染まるのが、全員の目に、映って。


「……!」


 クロウは反射的にヴィゼの手を振り払うと、テントから転がり出るように逃げ出てしまった。

 全員からの感謝の眼差しに加え、ヴィゼから愛の告白を受けて、耐えられなくなってしまったのだ。


「クロウ……!? っと、皆、先に休んでて!」


 慌てながらもヴィゼは一言言い置いて、クロウを追ってテントを出る。


 二人の姿がなくなってからも、残された三人はそれをしばらくの間目で見送って。


「……どうなりますかなぁ」

「ヴィゼに分がある、と思いたい……」


 帰ってきた二人が結ばれている未来を、三人は期待した。


「レヴァ、狙ってたのか?」

「そういうんや、ないけど。ただ、ちゃんと皆で、分かっときたかったし、分かってるていうこと、分かっておいてほしかった……、ちゅうか」


 レヴァーレは感情を上手く言葉にできず、首を傾ける。


「ヴィゼやんも、そうやけど……、クロやんに、もっと報われてほしいな、て」


 全て言葉にしなくとも、その思いは他の二人にも十分伝わった。

 三人はそれぞれに、出ていったクロウとヴィゼを脳裏に浮かべ、その幸せを、願った。






「クロウ――」


 クロウは見張りの目を避けて、森の中へ入っていった。

 どこまでも走っていきたいような気分だったが、ヴィゼが追いかけてきていることも分かっていて、逃げ続けることはできずに、立ち止まる。


「……」


 ヴィゼの気配が、すぐ後ろにする。

 けれど顔を見ることができず、クロウは俯いたまま、夜の冷気で体の熱を冷ましていった。


「クロウ、」


 恥ずかしいような照れ臭いような、困ったような悲しいような、どこかぐちゃぐちゃな気持ちで、クロウはヴィゼの声を聞く。

 ヴィゼも困っているようだが、どうしていいのか、クロウにも分からなかった。


 ――あんな風に、言われてしまったら。


 気持ちを抑え続けることが、できなくなってしまう……。


「……すまない、」


 長い沈黙の後、ようやくクロウは小さく言った。


「手は、大丈夫だったか?」

「全然問題ないよ」


 クロウが少し落ち着いたことが、ヴィゼにも分かったのだろう。

 静かな動作で、ヴィゼはクロウの前に立つ。

 顔を覗き込むように屈みこまれて、止めてくれ、と思った。


「クロウ……、ルキス」


 ヴィゼは言い直して、もう一度、告げる。


「好きなんだ」

「……っ、それは、もう、言わないでくれ……」


 ヴィゼは、謝ることは、しなかった。

 そうすべきではない、と思って。


「――じゃあ、今だけ、我慢するよ」

「これからも、にしてほしい……」

「それはできない相談だなぁ」


 先ほどからクロウは、ぎゅっと目を閉じたままだ。

 ヴィゼの顔を見ることが、怖かった。


「あのね……、ルキス」


 そんな彼女に、ヴィゼは囁く。


「本当に、ずっと、ありがとう。側にいてくれて、僕のことを大事にしてくれて」

「あるじ、」

「僕は……人間で、竜と比べたら無力だけど……、ルキスの隣にいてふさわしいくらいに、僕も、これからも、頑張るから」

「あるじは――、もう、十分、すごい、人だ」

「そう、かな? ルキスがそう思ってくれているのは、嬉しいけど。でも、もっと頑張りたいんだよ。今回も、君に守られるばかりで」


 そんなことはない、とルキスはふるふると首を振った。


「……無理は……しないで、ほしい」

「それは、僕もお願いしたいな」


 許されているように感じて、ヴィゼはそっとルキスの手に触れた。


「隣に立って戦うことも、無上の喜びなのに……、傷の一つも、許せないんだ」


 切なさの滲む台詞に、思わず、ルキスは目を開けてしまう。

 暗闇の中、まっすぐ見つめてくるヴィゼの瞳と目が合って。

 離せなくなった。


 白い吐息が、混じり合うほど、近付く。


 このまま、と、彼女は思って、けれど。


 ――いけない。


 ルキスはぎりぎりのところでしゃがみこみ、膝を抱えて、それ以上(・・・・)を許さなかった。


「ルキス、」

「駄目だ、あるじ……。駄目なんだ」


 ルキスは涙が滲むのを自覚した。

 また顔が、上げられない。


「あるじが、死んでしまう」

「ルキス?」

「それは……、駄目だ」


 譫言のように、彼女は繰り返した。


「わたしは、黒竜(・・)だ」


 ヴィゼは困惑する。

 彼女が、竜であるということより、黒竜(・・)であるということを、気にしているようだからだ。


「だから、駄目なんだ……」


 震える声で、言い聞かせるようにルキスは言う。


「あるじ、」


 縋るような声でルキスは呼んだ。


「死なないで……」


 懇願が、闇に零れ落ちる。

 ヴィゼは揺れる心を押し殺しながら、彼女が落ち着くまで、ずっと側に寄り添っていた。




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