41 <黒水晶>と開示の夜①
空気の澄んだ、夜だった。
<黒水晶>の仲間たちは、テントの中で円をつくり、温かい飲み物を手に、顔を突き合わせている。
「長い一日だったなぁ……」
「そうですなぁ……」
ここに辿り着いてから様々なことがあり、毎日が濃密ではあったが、今日という日がその最たる日だった、と仲間たちは認識を同じくしていた。
特にヴィゼは地上に戻ってからもイグゼにもみくちゃにされ、様々な報告をしたりされたりし、一番ぐったりしている。
全員体は疲れ果てているし、早く休んだ方が良いのだが、何となくすぐに横たわる気にならず、カップを抱えていた。
穏やかな一時が過ぎる中――。
「そういえば、アサルトに会ったよ」
のんびりとした口調でヴィゼがそう打ち明けたので、一層眠る雰囲気はなくなってしまった。
クロウ以外が、「また何か言いだしたぞ」という目で、自分たちのリーダーを見つめる。
クロウとも相談し、仲間たちにも話しておこうかと決めていたので、ヴィゼはアサルトの遺した箱のことと、二人が意識を失っている間にアサルトの魂の一部と出会ったことを語った。
テントには最初から結界を張っているので、気兼ねの必要もない。
「……もう、何をどうコメントすればいいのか分からん」
「右に同じですなぁ」
ヴィゼが話し終えると、仲間たちは頭痛を堪えるような顔で首を振った。
「もう今日はお腹いっぱいなんやけど……」
「ごめん。今度でも良かったんだけど、きっかけをなくしちゃいそうでさ」
その弁明には説得力がありすぎて、話してもらえたこと自体は良かったのだろう、と仲間たちは思った。
「……また箱を開けるのはモンスベルクに戻ってからかな。時々話を聞きたいと思っているから、その時はよろしく」
「相手がもう亡くなってるはずの元皇帝とは思えん台詞だ……」
「せやな……」
信じ難い話ではあるが、ヴィゼに限っては今更である。
「一度くらいはお顔を拝見してみたくはありますが……、会うことができるのは箱の主、だけなのでしょうか?」
「どうだろう……、聞いてみるよ」
ヴィゼとクロウ、二人とも箱の中に入れたことから、何となく箱の主だけに限ることはないように思いながら、ヴィゼは言った。
目の前にいるのはいつもと同じように穏やかな表情のゼエンなのだが、妙な緊張感を覚える。
――すぐに慣れる、かな……。
彼が、血の繋がった身内である、という事実に。
――大体、今までも散々甘えてきたわけで……。
ふ、とヴィゼは一つ小さく息を零して、それが箱の件についての報告の終わりの合図になった。
「――そういやクロ、お前いつの間にあんなに暗躍してたんだよ?」
そして、エイバが新たな口火を切る。
勝手に動きすぎたことを気にしているクロウは、改めて問われて苦い顔になった。
「手紙を頼みに行って、包囲網作成中の敵を討ち取って、必要なことだったのは分かるが、無理しすぎじゃねえのか」
「せやで! 昼間は普通に遺跡調査して、いくらクロやんが竜で、<影>がおるから言うても……」
独断専行への叱責ではなく、体の負担を気遣う言葉に、参ったとクロウは眉を下げた。
「いや、その……、すまない。だが、仕事に支障が出るならば動かなかった。自分にできる範囲で、やれるだけの対処をした、つもりだ。あるじの危機故、少々強引に動いたことは否めないが……」
そう、クロウは弁解する。
実際、クロウには余裕があった様子だ。
いまだに彼女の実力は底知れないところがある、と仲間たちは思った。
「……本当に何事もなくご無事で、何よりでした。ですが今後は、リーダーでなくとも構いませんので、できれば一言でも相談してほしいですなぁ。クロウ殿には元気に嫁いできていただきたいものですから。うるさく言うつもりはありませんが、姪孫を見たいという気持ちが私にもなくはないですし――」
ゼエンの言葉に噎せたのは、ヴィゼだった。
クロウはヴィゼのために動いてくれたのだ。
責めているように聞こえないようなフォローの言葉を頭の中で一生懸命練っていたのに、全てどこかに飛んでいってしまった。
「な、な、な、御大!?」
嫁いできてほしい、の言葉にクロウも動揺しているが、ヴィゼほどではない。
というのも彼女は、この時概念送受を使っていなかったので、「姪孫」の意味が分からなかったのだ。
ごほごほと咳込むヴィゼの背を、心配そうにクロウは摩る。
エイバとレヴァーレはにやにやと、そんな二人の姿を眺めた。
「言うなぁ、御大」
「せやな」
澄まし顔のゼエンを讃えつつ、ヴィゼの心配はしない二人だった。
「クロは、」
と、ゼエンにやられているヴィゼの姿に、エイバは思いついたように聞く。
「御大とヴィゼのこと、最初から知ってたんだろ?」
「え」、とヴィゼは何とか咳を押し込めて、背中に手を置いてくれているクロウの顔を覗き込んだ。
エイバの指摘に、彼女は決まりの悪そうな顔をしている。
「監視役、って御大が言った時、全然気にしてなさそうだったもんな」
「……御大とフルス国王が話をするのを、聞いていた」
仲間たちは、クロウがずっとヴィゼの影の中にいたことを知っている。
誤魔化しは意味がなく、クロウは告白した。
「あの時は……、あるじに何か、良からぬことを企んでいるのかと思って。でも、もし、聞くことができていなくても、二人に血の繋がりのあることは、分かっていた」
「そうなん?」
「なんと言えばいいのか……、要は、人とは嗅覚が違うから、分かるんだ。近しいにおいがするから」
「へぇ!」
治療術師ということもあって、レヴァーレは興味深いと声を上げる。
「分かっちゃいけないことも分かっちゃいそうだね……」
「師からもあまり口外しないように言われている」
神妙に、クロウはヴィゼに頷いて見せた。
ヴィゼとゼエンにある複雑な事情、さらにはその白竜からの忠告もあり、クロウはこれまでヴィゼとゼエンのことを黙ってくれていたのだろう、とゼエンは了解する。
何よりクロウ本人にも、思うところが色々とあるはずだ。
それを欠片も見せずに、クロウは記憶を辿るような目になった。
「そう言えば、ラフを初めて見た時は……」
愛娘の名が突然出てきて、エイバは息を呑む。
「こんなに可愛らしい子どもの父親がこんな、と……、」
「どういう意味だ!」
大体オチが分かっていたレヴァーレは、肩を竦めてエイバとクロウのじゃれ合いを眺めた。
「ラフ、元気しとるよね……」
と、寂しげに口の中で呟く。
「……子ども、かぁ」
ラーフリールのことを思い返していたレヴァーレだったが、やがてそこから他のことを思い出してしまった。
アフィエーミの姉のことである。
冷静に考えれば既婚で子どもがいて全くおかしくない年齢であるが、その悲惨な過去を先に聞いてしまった衝撃が大きかったのか、現在の彼女についてその可能性を考えなかったことは不覚だった、と改めて思う。
気付いていたならば確認して、その点からもヴィゼに釈明させたものを……、と。
だがおそらく、様子を見るに、クロウは知っていたのだろう。
彼女の現在について。
しかし、彼女の存在に関して、落ち着いているというより落ち込んでいるように見えるクロウが、レヴァーレは心配だった。
――だからフォローせな言うとるのに、ヴィゼやんはどうも頼りないし……。
はぁ、と溜め息を吐きながらレヴァーレは片手でクロウの頭を撫でる。
突然のことに、きょとんとレヴァーレを見上げるクロウだった。