40 修復士と未遂の復讐
「あ、」
言う言わない、で大変なことを思い出してしまった。
アフィエーミはまた顔色を変え、慌てたように立ち上がる。
「あの、私、その、仲間が……、いえ、もう仲間、とは言えない、のですが……」
「どうした? 仲間――とは、まさか、ヴィゼ殿をどうこうしようという輩のことか?」
狼狽え始めた部下に、リーセンも立ち上がり、厳しい視線を向けた。
のんびり座っている場合ではなくなったようだと、ヴィゼたちもさっと腰を上げる。
「は、はい! あの、彼らはヴィゼ、殿をなるべく孤立させて、それでこの魔術具に封じた魔物でヴィゼ殿を襲わせる計画を……、」
「なんだと?」
アフィエーミは自身の指に嵌った指輪を、リーセンに差し出した。
「正確な数は分からないのですが、同じものが複数あるらしく、先ほどの彼も……」
「ふむ……」
リーセンは指輪を睨むようにして、さらなる詳細を求めようとしたが――。
「それなのだが、おそらく脅威はほとんど全て取り除いた、はずだ」
再度クロウが、仰天するようなことを言い出した。
「森に潜伏している怪しい輩がいたので捕えて、仲間の居場所も吐かせてそちらも捕まえて、隣の領の兵士に引き渡しておいた。地上に出たら、これについても報告が届いているかもしれない」
「おう……お前、働きすぎだろ、クロ……」
「ほんまやで……」
「いやもう、何と言ってよいのか……」
仲間たちもそうだが、リーセンが一番、常識外れ過ぎる展開に茫然とする。
<黒水晶>の面々は、そんな彼の様子に不安を覚えた。
クロウの実力ならば事に当たって問題は全くなかっただろうが、リーセンはこれを<ブラックボックス>という言葉だけで納得してくれるのだろうか、と。
「言わない方が良かっただろうか?」
クロウはヴィゼにだけ聞こえる音量で囁く。
概念送受を使わなかったのは、ヴィゼの返事が欲しかったからだ。
「いや……、今後の手配を考えるなら報告して正解だよ。リーセンさんの方でも尋問しないといけないだろうし、取りこぼしの可能性がないわけじゃないんだよね?」
ヴィゼは少し屈んで、クロウの耳元に返した。
クロウは真面目な顔でこくりと頷く。
それは傍目から見て、いちゃいちゃしているようで、ヴィゼがクロウを労わっているようで――つまり、ヴィゼが何らかの指示をクロウに与えていた、と見えなくもない図だった。
「……警戒自体は続けてほしい。ただ、もう残党はそんなにいないだろうから、戦力の投入はそう多くなくてもいいと思うが」
「それも伝えておこうか」
そうやってこそこそと話してから、ヴィゼはリーセンへ今の話を伝え、今後のことを頼む。
「分かりました」
リーセンはただ、そう一つだけ頷いた。
<黒水晶>に対し追究が全くないのは有り難いことだが、それはそれで逆に気にかかる。
ヴィゼがあまりにも堂々としているので、<ブラックボックス>という言葉がまた便利に作用したのかもしれないが――。
確固たることが分かってからと考えているのか、もしくは、詳細は言えないと再び返されることを察して、あえて何も言わずにいてくれているのか。
それより何より、今後のことが頭の中を巡って、追究どころではないのだろう。
考えをまとめているのかやや難しい顔をしているリーセンを、ヴィゼはさりげなく窺う。
いざとなったらゼエンに何とかしてもらおうと他力本願に考えるヴィゼの前で、リーセンはいささか逸るように遺跡を出る方向へと体を向けた。
「では……、地上に戻りましょうか」
各々がそれに同意する中、ヴィゼはふと思いついたことを口にする。
「……と、忘れる前に証拠品を渡しておいた方がいいかな。エイバ、あの指輪、まだエイバが持ってるよね?」
「ん? ああ、そういえば、っと……」
研究者の男から取り上げた指輪は、エイバに預けたままだった。
すっかり忘れていた様子で、エイバは荷物の中から指輪を取り出し、リーセンに手渡す。
「すみません、ありがとうございます」
「いやこっちこそ、すっかり忘れてて……」
と、そんな二人を見つめるアフィエーミは、複雑な表情だ。
かの領主の被害者であり、思いを同じくしていた者たちが、自身を含め捕縛されてしまった。
エイバが証拠品の指輪を渡す光景に、アフィエーミは捕えられ、引き渡される彼らを見ているような気持ちになる。
ヴィゼへの恨みは理不尽なものだったと分かっても、彼らの気持ちはよく分かるし、できれば厳しい処罰は免れてほしいと、彼女は願った。
――本当かどうかも、分からないけれど……。
黒い少女の口にしたことは、とても信じられないことである。
ずっと遺跡調査に加わっていた彼女が、一体何をどうやったのか。
彼女の手足となるものが、いるのか。
それとも、<ブラックボックス>を二つ名とするヴィゼが、アフィエーミには想像もつかない手段を使ったのか……。
――いずれにせよ、私にどうこうできる相手ではなかったな……。
到底信じられないと思いながらも、アフィエーミは結局のところ、仲間たちが無念に終わったことを分かってしまっていた。
クロウの強さは、恐ろしさは、彼女自身が身に沁みて分かっている。
あの少女ならば、やれてしまうだろう、と思った。
そして、黒い少女が「あるじ」と呼んで慕うヴィゼという青年に対しても同様に敵わない、と思い。
アフィエーミは、寄り添い並び合う二人の姿に、苦くも、どこかさっぱりとした気持ちになったのだった。