39 修復士と家族の真実②
「ざっと要約しますね」
待つ様子の仲間たちやリーセンのために、ヴィゼは口を開いた。
「ええと……ほとんどは謝罪ですね。そんなに気にしなくてもいいのに――。あと近況が……、ああ、二人目を春頃に出産予定――」
「二人目っ!?」
思わずといった様子で声を上げたのは、レヴァーレとエイバである。
「え、既婚やったんか!?」
「そうだよ。辺境の村に移住して……、四、五年目くらいだったかなぁ。良い人に巡り合えたって連絡もらって、あの時は本当に良かったと思ったよ」
「第一子は、当然、その後……」
「そりゃそうだよ。……エイバ、もしかして僕の子どもじゃないかって疑ってるの?」
「いや、ははは……」
「ありえないって、言ってあったよね?」
冷たいヴィゼの瞳から逃れるように、エイバは視線を泳がせ、誤魔化すように後頭部を掻いた。
はあ、と溜め息を吐いてヴィゼは続ける。
「王都に向かって妹と会うことも考えたけれど、しばらくは動けそうにありません――、だそうです。でもその代わり、他にできることがあれば力になりたいと書いてくれています」
「助かります」
ヴィゼたちがそんな会話をしている間、アフィエーミの目は何度も手紙の上を行ったり来たりしている。
アフィエーミの顔色は真っ青で、衝撃と戸惑いの方が強いようだった。
「アフィエーミ伍長、そちらの手紙はどうだ?」
「これは……、本当なのですか? 父が、姉を――」
「残念ながら、本当だ」
リーセンは神妙な顔で首肯する。
「信じられません――そんな素振り……。あれから酒に走るようにはなりましたが、まさか、そのお金で……」
アフィエーミはこめかみを抑えた。
「これは……、これは、本当に姉が書いたものなのか? 姉はここまで文章が堪能ではなかった。私だってちゃんと学んだのは入隊してからだ。また私を騙そうと――」
アフィエーミがクロウを疑い出し、怒ったのはヴィゼである。
「識字のことなら、彼女は領主館に来てから学んでいた。これは彼女の筆跡です。間違いない」
そう言って立ち上がりかけたヴィゼの服の裾を引っ張って、クロウは止めた。
落ち着いた声で、クロウは返す。
「……まあ、疑われるとは思っていた。最後まで、ちゃんと読んだか?」
「最後……?」
手紙は五枚ほどに及んでいた。
アフィエーミが読んだのは二枚目までだったので、三枚目に目を向ける。
読み進めながら、アフィエーミの顔色は忙しく赤くなったり青くなったりした。
その様子を、面々は不思議そうに見やる。
「一体何が……?」
「本当に姉からの手紙かきっと疑うだろうから、姉妹でしか知りようのないことを書いてほしい、と頼んでおいた。まさかあんなに書いてくれるとは思わなかったが」
「もしかして、クロウは読んだの?」
「確認してほしいと言われて……、」
アフィエーミはその言葉にがばっと顔を上げた。
「よ……っ、読んだのか!?」
「送り主に頼まれたし、必要なことがちゃんと書かれているか見ておきたかったからな」
クロウは平然と答える。
余程のことが書いてあったのだろう、アフィエーミはよろめいた。
「これを……、見られた……」
「なんや、初恋の人の名前でも書いてあったんか?」
「それもあったし、彼女が幼い頃に口にした詩の一部とか――」
「わーっ、わーっ、わーっ」
アフィエーミは声を張り上げて、クロウの言葉を遮る。
「手紙は本物です!」
真っ赤な顔で、アフィエーミはそれを認めた。
姉と自分しか知らないことが、あれほどに書かれていたのだ。
認めないわけにはいかない。
「疑って……、申し訳なかった……」
アフィエーミがそう言って呼吸を整えるのを、ほんのわずか気の毒そうに、リーセンらは見やった。
おそらく彼女の姉は、妹の不始末を怒って、知られてほしくない恥ずかしいことばかり手紙につらつらと書き連ねたのだろう。
「……姉は、その、ヴィゼ殿のことを、恩人だと、書いていた」
息を整えたアフィエーミは、合わせる顔がないという様子で、顔を俯ける。
「これまでの無礼、本当に、申し訳なかった……」
そのままアフィエーミは、深く、床に頭がつきそうなほどに頭を下げた。
まさかここまでの反省を見ることになるとは思わず、ヴィゼたちは顔を見合わせる。
「まだ完全に納得できたわけではない……。だが、恩人を殺すようなことにならず、良かったと思っている」
アフィエーミが全てを消化できないのは当然だろう。
今までずっと姉の死や、ヴィゼを悪だと信じてきて、突然それをひっくり返されたのだ。
むしろ彼女の短気、直情がこの数日で強烈すぎて、ヴィゼたちの方こそこの変わりようについていけていない。
「……ゼエン様、止めてくださったこと、感謝します」
そのアフィエーミだが、自身の言葉で何かに気付いたように、ゼエンに向かって再度頭を下げる。
恩人にこれ以上刃を向けないように。
ヴィゼだから庇い立てした、それだけでなく、ゼエンはアフィエーミのことも考えて止めてくれたのだ、とアフィエーミは悟ったのだ。
憎いのは自分なのだろう、とアフィエーミの心の奥底にあった自身への憎悪を突きつけてきたゼエンは、彼自身も同じものを抱えていた。
アフィエーミとゼエンは、本当によく似た立場で、同じ思いを持っているのだ、と改めて感じる。
アフィエーミの姉は生きていて、ゼエンの妹は亡くなってしまっているけれど。
姉の恩人がヴィゼであるように、ゼエンの妹も、ゼエン自身にとってもヴィゼは恩人で、かけがえのない相手で。
ゼエンと同じ立場にあるアフィエーミにとっても、今やヴィゼは……、姉を救ってくれた、恩人なのだ。
「その、立ち入った話を、私のような者にまで聞かせていただいて……」
「おかげさまで、私も皆さんに打ち明けることができました。良い機会を、いただきました」
「絶対……、他には、漏らしませんから!」
恩を仇で返したりはしない、とアフィエーミは力を込めて言ったが、ゼエンの方は穏やかに首を振る。
「これからは、隠す必要はありませんので」
ヴィゼもそれに、首肯を見せた。
「そう、だね。まあ、言いふらすことでもないけど」
そうか、とアフィエーミは肩透かしを食らったように少し肩を落として――。