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黒水晶の竜  作者: 隠居 彼方
第5部 修復士とはじまりの場所
147/185

38 修復士と家族の真実①



 握手していた手を照れ笑いで離した後、ゼエンはヴィゼに眼鏡を渡した。

 ヴィゼは眼鏡を受け取って、かける。


 ――本当に、良かった。


 目の前の光景にリーセンは、長らくあった胸のつかえがとれたような気持ちで目を細めた。

 ゼエンの苦悩を知っていたリーセンにとっても、この一幕は待ち望んでいたものだ。


 ほう、とこの場の空気を壊さぬようにリーセンは息を吐いて、もう一人、この場面の立ち会い人となったアフィエーミに目を向ける。


 彼女はいまだ信じられないといった様子で、ゼエンたちを見ている。

 敵の領主の息子であり、民に慕われるゼエンの甥だったヴィゼ――。

 彼女の中で、ヴィゼの形は、また変わっているのだろう。






「……しっかし、ヴィゼ、お前にはまた説教が必要みたいだな?」

「え!?」


 涙を誤魔化すように物騒にニヤリと笑い立ち上がったエイバを、ヴィゼはぎょっと見上げた。


「お前、御大の身内が被害者だったって知ってて、監視役として受け入れるとか――自罰的すぎるだろ」


 エイバはヴィゼの頭にぐりぐりと拳を押し付けた。


「うう……、ごめん……」


「お前の父親とお前は全く別の人間だし、父親の責任をお前がとる必要はねえ。ちゃんと分かってんだろうが、なんでお前はそう悪い方に極端なんだろうな。それに、お前が道を外そうとする時は俺たちだって止めに入る。そんで喧嘩になったって、大団円になるように努力する。それが仲間ってもんじゃねえのかよ?」


「はい……」


 ぐりぐりの刑を、ヴィゼは甘んじて受けた。

 クロウやレヴァーレが止めないのは、エイバと同じように思うところがあるからだ。


「御大も御大だぞ。……悪いのは全部その領主だ。二人とも、自分を責めるのはもうよせよ」


 エイバはヴィゼの頭から手をどけ、ゼエンにも叱責の言葉を向けた。

 ゼエンは面目なさそうに首を竦める。


「ま、二人がそこまで思い詰めるほどだったんだろうがな、その領主ってのが……」

「最終的には、死刑にできたけど……、たくさんの悪行を、止めることができなかった。どうしてもそれを考えちゃうと、ね」


 ヴィゼは頭を撫でさすりながら、瞳を翳らせた。


「あなたも……、自分を、憎んで……?」


 ようやく混乱が落ち着いてきたのか――アフィエーミはおずおずと、声を上げた。


 ヴィゼは顔を上げて、アフィエーミを見返す。


「そう――ですね。母のことや、救えなかった領民のことを考えると……、もっと自分に力があればと、今でも悔やみます」

「助けたい、と思って……」

「それは、当然。僕も大切なものを奪われた……、だから、奪うことが許せなかった。奪われる人を、なくしたかった」

「私の、姉のことも?」


 ひたむきな眼差しに、ヴィゼは若干戸惑う。

 目覚める前までの彼女と、違いすぎると思って。

 ゼエンの話が、それほどまでに彼女に響いたのだろうか、とヴィゼは考えた。

 ヴィゼは、リーセンが彼女に話したことを知らない。

 この場でのゼエンの話も、全くの最初から聞いていたわけではなく、アフィエーミの心境の変化をそう推察した。


「はい」


 そんなアフィエーミを相手に、ヴィゼは正直に頷く。


「彼女には、色々とお世話になりましたし」


 そう述べて、ヴィゼはレヴァーレの冷たい視線に気付いた。

 余計なことを言ってしまったようだ、とヴィゼは冷や汗を流す。

 いまだ弁解らしい弁解をクロウにしていないヴィゼは、クロウの顔を見ることができなかった。


「それでは……、やはり、私は偽りに踊らされていたのか……」


 アフィエーミは悄然と肩を落とした。


「僕の言うことを信じるのですか?」

「……信じてもいいかもしれないと、思い始めている」


 躊躇はまだあるらしい。

 それでもこれまでの頑なさが随分となくなっている。


 誤解が解けそうならば良かった、とヴィゼは素直に思った。

 あの人の妹と思えばやはり、敵対は喜ばしくない。


「しかし、あの話が事実と異なると言うならば……、姉はどうして、亡くなった? あなたは知っているのでは? 隊長も、もしや」


 ヴィゼがほっとした気持ちになったのも一瞬だった。

 緊迫した空気が流れる。


 ――そりゃあ、吹き込まれたことが嘘だったんなら本当はってなるよね……!


 ヴィゼはリーセンとゼエンの方を見た。

 二人も困った顔をしている。

 エイバやレヴァーレも、迂闊に何か言うわけにいかず、唇を引き結んでいた。


 本当のことを言うべきか――ヴィゼが腹を括ろうとした時。


 立ち上がったのは、クロウだった。


 びくり、とアフィエーミが肩を揺らして、クロウを見上げる。


「……これを、預かってきた」

「え?」


 アフィエーミに近付き、クロウは一通の封筒をどこからともなく取り出すと、彼女に差し出した。


「お前の姉から」

「え!?」


 驚きの声は、クロウの後ろからも上がる。


「姉の……、遺書、か?」

「違う。今生きているお前の姉からお前への便りだ」

「生きて……?」


 茫然とアフィエーミは手紙を受け取った。


「とにかく中を読め」


 クロウは淡々と言って、踵を返すと、今度はヴィゼにも封筒を差し出した。


「これはあるじに」

「クロウ……、いつの間に?」

「独断で動いたことは、すまないと思っている」


 クロウは叱責を怖れるように視線を逸らして言った。


「どういうことです?」


 驚きから半ば腰を上げて問いかけたのは、リーセンだ。

 ヴィゼの手にある封筒とクロウとの間で視線を彷徨わせながら、困惑の表情を浮かべる。


「……裏技を使った。詳細は言えない。だが、確かに彼女から受け取ったものだ」


 手紙は、<影>の一人に向かってもらった結果だ。リーセンらの前で話すことはできない。

 <黒水晶>メンバーは当然察しているが、それでも腑に落ちない表情だった。


『必要になるかもしれないと思って、<影>を向かわせていた。事情を説明したら彼女は納得してくれて、手紙を預かることになった。あるじのフルスでの仲間については……、多少、気にかけていたから、居場所は知っていたんだ』


 気まずそうに、クロウは概念送受でそう仲間たちにだけ打ち明ける。


 仲間たちは再度仰天の表情になったが、疑問を口にすることはできず、後でもっとちゃんと話してほしいと目で訴えた。


 独断専行を改めて後ろめたく思って、クロウは伏し目がちに頷く。


 この場所に到着したすぐ後、リーセンのテントの中で、ヴィゼは保管している手紙を持ってくる必要はないとクロウに伝えた。

 けれどクロウは心配だった。

 アフィエーミの物理的な攻撃を止めることは容易い。

 けれど彼女がヴィゼを理不尽に憎悪して、ヴィゼの心が傷つくことを、絶対に止められるとは限らなかった。


 だからクロウは<影>を動かし、アフィエーミの姉に会いにいくことにしたのだ。

 アフィエーミの誤解を、解くために。

 ヴィゼに言わなかったのは、一度断られたのもあるし、止められたくないと思ったからだった。

 ヴィゼに止められてしまえば、クロウは動けない。

 だがそれでは、ヴィゼを守れないかもしれない――。


「そちらの兵士とは、帰る際にすれ違った。近日中に、彼らも何かしらを持ち帰ってくるのではないかと思う」

「は、ぁ……。驚きました……。さすがは<ブラックボックス>、と言うべきでしょうか。了解です。本人が真実を打ち明けてくれるならば、有り難い」


 リーセンはそう納得してくれたようだ。

 ヴィゼは彼の誤解に落ち着かなさそうにもぞもぞとしたが、違いますとも言えず、ただ手元の封筒を見つめる。

 そして、ずんと肩を落とした。


 ――弁解どころか、クロウに会いに行かせちゃうとか……。


「……リーダーも、ここで内容を確認しておいた方が良いのでは?」

「そうだね……」


 気遣わしげなゼエンに、ヴィゼは幾分遠い目で頷いた。


「クロウ、遺跡調査でも疲れてただろうに、ありがとう。座りなよ」


 封を開ける前にと、ヴィゼはクロウに声をかける。

 ヴィゼの顔色を窺っていたクロウは、小さく肩を震わせた。


「あるじ……、怒っているか……?」

「怒ってないよ。ただ、クロウに負担をかけるばかりで……、申し訳なくてさ」

「負担、ではない。あるじのためにすることに、負担などあるはずがない」

「……うん。いつも本当に、ありがとう」


 ヴィゼとクロウが見つめ合ったところで、ごほんごほんとわざとらしい咳払いがした。


「手紙の中身が、非常に気になっているんだが」


 いちゃいちゃはいいが後にしろ、と目で告げて、エイバが促す。


 クロウが隣に戻ってから、ヴィゼは封を開けた。

 さっと中身を確認する。

 クロウを疑っていたわけではないが、確かに彼女の文字で、文体で、手紙は書かれていた。




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