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黒水晶の竜  作者: 隠居 彼方
第5部 修復士とはじまりの場所
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36 修復士と皇帝の選定②



 まだその時ではないと言うなら、箱はまた封印されるのではないか。

 そうなったならこのままクロウが預かるか、アルクスに託して白竜の一族に引き継いでもらうのが良いのではないか、と考えていたヴィゼにとって、アサルトの言葉は意外なものだった。

 隣のクロウも、目を見開いている。


「僕ですか!?」

「そうそう」

「適任は、他にいると思いますが……、アルクス殿もシュベルト殿もご存命ですし」

「息子に託すのはなんかヤダ。あいつら、せっかくの魔力を活かしてくれなさそうだし」


 子どものように唇を尖らせて言われてしまった。


「何より俺は、お前のことが気に入った」

「それは……、光栄ですが」

「お前を箱の主にする。今後も話し相手になってくれ」

「……ということは、箱を開ければまたここに来られると?」

「箱の主はな」

「開ける度に血が必要になるのでしょうか?」

「それは大丈夫」


 アサルトは胸を張った。


「箱を開けたヤツが俺のお眼鏡に叶わなかったら、たとえ竜の血があってもそいつには二度と開けられないが、逆に箱の主は何もなくても開け放題だし、開けられるのは主だけになる。と言っても主が主たる資格を失うか死ぬかすれば、また竜の血で開けられるようになるから、未来のことを心配する必要もないぞ」

「そう、なんですね」


 アサルトはヴィゼの懸念をさらに減らそうとしたのか、続ける。


「将来的には、お前たちの子どもに引き継いでいってもらうのもいいと思うしな」


 まさかの発言に、ヴィゼとクロウは揃って噎せた。


「おいおい、大丈夫か。肉体もないのに噎せたりするんだな」


 アサルトは悪びれるどころか、感心している。

 クロウは半眼の冷たい目でじとりと彼を見やった。

 シュベルトに似ているので――正確にはシュベルトがアサルトに似ているのだが――余計に憎たらしく感じる。


「おい、皇帝……、」

「ん?」

「あるじの素晴らしさに気づいた点は認める。だが、あるじに迷惑をかけるな」


 アサルトは小首を傾げた。


「迷惑か? ヴィゼ、お前だって、俺から色々聞きたいだろ? あれやこれや魔術談義しようぜ。あと惚気合おうぜ」


 ヴィゼの心は大層揺れた。

 そもそもヴィゼはアサルトを尊敬しているのだ。

 今この状況でなければ師匠と呼んで教えを請いたいくらいである。

 元々、選定が終わって白竜一族に箱を託すにしろ、何とか少しでも二人で話す時間をとってもらえないかと思っていた。

 魔術の話をしたいというだけでなく、竜の番としての話も聞けないかと、淡い期待を抱いていたのだ。

 それが叶うという。


「……代償が必要になるわけでもないですよね?」

「当たり前だろ。呼びつけておいて言えることでもないが、こっちが協力を願ってる立場だ。むしろ俺が払わないといけない方だよな。魔術知識を対価に、箱の所有・守護を頼む……ってことで、どうだ?」

「……引き受けましょう」


 ヴィゼは結局、あまり悩まずに返答していた。

 よし、とアサルトは満足そうに笑う。


「……いいのか、あるじ」

「正直、願ったり叶ったりというか……」

「あるじがいいのなら、いいんだが……」


 クロウは箱の所有とアサルトがヴィゼに迷惑をかけるのではないかと気にしているようだ。

 ヴィゼは宥めるように、クロウの肩にそっと触れる。


「さて、それじゃあ二人とも一旦戻るか? 選定が終わったからいつでも戻れるぞ」

「お願いします」

「ああ、」


 アサルトは立ち上がりながら、決まり悪そうな顔になった。

 彼につられるように、ヴィゼとクロウも立ち上がる。


「実は今、お前さんたちの仲間だが、二人を心配そうに見守ってる。悪かったな。自分で言うのもなんだが、アサルトの遺した箱だ。面倒なことを色々と想定してたら縛りが多くなっちまった。好人物に逃げられるのも嫌だったしな」

「それは――その、こちらもうっかりしていたので……。皆には本当に悪いことを……、と、外の様子が見えるんですか?」

「箱の蓋が開いている間はな。場合によっては選定に必要になるし、箱の主の体を守る意味もある。今後お前さんの行動を四六時中見張るってことにはならないから、そこは心配しなくていいぞ」


 ヴィゼは素直に感心した。

 アサルトは、それができる魔術式を箱に組み込んでいるのだ。

 それについても詳しい話を是非聞きたいものである。


「……これ以上引き留めるのも何なんだが、もう一つだけ今の内に聞いておいてもいいか?」

「なんでしょう?」


 アサルトはどこか遠くを眺めるような目で、そう聞いた。

 外の景色を見ているのかもしれない。


「お前さんたち、遺跡調査に来ているところだと言っていたか……。ここはどういう遺跡なんだ?」


 アサルトとしても興味をそそられるものなのだろう、とヴィゼは思いつつ、遺跡についてつらつらと説明した。

 ふむ、と頷いたアサルトは何か考える顔になる。


「場所は?」


 そう尋ねるアサルトの手に、一枚の地図が現れる。

 ヴィゼはわずかに目を見張ったが、すぐにその地図を覗き込んだ。


「古い地図ですね」

「ああ、俺の記憶にあるものだからな。分かるか?」

「森の位置は変わっていないので……、大体この辺り、ですね」


 ヴィゼは、今よりも広い、国境となっている森――当時はまだ国境とは定められてはいなかったであろう――の一部を指差した。


「……ふぅん、やっぱりか……」

「なにかご存じなのですか?」

「いや、俺も話を聞いただけなんだがな」


 地図を手元から消して、アサルトはまじまじとヴィゼを見つめる。


「なんつうか、お前さん、すごいな。引きが強いというか、求める分、寄ってくるのかね」

「どういうことです?」

「――お前さんたちが今いるのは、はじまりの場所(・・・・・・・)さ。多分な」


 クロウの肩が、その言葉に揺れた。


「はじまりの場所……?」

「そうだ。詳しい話は、俺がすべきじゃないな。すまん、長く引き留めた。だが、ちょうどいいタイミングになったぞ」

「え?」

「またな、お二人さん。一つ助言だが、起きる時、目はゆっくり開けるといいと思うぜ。ヴィゼ、俺と話したくなったら箱の蓋を開けてくれ。今度は場所と時間を選んでな」


 アサルトは言いたいことだけ言って、手を振った。

 戸惑うヴィゼたちの意識は、その姿を見つめる内に途切れ――。




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