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黒水晶の竜  作者: 隠居 彼方
第5部 修復士とはじまりの場所
139/185

30 修復士と襲撃の復讐者①



 再度警戒を高め臨む遺跡調査メンバーの前で、白い壁が動く。

 それは他の部屋が開く時と全く同じ。

 クロウが開けた部屋の中を覗き込むと、そこは――。


「倉庫、か……?」

「そうみたい、だね。中に何か変なものは見える?」

「いや――大丈夫、だと思う……」


 ゆっくりと、クロウとヴィゼが先行して部屋に入った。

 大きな部屋だが、棚がぎっしりと並んでいる上くまなく物が置いてあるので、窮屈に感じる。


「これはまさか、全部魔術具か……?」

「そう見えるけど……、触ってみようか。皆を入れるのは、確認してからの方が安全だよね」


 入口が今までと異なっていたので、ヴィゼは棚の物に触れるのにも慎重になる。

 クロウと視線を交わし、そっと手を伸ばして棚上にある物を掴んだが――何も起こらない。


「大丈夫、かな」

「おそらく」


 ヴィゼは手に取った物を元の場所に戻し、その後部屋中を念の為確認してから、ようやくイグゼたちに入室を促した。


 ちなみに二人が先行することにアフィエーミは渋面だったが、口出しはなかった。

 他のフルスメンバーも思うところはあっただろうが、二人が適任であることは今までのことで証明されている。

 反対してその役目を押し付けられても何かあった場合に自分たちでは対処できないと、二人を黙って見守っていた。


「おおおおお!!」


 ヴィゼからゴーサインが出、ずっとコレールに襟元を掴まれ倉庫部屋への突入を抑えられていたイグゼが、部屋の中心で喜声(奇声?)を上げる。


「こ、これは素晴らしすぎますよ……! 数多の魔術具! それに、魔力を封じ込めた水晶にその他諸々の鉱石貴石!」

「これを持ち帰れないとは……」


 研究者たちは興奮半分、嘆き半分で倉庫内を噛り付く勢いで見ていく。


 その間クロウは護衛任務にあたるだけでなく、色々な物を確認させられ、目が回るようだった。

 壁にあった、彼女にしか見えない光の残り二つの確認も頼まれ、それらも出入口であるということが分かった。

 大きい部屋なので、出入口が三ヶ所あったのだ。


「そういえば、この光って……、見えない人が触るとどうなるんだろうね」

「?」

「いや、今までは当然のようにはっきり光が見える人が出入口の開け閉めをしてたけど、例えばエイバに触ってもらっても同じように反応するのかなって」

「見える見えないの差があるように、触れた時の反応も違うかもしれないということか」

「ちょっと試してみたいけど……、何となく嫌な予感がするんだよね」


 ちょうどその時部屋の内側から壁に触れていたクロウは、そっと光から手を離した。

 部屋の出入口が閉まるのを、ヴィゼと二人で見つめる。

 ヴィゼの不安は、クロウにも理解できた。


「……うん、きっと、止めておいた方がいいな」

「……そうだね」


 確認を終え、ヴィゼは一旦壁に障壁を張る。

 万が一うっかり誰かが壁に触れて何かが起こるかもしれないことを防ぐためだ。


 それからまたヴィゼも他の研究者たちに混ざり、魔術具を物色した。


「どういう魔術具なのか、想像もつかないのが多いな……」

「ヴィゼでもそうなのか?」

「魔術式が見られればもう少し見当もつくんだろうけど、上手に隠してあるみたいなんだよね。たとえ魔術式が露わでも、知らない古文字は見えないわけだけど……」


 思わずヴィゼがぼやいたところで、ちょうど近くにいたエイバが後ろからその手元を覗き込んだ。


「天然石の類は間違いなく魔力を封じてあるし、こういう入れ物に蓋がしてあるものにも何か(・・)が入ってる……、ほら、こっちは蓋が閉まっていなくて容器だけいっぱいあるだろう? それでほら、小さいけどここに古文字が――」

「それは俺には見えないわけだが」

「そうだったね……」


 ヴィゼは手元にあった小さな容器をそっと元の場所に戻した。


「まあとにかく、それでもこういうのは見てすぐに何かが入ってるとか分かるんだよね。だけど、こっちのこれなんかは、こう手に持って使いそうだと思うんだけど、具体的にはどういうものなのか判明しなくて――」


 つらつらとヴィゼの言葉は続き、エイバはしまったと思った。

 少しの興味本位で聞いただけなのだが、これは長くなると。


 けれどエイバのそれは杞憂に終わることになる。

 ヴィゼの長話以上に、厄介なトラブルが発生したことによって。




「あっ!」


 始まりは、心底慌てたようなその声だった。

 研究者の一人が、手に持っていた魔術具を落としてしまったのだ。

 次いでガチャンと音が響いて、一瞬の後には部屋中が白い煙で包まれていた。


「息を止めろ、動くな!」

「念のため目も閉じておけ!」


 あっと言う間に視界を塞がれ、動揺のざわめきが同時に部屋に満ちる中、リーセンやコレールが咄嗟に叫ぶ。

 ここにいるのは、先日の惨状を乗り越え、覚悟を決めた者たちばかりだ。

 それもあって、明確な指示で動揺は最小限に抑えられる。


「クロウ殿、出入口を開けられますか!?」

「すぐに開ける」


 棚の向こうからイグゼが叫んで、クロウは諾と返した。

 ヴィゼもそれに否やはない。

 クロウから窺うような視線を感じたように思って、頷いた。


 ヴィゼはヴィゼで、壁に展開させていた障壁を壊す。

 次いで彼は杖を棚に凭れさせると、鼻と口元を覆った方の腕とは逆の手で棚を探った。


「煙を封じてみます!」


 ヴィゼが手にしたのは、先ほどエイバに示したばかりの、蓋の空いた容器だ。

 ここに再封じができるはず――とヴィゼは魔術を行使する。


 この魔術具を使ったせいで罠が発動したりはしないよな、と不安が過るが、これまでに遺跡内で何度も魔術自体は使用している。

 大丈夫なはずだ、とヴィゼは思い切った。


 そのヴィゼの行動は結局のところ、幸いに終わる。


 魔術具はすぐに作用して、部屋の中の靄は徐々に容器に吸い込まれていった。

 罠が発動する、ということもない。


 クロウはそれを背後にしながら、少し開けた視界の中で壁の光を見つけたのだが――。


 ――いけない。


 靄の中、ヴィゼに迫る人影がある。

 その手にはナイフが握られ、白の間から鈍い光が漏れていた。

 棚と人の狭い隙間を、身を屈めて進む刺客の対処に、クロウは一瞬動きを止める。


 クロウのスピードがあれば、通常であれば止めるのは容易い。

 しかし今は、場所が悪かった。

 棚と棚に挟まれた狭い通路で、刺客はヴィゼを挟んだ向こうからやって来るのだ。


 ――<影>を使う? それとも影に潜るか、いや、


「巨木! 剣を抜け!」


 クロウが叫べば、エイバはほとんど反射的に剣を抜いた。

 彼はヴィゼの隣で、棚にくっつくようにして屈んでいたのだ。

 何故という疑念や不審は、この時のエイバにはない。

 この非常時に、必要のない指示を黒い少女が出すはずはないと、彼はよく知っていた。


 その彼の剣が、キン、と高い音を立てる。


 エイバの剣から身を守るため、刺客が障壁を生じさせたのだ。


「テメエ!?」


 状況を理解しないまま剣を抜いたエイバだったが、相手が障壁を作る手前で、ヴィゼを狙う輩だ、と気付く。


 そして、クロウの言葉に、ヴィゼもその存在を認めていた。

 白い視界の向こうからその男が眼光鋭く睨みつけてくるのを、睨み返し。


 ヴィゼは躊躇なく、刺客を白い色のついた結界で覆った。


「ヴィゼ殿!? 何が!?」

「大丈夫です! それよりも、出入口が開いているので皆さん順番に外に出てください!」


 視界は悪いが緊迫した声は部屋中に響いていた。

 何事かが起こったのは全員が理解していたが、声を上げたのはイグゼである。

 ヴィゼは安心させるように声を張った。


 ヴィゼの言葉通り、部屋の出入口は三つとも開いている。

 刺客を注視しながらも、クロウが<影>を使って外から出入口三ヶ所を解放したのだ。

 この事態にこの空間を閉じたままにしておくのはまずい、と。

 <影>を見えないようにしておけば、煙のために開いたのだろうと言い訳はできる。


 そうして煙が排出されて、さらに視界は良好になっていた。

 これならば避難は難しくないはずだ。


 ヴィゼの指示に、調査メンバーたちはそろそろと動き出す。

 動揺はまだ当然あるだろうが、戦闘員たちが研究者にきちんとついて、急ぎつつも混乱なく順に部屋の外に出て行った。


 ヴィゼはクロウと共にこの部屋を閉じる者として、調査員たちの退避を見守る。

 その間に、彼の手にある魔術具の蓋が勝手に閉じた。

 どうやらこれ以上は煙を吸い込めないようだ。

 ヴィゼは感心しながら魔術具を棚に戻し、杖を手に取った。

 まだ部屋の中はぼんやりと霞掛かっているが、もう一つ使うこともないだろう、と判断する。


「ヴィゼ、あいつはどうする?」

「うーん」


 全員が部屋を出終わろうかとする頃、エイバは耳打ちした。

 ヴィゼを狙う相手はいまだ結界の中だ。

 ひとまず空気は確保されているので、しばらくは問題ないはずだが……。


「この煙の正体如何では、連れて行かないとまずいと思うけど……」


 もし煙が遅効性の毒であれば、置いていけばそのまま死なせてしまうことになる。

 ヴィゼたちとてどうなるか分からないが、レヴァーレや他の治療術師もいるし、薬もあるので何とかなるはずだった。


 いずれにせよ地上に連れて行かなければならないのだが、この事態の中拘束した男を連れていくのは負担である。


「リーダー、全員出ました。ひとまず食堂に集まるとのことで、レヴァ殿はイグゼ殿と先に向かっています」

「了解」


 通路側、開いたままの出入口からゼエンが顔を出して告げる。

 その隣には仏頂面のアフィエーミとリーセンもいた。

 何かあった場合は殿を務める、という打ち合わせ通りに動いたのだ。


 リーセンは通路の向こうから、苦々しげに刺客を包む結界を見ている。

 彼も棚の向こうにいたが、何が起こったのか察しはついていたのだろう。

 フルスメンバーの人員は一人足りないでいるはずなので、誰がヴィゼを狙ったか、他の者にも分かってしまっているはずだ。


 ――焦った、んだろうな。確かに好機は好機だった……。


 ヴィゼを憎んで忘れられず、けれどモンスベルクまで追いかけてくることはしなかった。できなかった、のかもしれない。

 分からないが、復讐を決めた彼は、ヴィゼが今ここにいる間にそれを果たそうとした。

 いつ撤収になるか分からない状況下で、この機会を逃せなかったことは理解できる。

 魔術を使われていたらもっと危うかったが、この部屋の中では下手に使えば何が起こるか分からないため使えなかったのだろう。

 もしくは、そこまで魔力量がないためにヴィゼを確実に殺す手段をとれなかったか。


「――あるじ、何か、」


 ヴィゼが決断しかねているところに、クロウが目を細めて「妙だ」と告げた。

 彼女の黒瞳は、白く遮断された結界に向いており、次の瞬間。


 結界が、消えた。




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