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黒水晶の竜  作者: 隠居 彼方
第5部 修復士とはじまりの場所
138/185

29 修復士と思惑の交錯②



 ――損害ゼロ、か。


 今日一日の調査は順調すぎるほどに順調だった。

 昨日の痛い経験のおかげもあるだろう。

 探索の成果はそこまでではないが、メンバー全員怪我一つない帰還は良い結果だったと言える。


 そう、良いことであるというのに。

 

 アフィエーミは複雑な心境だった。


 夜、一人テントの中で膝を抱える彼女の瞳は困惑に揺れる。


 ――あの男は、本当に何も企んでなどいないのか……? ここに来たのは、仕事のためだけだと……?


 今朝のリーセンの叱責を受け、アフィエーミはようやくヴィゼを少し冷静な目で見ることができていた。


 今日一日のヴィゼに妙な振る舞いはなかった、と思う。

 むしろ彼は自分の役割をきちんと果たしているようであった……。


 ――だが、私が見落としてしまっているだけなのかもしれない……。


 分からない。


 アフィエーミは遠い日の姉の面影を脳裏に浮かべた。

 随分と朧げになってしまった優しい面影を。


 姉を亡き者にしたのはヴィゼだと、ある人は告げた。

 別の一人は、あの男はフルスに害をなそうとしているのだと警告した。


 しかし、ゼエンやリーセンはそれを否定する。


 ――何が本当のことなのか。


 アフィエーミはずっと、ヴィゼに対し国外追放だけでは生温いと思っていた。

 かの領主の息子がその恩恵を受けていないなど信じられず、その罪にふさわしい罰を受けるべきだと。


 その思いはヴィゼが姉を亡き者にしたと聞いてから強まるばかりで、彼がこの野営地に現れた時に激昂してしまったのはそのせいだった。

 昔、幼い頃の彼を見たことがあったから、思い出してしまえば走り出して止まれなかったのだ。


 だが、ヴィゼが姉を、という話には疑義があるという。


 ヴィゼがフルスに復讐を考えているという話は、本人からも周囲からも否定された。

 では、姉のことはどうなのか。


 ヴィゼは本当は、姉のことには関わっていないのか――?


 それについては、本人からの話を何も聞いていないな、と暗闇の中、アフィエーミはようやく、思い当たった。

 ヴィゼに直接問い質したところで、彼がそれに正直に答えるとも思えないけれど、それでも。


 ――真実が知りたい……。


 王都に戻ったら何とかして当時の資料を見せてもらおうか、と考える。

 だが、しばしの後それでは遅すぎるということに気付いた。


 王都に戻るということはこの仕事も終わっているということで、ヴィゼもモンスベルクへ帰っている。


 それに何よりも、そうとなればもう一人の同志が動き出すだろう――。


 アフィエーミは思わずがばりと立ち上がったが、このテントからは出ていけないのだ。すぐにまた座り込んだ。


 どうしよう、と考えるがどうしていいのか分からない。


 ヴィゼがかの領主の息子であることに違いはないのだ。

 同志を止める必要も、彼女の復讐心を歪める必要もない、と思う。

 だが、今までと同じようにそれだけを強くは思えなかった。


 彼女は途方に暮れ、まともに眠れぬ夜を過ごした。








 その翌日。

 いまだ新しい指示は来ないままで、遺跡内部調査メンバーは朝から張り切って遺跡に潜った。

 そして昼食をとろうかという時刻には、入れる部屋には全て入ったという状況になる。


 今日の方が調査のスピードが速いのは要領をつかんできたということもあるが、昨日調査できなかった部屋が共用スペースの食堂や浴場で、今日の調査にあまり時間をとられなかったのだ。


 一行は一旦、一階にある食堂だったらしい部屋に入り、食事休憩をとることにした。

 それぞれの部屋の中には今のところ罠らしい罠は見つかっていないので、各々少しリラックスして食事をとる。


「……この辺りの部屋はずっとプライベートルームでしたね」

「食堂や浴場、中央部分が共用の部屋で……」

「その隣が研究室の集まり……」


 ヴィゼ、イグゼ、ストゥーデはテーブルを一つ占領して、パンをちぎっては口に運びながら広げた遺跡の見取図を睨みつけた。

 見取図に神経が行き過ぎていて、パン屑がボロボロと床に落ちている。


 ヴィゼの隣に座るクロウは、何とも言えない顔だ。

 指摘してもどうにもならなそうなので、彼女は黙って見守るに留めた。


「そしてここに開かずの間があるようだと……」

「管理室ですかね」


 わくわくとした様子でイグゼが言う。

 彼らの視線を集めるのは、二階の中央部分だ。


 見取図は九割方埋まっており、ヴィゼたちが口にしたように、この遺跡は三つの区画に分けられるようである。

 しかし、共用スペースのある区画の二階はいまだ空白のまま。

 部屋に入るための青白い光が、ここだけ見つからなかったのだ。


 隠された部屋――それ故に、この遺跡内で最も重要な場所なのではないかと、イグゼたちは考えているのだった。


「問題は、どうすればそれを確認できるのかですな。あの一画に入るには、また別の手段が必要なのか……」

「あの罠の槍を斬ったクロウ殿なら、壁も斬れるのでは?」


 イグゼから期待のこもった目で見つめられ、クロウは曖昧な表情を浮かべる。


「やってみなくては分からないが……」

「万が一の時はよろしくお願いします!」


 否とは言えずにクロウは頷いた。

 申し訳なさそうな顔をしながらもヴィゼも反対しないということは、ヴィゼの希望でもあるのだろう、と判断する。

 頼み自体は良いのだが、この遺跡がそれにどう反応するか、クロウすら分からないということが問題だった。


「この遺跡では本当に、何が起こるか分かりませんから、最後の手段ということでお願いします」


 ヴィゼも同じことを懸念したのか、そう告げる。

 イグゼとストゥーデは神妙な顔になって首肯した。


「その場合はいつでも逃げられるように、警戒を最大に、ですね」

「研究者として、自分たちの力で辿り着きたいものですし」


 そういうわけで、午後からは開かずの間の調査である。

 休憩を終えて、一行は階段を上がり、二階の通路に出る。

 ヴィゼたちの目に黄色い光は映るものの、やはり青白い光は一向に見えてこない。


「……あるじ、」


 全員で廊下を右往左往して確認していたが、もしかして、と気付くことがあって、クロウは躊躇いがちにヴィゼの服の裾を引いた。


「どうしたの?」

「あの、さっき見ていた見取図の罠の光の数と……、わたしに見えている光の数が、多分、違う」

「えっ」


 声を上げたのはヴィゼだけではなかった。

 イグゼが一瞬で間合いを詰めてきて、クロウに見取図を示す。


「く、クロウ殿、あなたに見えている光を教えてください!」

「え、ええと……」


 イグゼの勢いに気圧されながら、クロウは見取図をもう一度よく見て、それから目の前の壁を指差した。


「あそこと、あそこ、それからあそこ……」


 ひとまず見えている光を全部指してから、クロウはさらに気付いたことを付け足す。


「よく見ると、この三つは他の黄色より濃いようだ。どちらかと言うと、オレンジに近いような……。先ほどは気が付かなかった。すまない……」


 クロウは肩を落として謝罪した。

 護衛としての仕事を全うしようと、罠の位置を目で確認はしていたが、研究者たちの会話や書き付けにはそこまでの注意を払っていなかった、と。

 それは他の戦闘員もそうであるので――ヴィゼは別として――、クロウがここまで恐縮する必要はないのだが、彼女の真面目さがそうさせる。

 ある意味では誰よりもこの遺跡を知っているからこそ見ないようにしていた部分もあるため、その負い目もあった。


「いや……、これも僕たちが甘かったよ。クロウは結界を通り抜けられたし、屋上にも皆には見えない光が見えたって言っていたのにね……」

「元よりクロウ殿に見えているものをよくよく聞いておくべきでした。もう一度最初から調べ直した方が良いでしょうか……。他の戦闘員の方にも、聞き取りをした方が良かったかも……」


 クロウをフォローしつつ、ヴィゼとイグゼも自責の念に襲われた。

 クロウは戦闘員であると彼らの中でも区別がされていて、細かい確認作業をしていなかったが失態だった。


 そんな二人の姿に、クロウは余計にしゅんとする。

 今回はいくつも下手を打ってしまっている、と思うと余計に落ち込んだ。


「――いえ、とにかく今は、進むことを考えましょう」


 ますますしょんぼりとした様子のクロウに気付き、ヴィゼは顔を上げた。

 後悔はあるが、今は胸の深くにしまいこむ。


「クロウ、教えてくれた光について調べてみたいから、お願いしていい?」

「う、うん」


「イグゼさん、ストゥーデさんたちにも相談しましょう。今までと違う光なら、警戒は最大にしておいた方が良いと思います」

「そう、ですね。行きましょう!」


 イグゼも持ち直すのは早かった。

 すぐにストゥーデ、リーセンにも事情を話し、全員が開かずの間へ挑む体制になる。


 ヴィゼにもイグゼにも「よろしく」と頼まれたクロウは、気持ちを切り替え、自分にしか見えない壁の光を目の前にした。


「それじゃあ、クロウ、行こうか」


 それぞれが配置についたのを見届けて、ヴィゼは告げる。

 頷いてクロウは、その手を壁に伸ばした。




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