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黒水晶の竜  作者: 隠居 彼方
第5部 修復士とはじまりの場所
136/185

27 修復士と弾劾の復讐者③



 打ち合わせの後、遺跡調査メンバーは一旦解散し、装備を整えてから集合することとなった。


 その間、リーセンはモンスベルクメンバーに部下の不始末を謝罪し、ヴィゼやゼエンと密談(・・)し、すべきことを済ませてから、自身のテントに戻る。


 そこには部下の兵士一人と、アフィエーミが待機していた。

 そうするようリーセンが命じていたからである。


 リーセンはアフィエーミを見張らせていた部下に調査のための準備を頼み、アフィエーミに向き直った。


「アフィエーミ伍長、率直に言って私は失望している」


 どう言ったものかリーセンも悩んだが、この部下には分かりやすく明瞭に言わなければ伝わらないということは先ほどの一幕でよく分かったので、苛立ちを隠さずズバリと言った。


「た、隊長……」


 アフィエーミは自分の正義を疑っていない。

 厳しい尋問を受けてもそれは変わらず、リーセンがアフィエーミの言に耳を傾けようとしないのはあの領主の非道さを実際に知らないからだ、などと思っていた。

 しかし、先ほどはようやく、リーセンはアフィエーミの言葉を聞こうとしてくれた――というのが彼女の認識である。

 その上、ヴィゼのことは上手く追い詰められなかったが、彼が怪しいということを少しでも皆に知ってもらえた、と多分に都合よく解釈していた。

 なので、リーセンの厳しい表情にどうしてよいか分からず、ただ立ち尽くす。


「お前はここへ、何をしに来た? 復讐か?」

「私は――研究員の方をお守りするために、」

「先ほどの行動は、彼らの時間を奪うものではなかったか?」

「私は! あの男から皆を守るために――!」


 リーセンはわざとらしく大きな溜め息を吐いた。


「……ゼエン殿の言葉は全くお前に届いていなかったようだな。この数日、一体何を見ていた? 陰謀だのなんだと言うが、ヴィゼ殿は率先して危険な役目を引き受け、昨日の怪我人の治療にも魔力が空になるほど助力してくれていた」

「……っ、それは、あの男が自分には危険などないと分かっていたからです。治療の手伝いは、陰謀がばれないために仕方なく行っていたのでしょう」

「その与太話は先ほど否定されたばかりだが?」

「隊長は……っ、何故犯罪者であるあの男を擁護するのですか!」

「擁護に聞こえるか? そうかもしれんが、目の前にあった事実でもある。しかし伍長の発言は、全く根拠のない、ただの妄想だ」


 断じられ、今日で何度目か、アフィエーミは言葉を失った。


「アフィエーミ伍長、姉のことで恨みを持つ気持ちは分かる。確かにあの領主は許されないことをした。しかし――、これは、既に言ったと思うが……、伍長、君の姉を害したのが確かにヴィゼ殿であるのか、非常に疑わしい。そういう状況だというのは、理解しているな?」


 アフィエーミにそれを伝えた人物は、そもそも信用できない相手だった。

 聞いてはいるが、アフィエーミはそれが信じられない。

 ヴィゼが敵だという言葉こそが、彼女にとって都合の良いものだからだ。


 しかしアフィエーミはそれを、意識していない。

 かの領主が彼女の手の届かないところで死んでしまったために、胸の奥にずっと燻っていた、恨みの念。

 その矛先として、彼女には敵が――ヴィゼが必要で、どこまでも頑ななのだった。


「分かっているならば、軽率な行動は弁えることだ。伍長の行動は、フルスを危険に晒している」

「どういうことです……?」


 フルスを危険に、とは突然にスケールの大きな話だ、とアフィエーミは思った。

 だが、リーセンにとっては突然でもなんでもない。


「やはり伝わっていなかったか……。イグゼ殿はモンスベルクの貴族であり、大陸中でも優秀な学者だ。そしてヴィゼ殿率いる<黒水晶>はその護衛としてイグゼ殿に雇われている」

「はい、それはお聞きしましたが……」


 それがどうしたという顔だ。

 何故ヴィゼなどを雇うのかという気持ちすら透けて見える。


 この説明で分かるだろうと思っていたのが甘かった、とリーセンは反省した。


「いいか、フルスの兵士である伍長がヴィゼ殿を攻撃したことを、イグゼ殿を攻撃しようとしたのだと捉えられてしまう可能性がある、ということだ」

「えっ……」

「例えば反フルス派のモンスベルク人に殊更それを声高に主張されたら? 我が国がモンスベルクの要求を呑まざるを得なくなることは十分あり得る。……己が何をしでかしたのか、分かったか?」

「そ、その場合は私の首を……」

「その程度で事を納めてくれるならいいがな」


 ようやく顔を青くしたアフィエーミに、つい口調が嫌味っぽくなるのは仕方のないことだった。


「今回事が大きくならなかったのは、イグゼ殿とヴィゼ殿が咎めずにいてくださったからだ。今日のことも合わせ、伍長は二度もお二人に庇われている。それを忘れぬよう」

「二度……、とはどういうことです!?」


 アフィエーミが気付いていなかったことは明白だったので、リーセンは淡々と説明してやった。


「先ほどの伍長のヴィゼ殿への批判は、最終的に賛辞会(・・・)ということになった。賛辞なのだから咎めるものではない。そういうことだ」

「あれは……、そういう……」

「そうでもなければ、あの場で伍長の首は胴体と離れていた。クロウ殿はずっと、いつでも剣を抜けるようにしていたからな」


 クロウの凍えるような殺気を思い出し、アフィエーミは自分の体を抱きしめた。

 あの時の恐怖を忘れたわけではない。

 けれど、自分の正義に酔っていて、「次はない」という言葉を都合よく記憶の扉の向こうに封じていたのだ。


「クロウ殿からも、先ほど再度忠告を受けた」

「――っ」

「今回は口撃(・・)だったので手控えたと」


 思い出しただけで怯えのため震え出した部下を、リーセンはほんの幾分か気の毒に思った。

 あの殺気を直接に浴びれば、リーセンとてどうなるか。

 しかし、あれだけの殺意を向けられて、ヴィゼへの復讐心は全く折れないのか、といっそ感心すらする。


「ヴィゼ殿もイグゼ殿も、伍長は被害者であるからと理解を示してくださっている。今後はくれぐれも軽率な行動は慎むことだ」

「――っ、あの男が、私を、憐れんだと……っ!?」


 恐怖を一瞬でどこへやったのか、アフィエーミはきっと眦を吊り上げる。

 全く感情を制御できていない部下の様子に、リーセンは嘆息した。


「……私の中では、伍長、お前は加害者の側だ」

「あの男に刃を向けたからですか」


 アフィエーミは開き直ったような顔で、リーセンを見据えた。

 彼は疲れたように首を横に振る。


「はぁ、……それもあるが、何よりも」


 リーセンは静かに続けた。


「ヴィゼ殿があの遺跡の力を手にしていて、フルスに復讐を望んでいる、と言ったな。今回のことはその試しなのではないかと」

「はい」

「それが本当だった場合、それを知られたヴィゼ殿が、知ってしまった者たちを無事に生かしておくと思うか?」

「――え?」


 あまりに予期せぬことを言われ、アフィエーミの思考が止まる。


「いずれフルスの全てを滅ぼすつもりでいたとしたら、知られて妨害されないよう、先にこの場にいるフルス人を口封じに殺すのではないか? モンスベルクの人間さえ、邪魔ならば殺すだろう。私が国への復讐を望む身であの状況に置かれたなら、きっとそうする。……分かるか? お前は軽率に皆の命を危険に晒した。ゴーレムに太刀打ちできなかった我々に、抵抗の術はない」

「あ……、わ、私は、そんな……、」


 もごもごと言い訳しようとするアフィエーミに、リーセンは背を向けた。


「しかし、ヴィゼ殿はそんなことはしなかった。――彼は、フルスに復讐心など抱いてはいない。伍長、彼はお前とは違う」

「ですが、それは――」

「数年前、軍が使い始めた対魔物用の魔術具を知っているな?」

「は、はい……」


 唐突な話題変換に、アフィエーミは目を白黒させた。


「人間相手には決して発動しない、攻撃魔術を封じた魔術具。人に被害が及ばないようにしている分威力が弱いが、魔物の力を削ぐには十分で、魔術士不足を補い、兵士の犠牲を減らした。その魔術具の作り手は、<ブラックボックス>――ヴィゼ殿だ」

「え――」

「彼はフルス、モンスベルク、それ以外の国にも分け隔てなく、同じ金額でこの魔術具を売っている。さてアフィエーミ伍長、それでもヴィゼ殿に復讐心があるというのか? それともこう言うつもりか? 金を儲けておいて、最終的には裏切って殺すつもりなのだろう、と?」


 嘲笑うように、リーセンは口の端を歪ませる。


「伍長、お前の目に映るものだけが世界の全てではないし、お前の目に映っているのに見えていないものも多いようだな。かの領主の非道の実際を私は知らぬからと思っているだろうが、私からすればお前の方がよほど無知で蒙昧だ」


 リーセンは首を捻り、アフィエーミに鋭い一瞥をくれた。

 彼女は茫然と、立ち竦んでいる。


「……話は以上だ。支度を済ませ、時間までに集合せよ」


 リーセンはテントを出た。

 テントの外に控えていた兵士にアフィエーミのことを任せ、歩き出す。


 ――さて、これで少しは態度が改まれば良いのだがな……。


 あまり期待はできないと思うが、これ以上ヴィゼたちに迷惑をかけたくない。

 迷惑をかけるどころか、助けられ、借りが増えていくばかりなのだ。


 遺跡調査メンバーの中、ヴィゼへの復讐を望むのは、アフィエーミだけではない。

 それは可能性だけの話だったが、どうやら上手く隠れ潜んでいたようで、実際に存在していたようだと教えてくれたのは、ヴィゼだった。



「どうやらもう一人、復讐者が潜んでいるようです――」



 アフィエーミへ叱責をする手前で、ヴィゼたちと話した内容を、リーセンは反芻する。


「彼女は道化を演じさせられているようですね。囮として、自分には目が向かないように……」


 ヴィゼとしてもアフィエーミに対する違和感はわずかなものだったようだが、先ほどの糾弾のタイミングがまず妙だ、と直感的に思ったらしい。


 アフィエーミの直情さは初日のことでよく分かっている。

 クロウだけが結界を通り抜けられ、その後ヴィゼが調査メンバーの先頭に立つことになったのは昨日のこと。その時に疑惑が芽生えていたのなら、その時に動いていておかしくない。その後ヴィゼとチームが分かれ、目の届かない場所に行くことになったのだから、焦って告発するならばその時が一番自然だった。

 それが何故、今なのか、と。


 もちろん、彼女が一晩疑惑を抱えていた可能性も十分ある。

 ヴィゼはアフィエーミのことをほとんど知らない。

 ゼエン伝てに尋問の報告は受けているが、それくらいだ。

 だが、アフィエーミの話を聞くにつれ違和感は増した、という。


 それにはリーセンも同感だった。

 こう言ってしまっては何だが――アフィエーミにあれだけのことが考えられるのか、と思ったのである。

 前提がありえないものだったにしろ、アフィエーミの説はある程度筋が通っていた。

 フルスメンバーに、多少なりとも疑惑を抱かせるほどには。

 だから、おかしい、と思った。


 そして、ヴィゼやリーセンの違和感は間違っていなかったのだ。

 アフィエーミはあの強弁の最中、誰かの救いを求めるように、幾度か視線を彷徨わせた。


 もう一人の復讐者は、アフィエーミを唆し、ヴィゼを不利な状況へ導こうとしたのだろう。

 昨日の戦闘から負傷者の治療が終わるまで、アフィエーミから目を離した時間があった。

 あの混乱の中、アフィエーミに近付いたに違いない。


 結局のところ今朝はお粗末な顛末になったが、アフィエーミがもう少し狡猾で、ヴィゼがもう少し悧巧でなかったら、ヴィゼを見る周囲の目は厳しくなっていたはずだ。


 迂遠なやり方だが、上手くいっていれば復讐の一手として良手だっただろう、とヴィゼは言った。

 ヴィゼを貶め屈辱を与えることもできるし、もしイグゼがヴィゼを見限って<黒水晶>を拒めば、<黒水晶>はここから去ることになる。

 往路は<迅雷風烈>が一緒であったし、ここではさらにリーセン率いるフルス兵たちがいる。

 それを<黒水晶>のみにして戦力を削ごうとした意図は理解できる、と。


 しかし、初日のあのクロウを見ておいて復讐を諦めなかったことを、根性があると評価すればいいのか、鈍いと形容すればいいのか。

 たとえ<黒水晶>を孤立させても、あのクロウを前にしてヴィゼに近付けるとは、リーセンには思えない。

 それは、戦闘に不慣れなためにクロウの実力を実感できないのか、それとも何か策を持っているのか――。


 リーセンは顔を顰めた。


 いずれにせよ、証拠らしい証拠もない状況では相手を拘束もできない。

 本当にヴィゼを狙っているのかさえ、明確ではないのだ。

 アフィエーミに同情し、それらしいことを言って寄越しただけという可能性もなくはないのである。


 ヴィゼが自ら囮になるので様子を見ようと言ってくれ、リーセンは頭を下げるしかなかった。

 どうにも後手に回ってしまっている。

 判明した復讐者についても、再度調査を行わなければならない。


 王都であればすぐに動かせる人員がいるのだが、ここではそれもままならないことがもどかしかった。

 もっと人手があれば、ヴィゼと――ゼエンに負担をかけずとも済むやり方がとれるのだ。


 フルスに戻り、すぐそこの領主から兵士を借りることも検討するが、それをすると街の防衛が薄くなってしまう。

 この冬は魔物の出現が増えているようなのだ。

 ヴィゼだけのために、多くの民を危険に晒すことはできなかった。


 とにかく今は、リーセンができ得る限りのことをやるしかない。


 遺跡に入るための準備を代わりに整えてくれていた部下が、外に出てきたリーセンを認めて駆け寄ってくる。

 その姿を視界に入れながら、リーセンは改めて気合を入れた。




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