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黒水晶の竜  作者: 隠居 彼方
第5部 修復士とはじまりの場所
135/185

26 修復士と弾劾の復讐者②



「あなたの言う通り、もし僕がフルスへ復讐したいと考えているなら、さっさとゴーレムを大量に作るなりなんなりして国を襲えば終わるんです。実際に経験したのでお分かりでしょうが、この遺跡の戦力は恐ろしいものですから」


 単純明快な話なのだが、気付かなかったアフィエーミは「あ……」と間の抜けた顔をした。


「モンスベルクという国に認められたいなら、この結界が張れることでも、他が使えない魔術式を献上するでもすればいい。イグゼさんという繋がりがあるので、いつでもそれはできたはずです」


 そしてヴィゼは国に認められたいとは思っていないので、これもまた的外れなのだ。


 それに、ヴィゼにいつ、結界や罠に細工することができたというのか。

 それ以外にも、反論の余地がありすぎる。

 彼女の指摘は穴だらけで、全く現実味がなかった。


「いや、だが、お前はフルスに危害を加えたいはずだ。今回は物の試しで……」

「別に僕は、フルスに害意はありませんが」

「国外追放処分を受けて、恨みに思わなかったのか!?」


 とにかくこのアフィエーミという女性は、直情的で思い込みが激しい。


 勝手に心情を捏造され、ヴィゼは嘆息した。


 そもそもフルス国王が戦力としてヴィゼを欲しがっていてくれたところを、断って国外追放処分にしてもらったのである。

 さすがにその内情を打ち明けるわけにはいかないが、彼女の主張は最初から最後まで的外れの見当違いだった。


「恨むどころか、国外追放で許してもらった身なんですよ、僕は。あの領主のように、処刑にはならなかった。しかも今回、恩赦をいただいています。負の感情を抱く理由はありません」


 あえて言うなら、あの男を――父領主をずっと野放しにしていたことを責める気持ちはある。

 ただ、法制上、あの男の捕縛が容易ではなかったことを、ヴィゼは理解していた。

 何よりあの頃は特に、領主に結構な権限があったのだ。

 今はあの父領主のこともあって、中央の力、王の力が増しているため、あの男ほどの者を見逃し続けることにはならないはずである。

 それはそれで、悪政を布く王が出てきた場合、それを止められなければ国民は苦しむことになるだろうが――今のフルスは、良く回っている。

 それをヴィゼは、壊したくないと思う。

 フルスは彼の、生まれ故郷なのだ。つらく苦しい記憶もあるが、母と穏やかに暮らし、そしてルキスと出会えた地なのである。

 二度と戻らない決意をしていたからといって大事でないわけではないのだが、アフィエーミはヴィゼのそんな思いを、知ろうともしない。


「口では何とでも言える」

「そうですね。憶測がいくらでも口にできるように」


 皮肉を口にして、ヴィゼはこの茶番を終わらせることにする。

 収穫はあった(・・・・・・)。これ以上無駄な時間を費やしたくない。


「信じてもらわずとも結構ですが、僕は陰謀など巡らせてはいません。それはお話した通りです。そちらにも証拠らしい証拠があるわけでもないようですし、打ち合わせを再開しても?」

「そんなことを言って、何か途方もないことをしでかすつもりではないのか!?」

「途方もないこと、ですか……」


 ヴィゼは苦笑する。

 確かにヴィゼは、途方もないことをしようとしている。

 しかしそれは、決して余人を巻き込むようなことではない。


「何を言っても納得していただけないようですね。そこまで言われるならば、我々<黒水晶>はこの仕事を降りましょう。それで皆さんの心配はなくなります」


 全く本気ではないが、ヴィゼは神妙な表情で告げた。


 ざわり、とどよめきが広がる。

 動揺が大きいのは研究者たちであり、その筆頭がイグゼである。


 <黒水晶>が――クロウが去ってしまえば、遺跡内部の調査は叶わなくなる。

 今日の調査メンバーに立候補しなかった者も、決して探求心がなくなったわけではない。

 この流れはまずい、と研究者たちの思いは一致した。


 それを見て、白々しいという言葉はこういう時に使うのだ、と<黒水晶>の仲間たち(クロウを除く)は思う。

 既に大半の調査メンバーはアフィエーミの主張を言いがかりであると分かっていたが、疑念はゼロにはなっていなかった。

 しかしヴィゼがここから去ると口にしたことで、それどころではなくなったのだ。


 ヴィゼが本当にメンバーから外れるつもりで言っているならば、企みなどないということになる。

 引き止められることを前提で言っているとしても、引き止めないわけにはいかない。

 ヴィゼはこの遺跡調査における<黒水晶>の必要性を明示し、疑念を限りなく小さくしたのだった。


「ヴィゼ殿! ヴィゼ殿! 後生ですからそんなことは……!」

「ご期待に沿えず申し訳ありません、イグゼさん。ですが、皆さんの貴重な時間をこれ以上無駄にするのも心苦しいですし、この遺跡に挑むのに、懸念になる存在は迷惑でしかないと思いますので」


 ヴィゼは申し訳なさそうな顔だが、言っていることはほとんどアフィエーミへの当てつけである。


「迷惑どころか、<黒水晶>の皆さんはこの調査に必要不可欠です! ストゥーデ殿、これは私の思い込みや我儘ではないでしょう!?」

「イグゼ殿の判断は正しいと思います」


 同意の声は、ストゥーデからだけではなかった。

 そこここで、研究者たちが、戦闘員たちが頷いているのである。

 この二日間を思い返し、結界を通り抜けることのできるクロウだけでなく、実力者である他のメンバーも欠かせない人材である、と<黒水晶>を認めてくれたのだ。


「ヴィゼ殿、皆さん、どうかこのまま、我々に協力していただけませんか」


 イグゼが頭を下げ、それに続きストゥーデも頭を下げた。

 ここまでのことは想定していなかったので、ヴィゼは困惑する。

 イグゼはヴィゼの芝居と分かっているはずなのだが――。

 こういう時、ヴィゼはイグゼを空恐ろしく感じる。

 芝居と分かりつつ焦ってしまっているのだろうとは思うのだが、ただの天然なのか計算でやっているのか、読めないのだ。


「頭を上げてください。こちらとしても、できれば仕事を投げ出すような真似はしたくありません。……イグゼさんや皆さんが我々の力を必要としてくださるのであれば、留まって全力を尽くします」

「ありがとうございます」


 イグゼはほっと顔を綻ばせた。

 周囲の者も一難が去ったという様子である。


「お待ちください……っ」


 アフィエーミにとっても、ヴィゼの「仕事を降りる」発言は予想外のことだった。

 そこまで考えていなかった、というより、ヴィゼの企みが明らかになり、彼が他の者からも糾弾される未来ばかりを見ていたのだ。

 茫然としている内に彼女の望まぬ流れになったのは分かるのだが、どうしてこうなったのか。


 ほとんどの調査メンバーが、ヴィゼたちが残ることに胸を撫で下ろしている一方で、一部の者はアフィエーミに向け、余計なことを言ったと疎むような目を向けている。


 こんなこと――おかしい。

 このままでは、いけない。


「皆、騙されて――」

「ああ、そうですね」


 アフィエーミは焦って再度訴えかけようとし、リーセンが今度こそそれを止めようと動いたが、それを制するようにヴィゼはにこりと笑った。


「疑念は完全に晴らせたわけではありませんから、あなたが我々を見張ってください。僕が何かしたならその時にあなたが僕を止めればいい。何かあった場合の殿も、共に務めてください。そうすれば皆さんも安心するでしょう。リーセン殿、構いませんか?」

「ええ、そちらだけに危険を負担させるのは申し訳ないと思っておりましたので。アフィエーミ伍長、しっかり務めるように」

「は……はっ!」


 リーセンに命じられ、アフィエーミは敬礼した。


 ヴィゼが何か企んでいるに違いないという、彼女の考えは変わっていない。

 ここではヴィゼを追い詰めることができなかったが、絶対に尻尾を掴んでやる。自分から見張りをするように言い出すなど、絶対に後悔させてやる、と全く懲りずに思っていた。

 昨日ゴーレムに手ひどくやられたことはさすがに忘れておらず恐怖もあるが、後には引けないし、ヴィゼを野放しになどしておけない。

 アフィエーミは自分の正しさを信じ、覚悟を決めた。


 一方で顔を顰めたのはエイバだ。

 彼女がある程度戦力として使えることは分かるが、何かあった時肩を並べなければならないのかと考えると気が重かったのである。


 エイバのように顔に出さないまでも<黒水晶>の面々は少々憂鬱を患ったが、この騒動はこれで収まるところに収まった。


 ヴィゼは最後の仕上げにと、頭を下げておく。


「それでは……、皆さん、僕への賛辞会(・・・)に貴重なお時間を使ってしまい申し訳ありませんでした」

「なっ!? 貴様、なにを……!?」

「いえ、ヴィゼ殿の才は讃えるべきものですから。お気持ちはよく分かります。私もヴィゼ殿の素晴らしいエピソードを披露したいものですが……」


 ヴィゼは本気で謝罪しつつも冗談めかして言った。

 それにイグゼが真顔で返す。

 これもヴィゼの狙い(・・)を分かっての返答のはずなのだが、本気らしいので、ヴィゼは有り難く思いつつも苦笑した。


 察しが良い者はヴィゼの発言の意図を掴み、一部の者はアフィエーミへの嫌がらせかと理解し、一部は場の雰囲気を和ませるブラックジョークかと認識する。

 後者も間違いではないのだが、この場ではっきりさせる必要のないことだ。

 とにかく二人は必要な会話をした。

 それへ、コレールが戻って来ながら興味深げに目を光らせ、リーセンやストゥーデがわずかに肩の力を抜く。


「<黒水晶>のご活躍は、現場で皆さん既に見られているか、これから見ることになるでしょう。さて、その現場での話をどこまでしておりましたか」


 それぞれの反応に、気付いているのかいないのか。

 イグゼはそうして、打ち合わせを仕切り直したのだった。




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