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黒水晶の竜  作者: 隠居 彼方
第5部 修復士とはじまりの場所
134/185

25 修復士と弾劾の復讐者①



「これは、この男の陰謀だ!」


 翌日――。


 モンスベルク・フルス両国から、新たな指示は届いていない。

 遺跡調査三日目は、ヴィゼの提案通り、希望者のみで調査を続行することとなった。


 メンバーは、イグゼを含むモンスベルクの研究者三名、フルスも同じくストゥーデを筆頭に三名、<黒水晶>五名、<迅雷風烈>三名、フルスの戦闘員が五名。

 モンスベルクの研究者は全員が遺跡に入ることを希望したのだが、フルスの研究員人数と合わせる形でこの人数になった。


 重傷者は既に野営地から出発し、それ以外のメンバーが結界調査を進めるかもしくは休息を取る中、遺跡調査メンバーも打ち合わせをしていたのだが――。


 そこで、とうとう我慢ならないと言うように声を上げたのが、アフィエーミだった。

 彼女も今日の遺跡調査メンバーの一員なのだ。

 何故そういうことになったかと言えば、理由はいくつかある。


 まず、昨日と同じように、リーセンの監視下におきたいという思惑がある。

 地上にフルスの人間が多く残るため、万一その中に不心得者がいた場合、アフィエーミと共にヴィゼの不利となるよう動くかもしれない。

 彼女を結界に閉じ込めておくことも考えられたが、放免とした判断を簡単に覆すわけにはいかなかった。

 他に、重傷者らと共にフルスへ戻すことも選択肢にあったが、途中で逃亡されたり、仲間を呼んでヴィゼを討ちに来られても困る。


 実のところ、彼女のための迎えも呼んではいるのだが、そうした理由で、その到着がなければ彼女をリーセンの目の届かないところにはやれなかった。

 監視役を調査メンバーの中に潜り込ませてはいたものの、リーセンがここに来ることさえ急に決まったことで、確実に信頼できる人材が少なすぎるのだ。


 彼女が遺跡内で負傷すればそれはそれで好都合、という口には出せない非道な期待もあって、リーセンは彼女のメンバー入りを決めたのだが。


 ――早まったか……。


 クロウに殺されかけ、尋問では結構な威圧をかけたはずだが、二晩でなかったことになったのか。

 ヴィゼを指差して声を荒げる彼女にリーセンは頭痛を覚えながら、目で部下に彼女の拘束を命じようとする。


「お待ちください! 隊長たちも皆この男に騙されているんです! この男は犯罪者ですよ!」


 クロウが剣の柄に手をかける。

 そんな彼女の肩に手を置いて、ヴィゼはクロウを止めた。


 これは、ヴィゼたちにとって予期できたことだ。

 クロウは何とか我慢して、手の力を抜いた。

 ヴィゼは微笑をクロウに向け、それからさりげなく周囲を睥睨した。


 その間に、ゼエンがリーセンに目配せをする。

 リーセンは気付いて、部下たちの手を止めさせた。


「……陰謀とは何だ? 我々が騙されているとは?」


 リーセンが話を聞く体勢になったので、アフィエーミは勇む。


「この男は、フルスに復讐し、モンスベルクでの地位を上げるつもりでいるのです」


「はあ?」

 と、多くの者が胡乱な表情になった。


 リーセンも是非同じ表情を心のまま浮かべたかったがそうもできず、口元を引き締める。


「……何をどうやってだ」

「この遺跡は、この男が用意した罠なのです」


 多くの呆れたような視線を全く感じていないのか、アフィエーミは高らかに答えた。

 ヴィゼを見る目は、「どうだ」と言わんばかりだ。

 クロウはさらに心を抑制して剣を抜き放たぬようにしなければならなかった。


「彼女だけが結界内に入れるなど、まずそこがおかしいでしょう」


 クロウを指してきっぱりと言いながらも、アフィエーミは黒い少女と決して視線を合わせようとはしなかった。

 首を刎ねられそうになったことを、一応覚えてはいるらしい。


 そんなアフィエーミの言動を、ヴィゼはクロウへの非難でもあると受け止めて、クロウの肩に置いた手に力を込めた。

 ヴィゼが罵られるのは構わないが、クロウへのそれは許されることではない。


 最初は今日の遺跡調査メンバーだけがアフィエーミの戯言を聞かされていたが、今や全員が騒ぎの中心を見つめており、フルス研究員のうち何人かが同意するような仕草を見せたことも、彼の怒りを増長させるようだった。


「この男が自分の思い通りに事を進めるため、彼女だけが結界を通れるようにしたのです。それによりこの男はこの調査における主導権を握った。昨日、この男がいないこちらのチームの犠牲が大きかったのも、そう仕組んだからに違いありません。自分の身を安全圏に置いて、フルスの人間に危害を加えようとしたのです!」


 ヴィゼが代表者の一人として動いているのが、彼女の癇に障っていたようだ。ひどく忌々しそうな顔を向けられる。

 周りに語りかける口調だったのを、ヴィゼに向けたものに変えて、彼女は続けた。


「再び遺跡に入ることになったのも元々は貴様の発案だとか! 昨日の被害を顧みずに向かおうとするのは、自分に被害が及ばないことを知っているからではないのか? そして、我が国のメンバーを減らしてモンスベルクに有利なように事を運び、自分の株を上げる……、そういうつもりなのではないか!? だからいざという時は殿を務めるなどと言うのだろう! そうしておいて、我々の見えないところで何をするつもりだ!」


 何となく筋が通っているような主張に、ごく一部の者がヴィゼたちに疑わしそうな視線を向けた。


 だが、冷静にというか、普通に常識的に考えれば失笑を禁じ得ないような内容である。

 反論できまいとアフィエーミは胸を張っているが、さてどうしたものか。


 とりあえずヴィゼは、内心を全く面に出さず、まともに答えた。


「敵がいるなら、敵を倒すと思いますが」

「そりゃそうだな」


 エイバが頷く。

 どこかから、かすかだが失笑が漏れた。


「そうではない!」


 顔を赤くしてアフィエーミは喚く。


「その後、遺跡にある物を独り占めするつもりなのだろうと言っている!」

「そんなこと、できませんよ」

「白々しい……!」

「僕がするしないの話ではなく、できないんですよ。遺跡内にある物を外に持ち出すことができないのですから」


 たとえ敵をどうにかしても、遺跡を出れば遺跡内の物は手元から消えてしまうのだ。

 それはアフィエーミにとっても既知のはずである。


「も、持ち出せずとも、抜け駆けはできる! 先に有用な情報を見つけて隠しておけばいい」

「それで戻るのが遅くなれば、救援に来た誰かに見つかるかもしれませんし、それがなくとも不審を招きかねません。わざわざ危険な敵を引き受けてまで利のあることとは思えませんね。そもそも――あなたの言う通りこの遺跡を手中にしているなら、そんなことをする必要はないはずですが。ちなみに、あなたの考えでは、僕はこの遺跡のどの辺りまでを掌握しているんでしょう?」

「そ、それは、結界とか、罠とか、」


 きちんとした想定が頭の中にあるわけではないらしい。

 彼女は魔術士ではないので、余計に考えが及ばないのだろう。

 誰か(・・)に助けを求めるように視線が泳ぐのを、ヴィゼは冷静に観察した。


「それは、どうもありがとうございます」

「なんだその礼はっ!?」

「いえ、随分と過大評価していただいているようなので――」

「誰が貴様なんぞを評価するかっ!」


 分かりやすく反論に焦ったり、激高したり、アフィエーミは随分と忙しい。

 感情的になった彼女は早くもヴィゼのペースに乗せられてしまっている。

 気に食わない相手ながら可哀想にとエイバは思った。


「ははははははは!」


 この辺りで笑いが堪えきれなくなったらしいのは、コレールだ。

 アフィエーミはむっと顔を顰めている。


「いや、すまん、笑いが止まらん……」


 腹を抱えて笑うコレールを、仲間の一人が恥ずかしそうに窘めたが、どうも駄目らしい。


「あー、あっちで見てるぜ……くっ」


 <迅雷風烈>の仲間に引きずられるように、コレールは輪から外れていく。


「なぁ、アンタさ、ヴィゼを世界一の魔術士だって言ってる自覚あるか?」


 去りながら、ニヤニヤと言い置いていったコレールに、アフィエーミはようやく少し、自分の発言を振り返ったらしい。


「私は、そんなこと――」

「言っていましたね」

「言ってた」

「言うてたなぁ」


 コレールにつられたのか、ヴィゼの周りの人々も口々に言った。


「何をっ」

「ここにあるような結界を張れるということは、そういうことですな。現代の魔術士でこんな結界を張れる者は、いません」


 ストゥーデが重々しく断言する。

 自国の研究者代表に言われるとアフィエーミも噛みつけないようで、唇をきつく結んだ。


「もしヴィゼ殿が本当にそうならば、是非とも弟子入りさせていただきたいものですが」


 ストゥーデがあながち冗談でもない様子でそんなことを言うので、イグゼが瞳を輝かせ「私も、私も!」と手を挙げた。

 状況に全く似つかわしくない無邪気さである。


「残念ながら、この結界を再現するのは無理です」


 ――少なくとも、今は。

 と、ヴィゼはちらりと遺跡を横目に映す。


 弟子入りを断る言葉に、イグゼがあからさまに肩を落とした。


「評価していただいているのは有り難いのですが、そういうわけで、あなたの前提は成り立ちません。現代の魔術で、この遺跡の結界や罠、それ以外の魔術もですが、再現するのも手を加えるのも不可能です」


 もしかすると、白竜の息子であり魔術にも長けたアルクスならば、その知識を持っているかもしれないが。


「その上で、僕自身が本当にできないのか、と疑われるならば……、その証明はできません。ですが、あなたの前提がもし正しいとすると、僕はそもそもここに来る必要などなかったんですよ」

「どういう意味だ」

「そのままの意味です」


 ヴィゼは小さく溜め息を吐いた。

 この場にいるほとんどの者は、ヴィゼの言う意味にとっくに気付いている。

 察してほしいのだが、説明しなければいけないらしい。




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