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黒水晶の竜  作者: 隠居 彼方
第5部 修復士とはじまりの場所
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22 修復士と拒絶の遺跡③



 もう一つの調査チームが戻ってきたのは、ヴィゼたちのチームが戻ってからわずかの後のことである。

 しかし、その状況はヴィゼたち以上に悪かったようだ。

 血塗れの者が何人も、担がれたり仲間の肩に寄り掛かったりしながら、下から上がってくる。


 その光景に、ざわりと空気が揺れた。


「治療を頼む!」


 声が上がる前に、顔色を変えたレヴァーレが駆け出している。

 調査メンバーの中でも、治療術師としての彼女の実力と経験は別格だ。

 次々と運ばれてくる負傷者に対処していく。


 ヴィゼは彼女の指示で、治療魔術で治療すべきだが、そこまでの重傷ではない、と判断された負傷者の治療に当たることとなった。

 他の者も、レヴァーレや治療術師たちの指示で慌ただしく動く。


 そうして気付けば、日はとっぷりと暮れていた。

 いつの間にか、誰か手の空いた者が食事の用意を進めていたようで、シチューの良い匂いが血臭に代わり辺りを漂っている。


 その空気の中、治療を終え、疲労のため少しぼんやりとしていたヴィゼだが、今度は代表者の集まりに呼び出された。

 軽傷者の治療の手伝いに駆り出されていたクロウも合流して、昨日も使用したリーセンのテントに入る。


 イグゼとコレール、ストゥーデとリーセンは既にテーブルを囲んで着席していて、ヴィゼは残りのイスに腰を落ち着けた。

 今は護衛の立場としてこの場にいるからと、クロウはそんなヴィゼの後ろに控える。


「では早速ですが、まず被害の報告をさせていただきます」


 口火を切ったのはリーセンだった。

 精彩を欠いた顔で――それはこの場に集まる代表者は皆そうだったが――、淡々と彼は告げる。


「本日の調査で重傷者は計五名、うち三名はフルス兵士、二名は<迅雷風烈>の方々です。それ以外の負傷者は治療を終えておりますが、重傷者は今も治療術師により治療中です。研究員に被害はありませんでしたが、こちらのチームの戦闘員は全員が大なり小なり敵に傷を負わされました」


 遺跡調査においても、死者が出ることはある。

 強力な魔物に遭遇することもあれば、仕掛けられた罠にかかることもあるし、長い年月を経て発生した毒にあたってしまうようなこともあるからだ。

 今回は死者こそ出ていないが、それでもリーセンの報告はリーダーたちの顔に暗い影を落とした。


「漏れ聞きはしましたが、そちらでは一体何が?」

「順を追ってお話ししましょう」


 ストゥーデが溜め息交じりに口を開いて、手元の紙を広げる。

 それは、遺跡の見取り図だった。

 まだ探索途中なので書き込みは多くないが、光の位置までしっかりと記されている。


「ざっとしたものですが、イグゼ殿と作ったものです。我々はこちらの入口から進んでいったのですが、」


 と、ストゥーデは指差す。


「入ってすぐにあったのは、御覧の通り非常に大きい部屋でした。大規模な魔術の実験場として使っていたのではないかと考えます」


 一階の天井をぶち抜いたような空間は、遺跡の約三分の一を占めている。

 何か部屋に特別な魔術がかけられているのではないか、と研究者たちは考えたようだが、魔術式は見つからず、物らしい物もなかったため、そのまま奥の部屋に進んだそうだ。


「隣の部屋は、もう少し小規模な魔術の実験室のようでした。図の通り、部屋が小さなスペースに区切られており、スペースを分ける壁は薄いのですが、魔術が干渉しないようになっているようでしたな。似たようなものは現代にもありますが、素晴らしいものでした……」


 ぎょろりとしたストゥーデの目に、何やら怪しげな光が灯った。

 研究に夢中になっている時のイグゼと同じものだが、それもすぐに消える。


「ここには手書きの資料が山のようにありました。……といっても、読めない箇所も多かったのですが――それはそちらも同じだったと聞いております」


 イグゼとヴィゼは苦い顔で首肯した。


「それでも我々は夢中になってその部屋を探索しました。時間も忘れておりましたが、そろそろ一旦上に戻った方が良いだろうと、持てるだけの資料を持ってこちらの大部屋に戻った途端に、襲撃されました」

「ゴーレムでした。白い――古白石でできていたのでしょうかね。ひどく硬く、手にした剣は鋭く、魔術による風や氷の刃もほとんど効かず……」


 ストゥーデに代わって、リーセンが険しい表情で告げる。

 続けて、コレールが自嘲気味に口を開いた。


「あっと言う間に乱戦になった。地面からわらわら湧いて出やがってな。何とか研究者らを囲むようにしながら必死で出入口を目指したよ。だが途中で障壁が保たなくなっちまって、いくつか罠にもかかってこのザマだ。正直、死者が出てないのは奇跡だな」


 ヴィゼは息を呑んだ。

 自分たちは相当に運が良かったのだ、と思う。

 出口までの距離が短かったし、何よりもクロウがいてくれたからこそ、大きな犠牲を出さずに済んだのだ、と。


「しかも、持ち出した資料は外に出てみると全て消えてしまっていました。これも、同様のことが起こったそうですな」

「ええ……、悔しい限りです」


 無念、とイグゼは歯を食いしばる。


「そちらにもゴーレムが出たと聞きましたが……」


 部下から報告を受けているだろうが、リーセンは詳細をイグゼとヴィゼに求めた。

 同チームだった他の二人とも、情報の齟齬がないようにしたいのだろう。

 それを受け、イグゼとヴィゼも簡潔に遺跡の部屋と敵襲について話す。


「共通項からすると……ゴーレムは遺跡内の物を持ち出そうとしたために現れたのでしょうか。それとも、一度入ったものを帰さないということだったのか……」

「後者ならば、入った時点で襲われていなければおかしいのでは? お考えの通り、資料を持ち出そうとしたことがきっかけになったのではないかと。物を部屋から移動させると罠が発動するようになっているのではないでしょうか」

「ということは……、物さえ部屋から出さなければ安全なのでしょうか。もしそうならば――遺跡調査はこのまま続行、ということになりそうですね」


 リーセンは遺跡調査の続行に乗り気ではないようだ。

 今日の成果と犠牲を考えれば、仕方のないことである。


「この被害状況で上がどう判断するかは分かりかねますな……。続行となるか、中止となるか、または現場の判断に任せる、と来るか……」

「私としては、もう一度挑戦したいです。戦闘員の方には無理を言うようですが」


 ストゥーデは難しい顔で、イグゼは申し訳さなそうな、けれど譲りたくない気持ちを込めて言う。


「俺らはイグゼさんに従うぜ。それが仕事だからな。ただ、今回負傷した二人は街にやって休ませるつもりだ。補充人員が必要なら呼ぶが、どうする?」


 イグゼは決めあぐねる様子で、他のリーダーたちの顔を見渡した。

 この場では身分的にイグゼが最も強い立場にいるのだが、フルスとの共同調査であることもあって、リーダーシップを完全に発揮できずにいるようだ。

 これがモンスベルクの遺跡調査であれば、彼は<迅雷風烈>や<黒水晶>を信じて調査続行を決定し、確たる指示を出すだろう。

 しかし、本当に調査が続けられるかどうかも怪しく、フルス側にも配慮しなければならないため、いつものようには振る舞えないようだった。


 ヴィゼは少しばかり躊躇したが、そんなイグゼの代わりに口を開く。


「既に報告は送っているのですか?」

「負傷者に関して簡易の報告を先に送っています。詳細はこの会議の後に」


 答えたのはリーセンだ。


 一方イグゼは、まだモンスベルクへの報告はしていない、と言う。

 イグゼの場合は、そんな場合ではなかったということもあろうが、私兵に負傷者が出たのみで国からの人員に被害が出ていないため、報告を急がなかったようだ。


「それではひとまず報告を行い、調査続行に関してはどちらも本国の返答待ち、ということで良いのではありませんか? 双方の意見が食い違うかもしれませんし、意見のすり合わせを行うならば時間がかかるでしょうが」


 上からの指示は待つしかないのである。

 ヴィゼは当然のことを言っただけなので、他の四人はすぐに頷いた。


「それで、これは提案なのですが――。明日の朝、明確な指示が届かなければ、もう一度遺跡に入ってみませんか。希望する者だけで」

「希望者のみ、ですか」

「イグゼさんと<迅雷風烈>、<黒水晶>は確定ですかね。残りの研究者が今日の経験を踏まえてどれほど遺跡調査を希望するのか分かりませんが……どうでしょうか。もしフルスの研究員の方たちが全員行かない場合は、モンスベルクメンバーのみになってしまうのですが――」

「私は行きます」


 ストゥーデは食い気味に言った。

 

「……となると、私も同行することになりますね」


 リーセンは苦笑を浮かべているが、ストゥーデを止めようとはしなかった。

 部下の犠牲を悪戯に増やしたくないというのが彼の本音であるが、自身が遺跡に赴くこと自体にそこまでの忌避感があるわけではない。

 遺跡の罠のことを考えると近付きたくないのは確かだが、ヴィゼとゼエンが遺跡に挑むのならばそれについて行くことがリーセンの任務であり、望むところでもある。

 今日は別のチームで行動することになったが、実のところそれも彼の本意ではなかった。


「では……、新たな指示がなければ明日も遺跡調査を続ける、ということで、よろしいでしょうか」


 念のため、ヴィゼは代表者の顔を見渡した。

 異論はなさそうだ。


「調査メンバーについては明日にならなければ確定できませんが、戦闘員の補充は必要ないと思います。今日のことがあった後では、躊躇う研究者が多いでしょう。護衛対象が減るなら、その分戦闘員も減らせます」


 ヴィゼが述べれば、全員から再度頷きが返ってきた。

 ストゥーデには怯まずにはいられない研究者たちの思いが分かったし、ヴィゼの言葉は先ほどのコレールの問いへの返答になっていたからだ。


 そこへ、リーセンが報告を付け足すように言う。


「うちの兵は命令をすれば動かせます。ですが、今日こちらのチームだった者は休ませてやりたいですね。それから、重傷者は一旦隣の領主に預けます。迎えを呼びますが、途中までは付き添いをつけるつもりです」


 リーセンの対応は妥当なものであろう。


「できればひとつ、お願いがあるのですが」

「なんでしょう」

「魔術士か魔術が少しでも使える者を残していただけないでしょうか」


 図々しいか、と思いつつもヴィゼは要望を出した。

 今回の遺跡調査を進めるには魔力保有量が多い方がいいし、障壁を作り出すことができるならば罠に触れずに済むので、戦力としては魔術士が欲しい。

 ヴィゼの意図をリーセンも理解して、一つ頷いた。


「分かりました。そのようにいたしましょう。治療術師もあちらにつけるのは一人に留めておきます」

「ご配慮ありがとうございます」

「うちも今回怪我したのは前衛だ。魔術士を残す。戦力はこれ以上必要ないかもしれんが、念のため治療術師と魔術士を一人ずつ呼んでおこう」

「心強いです。よろしくお願いします」


 差し出がましかったかとヴィゼは少しばかり冷や汗をかいたが、イグゼもうんうんと頷いてくれたので良しとすることにした。


「それでは――話しておくべきことはこのくらいでしょうか。明日に備えて、今日は解散としましょう」


 イグゼがそう話を締めくくり、代表者会議は終了となった。




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