21 修復士と拒絶の遺跡②
「と……、次に行きたいところですが、一旦地上に引き上げましょうか。結構な時間が経ったはずです」
部屋の中は隅から隅まで調べ終えている。
気持ちを切り替えるためにも、とイグゼはそう決めた。
調査自体はあまり進んだとは言えないが、これまで休憩らしい休憩もとっていない。
危うい仕掛けはないようなので、交替で休憩を取ってから来た道を戻ることとなった。
「地図は回収していきましょうか。書物も全て持っていきたいところですが、ひとまず数冊を持ち帰りましょう」
地上に運び出すものをいくつか見繕い、ヴィゼたちは来た道を戻り始める。
だが、部屋を出てほんのわずかの後。
「何か出てきたぞ!」
殿の戦闘員たちが声を上げた。
全員が、はっと振り返り――そこに、予期せぬものを目撃する。
「こいつら、まさか、ゴーレムか……!?」
「まずいぞ、通路に湧き出ていやがる!」
白い廊下から、まるで植物の芽が出るように、白い人形が生えてきていた。
古白石で作られたらしい石人形――ゴーレムは、ぎこちない様子で動き出したかと思うと、その腕を伸ばし攻撃を仕掛けてくる。
「退避しろ、急げ!」
「こいつら、固いぞ!」
三人がかりで何とか攻撃を防ぐが、攻防の最中に剣が折れてしまうような有様だ。
盾は何とか保っているが、それもいつまでか。
とにかく一刻も早く外へ逃げなければと、ヴィゼは通路全体に障壁を張った。罠を気にせず出口まで行くためだ。
「レヴァ、先頭に! 全員を防御して走って! 御大とエイバはイグゼさんたちについて、他の皆さんもそれに続いて下さい!」
告げながら、ヴィゼはさらに、後方でゴーレムを食い止めている戦闘員のために障壁を張った。
「足止めしている内に、皆さんも早く!」
「すまん、助かる!」
ゴーレムに対応していたフルス兵士たちの武器は使い物にならなくなっている。
ヴィゼは障壁を重ねながら後退しようとしたが、兵士たちと入れ替わるように動いたクロウがゴーレムに剣を向ける方が早い。
「クロウ!?」
「わたしなら大丈夫だ。人形相手は慣れているから。時間を稼いでから追う。先に行ってくれ」
「でも……!」
ゴーレムは次から次に湧いている。
さすがのクロウでもこの得体の知れない相手には、とヴィゼの足は動かなかったが、そのヴィゼの前で、いとも容易くクロウは人形たちの手足を斬り落としてしまった。
手足を失くし、次々にゴーレムは倒れていく。
その手並みの鮮やかさに、ヴィゼは言葉を失った。
普段からクロウの強さは見て知っていたつもりだが、なんと圧倒的だろう――。
その動きには無駄というものが一切なく、美しい。
ヴィゼは流線を描く黒髪の軌跡を瞬きもせず追っていたが、やがてぴたりとその黒は動きを止めた。
石人形の増殖が止まり、通路に白い塊が落ちるだけになったからだ。
クロウは剣を鞘に収めると、困ったように振り返りヴィゼを見上げた。
「あるじ、先に行けと言ったのに」
「……ごめん、見惚れてて」
ヴィゼの言葉が聞こえてから理解にいたるまで、時間がかかったようだ。
しばしの間をおいて、クロウは頬を紅潮させた。
「……!」
「それに、クロウが強いのは分かっているけど、全然心配しないなんてこと、できないよ。……何事もなくて、良かった」
クロウが言葉を失っている内に、ヴィゼは杖を持っていない方の手で彼女の手を取った。
「皆と合流しよう」
「うん……」
示し合わせたわけではなく、二人は後ろを振り返った。
石人形の残骸は、静かに、廊下に溶けるように消えゆこうとしている。
それを一瞥して、障壁が保っている内にと、二人は早足で出口を目指したのだった。
ヴィゼたちが遺跡を出ると、結界の外、他のメンバーたちは疲れ切った様子で狭い土の通路に座り込んでいた。
ゴーレムと応戦していた兵士たちを、レヴァーレが治療している。
ヴィゼたちの帰還を認め、モンスベルクメンバーを中心にほっとした顔になった。
「ヴィゼ、クロ、無事だな」
「大丈夫だよ。ゴーレムが消えるところまで確認してきた。……彼らは?」
「腕をやられてるが、大したことはなさそうだ。他のメンバーも無事、なのは良かったんだが――」
駆け寄ってきたエイバとゼエンが、ある方を見やる。
そこでは、イグゼが悲壮な顔で両手を地面につけていた。
「何があったの?」
「回収してきた地図と本が消えてしまったようなのですな」
「え!?」
それにはヴィゼも愕然とした。
合間を縫って、イグゼの元へ向かう。
「イグゼさん――」
「ヴィゼ殿……」
イグゼは涙こそ流していないが、今にも泣きそうな顔だった。
「どうやら……、遺跡の中の物は持ち出せないようです……。地図を抱えて走っていたはずなのに、遺跡を出たら跡形もなく消えていました……。先ほどの部屋に戻って確かめなければ分かりませんが、おそらく消滅したのではなく元の場所に戻ったのではないかと……」
本当に、この遺跡はどこまでも意地が悪い。
ヴィゼも頭を抱えたくなりながら、それでもイグゼの肩を叩いて慰める。
「……もう一度入った時に確かめましょう。必要なものは書き写すしかありませんが、逆に言えばそれはできるんです。やりましょう」
「そう……、そうですね」
ヴィゼの言葉に、イグゼは素直に頷いた。
「やるしかありませんね。すみません、弱気になってしまいました」
いつものように瞳を輝かせ始めたイグゼは、そう言って立ち上がると、上に戻って体を休めるように指示を出す。
順番に地上まで上り、冷たい風に吹かれて、ちゃんと戻ってくることができたのだと、一同はほっと胸を撫で下ろしたのだった。