20 修復士と拒絶の遺跡①
遺跡調査の続行が決まった。
ただやはり、あの人数のままでは動きに支障が出る。
かといって、人数を削減しては戦力不足の懸念がある。
そのため、ひとまず二手に分かれて探索を進めていくこととなった。
「あの罠をもう少し調べておきたいけど……」
「腹に穴を開けかけといて、よく言うなお前は」
「いや、だから提案はしなかっただろう? でも、情報は揃えておきたいんだよね……。危険を避けるためにもさ」
「そのために危険に飛び込むか。まあ、その情報が重要だっつうのは分かるけどな」
あまりにも未知数な遺跡を、ヴィゼたちは見上げた。
既に二手に分かれ、ヴィゼたちは壁面の青白い光を目の前にしている。
この青白い光は壁面を見る限り合わせて五つあって、ヴィゼたちがいる場所とは対称の場所から、もう一方のチームも探索を開始しているはずだった。
<黒水晶>が振り分けられたチームの代表者はイグゼである。
他に、モンスベルクの研究者がその補佐として一名、フルスの研究者が四名、フルスの戦闘員が十名、という編成だ。
もう一方のチームリーダーがストゥーデで、残り半数の研究者たちを率いている。
<迅雷風烈>メンバーとリーセンを指揮官とするフルス兵士十名が戦闘員として彼らについていた。
アフィエーミもリーセンの監視下に置かれているためあちらのチームで、あの眼差しから逃れられることをヴィゼは有り難く思う。
「今回ばかりは、慎重に行きましょう」
真面目な顔で告げるイグゼに、こんな時ではあるが生温い視線が集まった。
その彼の目配せで、壁の青白い光に触れるのは、もう一人のモンスベルクの研究員だ。
入口が開かれたことを確認してチームメンバーで頷きあい、クロウとヴィゼがまず遺跡内に一歩を踏み出す。
「明るい……」
先刻も確認したが、通路の左上に一定間隔で埋め込まれている石が照明装置となっていて、通路を明るく照らしていた。
有り難くその光源に頼ることにして、ヴィゼは後ろのメンバーを手招く。
黄色の光が見えてくるのは少し先だ。
それを確認して、レヴァーレがヴィゼたちに続き、エイバ、イグゼ、ゼエン、フルスの研究者、戦闘員、と遺跡の中へ侵入を果たす。
「一度、閉めてみてください」
イグゼの指示により、一人外で出入口を開放していた研究員が、強張った表情で壁から手を放す。
もしかすると内側から出入口を開くことができないかもしれない。
出入口を閉じた瞬間に罠が発動する、という可能性も考えられなくはないため、表情が硬いのは彼だけではなかった。
「……何も起こりませんね」
「いちいち心臓に悪いなここは……」
出入口が閉じていくのを恐ろしげに見守っていた面々だが、幸い、悪い予想は外れたようだ。
再度イグゼの指示に従い、今度はフルスの研究者が出入口近くにあった青白い光に触れてみると、問題なく出入口は開いた。
ほっと全員で胸を撫で下ろしたところで、外に残されていた一名も合流し、ようやく遺跡内を進んでいくこととなる。
「空気もちゃんとあるようですね……」
「地下で眠っていた施設にしては外と変わりがなさすぎますね。これも魔術によるものでしょうか」
「そもそも当時はどのようになっていたんでしょうね。窓もありませんし……」
そんな会話をしているとすぐに、最初の黄色の光が目の前だ。
「最初の罠の光は右手の壁です」
ヴィゼはクロウとレヴァーレにも確認して、声を上げた。
一番光が見えているであろう先頭の三人に、光を確認し後方メンバーに指示を出す役目が割り振られているのだ。
少し先には足元にも光が見えている。そこからは障壁を張り、その上を進む予定だった。
魔力の節約のため、障壁は床のみで壁側はそのままである。誤って壁に触れることがないよう、誰もが用心して進んだ。
全員が一列に並んで少し行った程度の距離で、そのまま真っ直ぐ進む道と、右手に折れる道に分かれている。
「どうします? 真っ直ぐ行くとすぐに突き当たるようですし、右折しますか?」
「念のため突き当たりを確認しましょう。ヴィゼ殿、クロウ殿のみついてきてください。他の皆さんはここで待機を。すぐに戻ります」
指名を受けて、ヴィゼとクロウはイグゼと共に通路をそのまま進んだ。
イグゼの魔力保有量もなかなかのもので、ヴィゼたちと同じように光が見えているようだ。
そのため障壁を張ることを惜しんだが、あまり躊躇なく進み、突き当たりまで辿り着く。
その突き当たりにも青白い光があり、触れてみると入ってきた側と同じようにドアが開いて、外の景色が見えた。
「反対側に出られるわけですね」
確認して、ドアを閉じる。
イグゼは手元の用紙に出入口と光の位置を書き込んだ。
この一本の通路だけで、罠の数が三十はある。
さすがのイグゼも、それには苦笑した。
「では、奥へ行きましょう」
さらに遺跡内部へと続く通路を覗いてみると、長く廊下が続いている。
その壁には、距離はあるもののほぼ等間隔で青白い光があり、研究者たちは期待に目を輝かせた。
そこに部屋があると推測することは、そう難しくはなかったからだ。
一行は警戒を続けながら前進し、その通路で一つ目の青白い光を目の前にする。
光に触れれば遺跡出入口と同じように、壁が右側に動き――。
彼らの目の前に現れたのは、その期待に応えてくれるものだった。
最初に目を引くのは、奥の壁にかかった大きな地図。
この大陸を描いたものであるが、その形は菱形である。
大異変後から現在のものであれば、大陸の北の大地が欠けたような五角形をしているはずだ。
「まさか五千年前の地図……!?」
思わず警戒を忘れて足を踏み出したヴィゼだが、腕を引かれて踏みとどまった。
「あるじ……」
「……ごめん、つい」
振り返れば、クロウに窘めるように呼ばれる。
後ろのレヴァーレも呆れたような眼差しだ。
イグゼのことを言えない、と誤魔化すように後頭部に手をやり、ヴィゼはその部屋をよく見渡した。
クロウとレヴァーレも同様に目を凝らす。
「光はない、な」
通路と同じように、天井に照明装置があるが、壁や通路に見られた罠を示す光は見当たらない。
「……個人の部屋、みたいな感じやね」
そうレヴァーレが言うのは、入口から見て右側にベッドがあるからだろう。
左には、奥から書棚が二つ、壁向きに机が一台、イスが一脚。
いずれも古白石でできているようで、とにかく白い。
「ひとまず、入ってみましょうか」
イグゼの指示を受けて、ヴィゼたちはゆっくりとその部屋の中に進んだ。
ヴィゼたちで危険のないことを確認し、イグゼに向かって頷いて見せる。
全員が入るほどの広さはない、と判断したイグゼは、研究者を優先に、彼らに一人ずつ護衛をつけるような形で残りのメンバーを中に入れた。
エイバ、ゼエンとフルスの戦闘員六名は、そのまま通路で待機する。
「本物だ……」
部屋の奥にかかる地図に、ヴィゼは恐る恐る触れる。
部屋の中の物に触れて罠が発動する、ということを警戒していたが、どうやらそういうこともないようだった。
「これは、大発見ですよ」
ヴィゼの隣に立ったイグゼも、茫然と地図を見つめる。
五千年も経っているようには全く見えない美しい地図だが、それが描かれた紙が五千年前に使われていたものであることは、ヴィゼたちの目には明らかだった。
地名も細かに書かれているが、ここまでのものはこれまでに発見されていない。
しかし、北の大地は人があまり立ち入らない地だったのだろうか、文字が圧倒的に少なかった。
そんな二人の後ろでは、他の研究者たちが書棚に置かれた書物を開いている。
それにも全く劣化の様子がなく、埃も被っていない。
ベッドに置かれた毛布にしても、ほとんど新品のようだ。
劣化を防ぐような魔術が、この遺跡の中では生きているようだった。
「……? なんだ、これは――」
「虫食いがあるわけでもないのに……」
「暗号か何かか?」
怪訝そうな顔をしている後ろから、地図から離れたヴィゼとイグゼも彼らの手元を覗き込む。
開かれたページは、確かに妙な具合だった。
魔術の研究書だろうか、古文字が書かれているが、その文字はぽつりぽつりと散るように在るだけで、そこ以外は白紙なのである。
「それに、知っている文字ばかりだな」
「確かに」
そこに、そろそろと割り込む声がある。
「……もしや、また人によって見えているものが違うのではないでしょうか? 私には、ただの白いページが続いているようにしか見えないのですが――」
「何っ!?」
躊躇いがちに告げたのは、フルスの戦闘員である。
研究員らの視線を集めて居心地が悪そうにするが、だからと言って見えないものを見えるなどと前言を翻したりはしなかった。
それから本棚中の本を漁り、イグゼを中心に部屋の真ん中で検証してみたところ、困った事実が判明する。
おそらく、元々の本にはぎっしりと文字が書かれている。
だが、読むことができるのはその古文字を知っている場合だけである、という事実だ。
「これは――参りましたね……」
珍しくイグゼがへこんでいる。
その横で、ヴィゼも気落ち気味だった。
何とかページの内容を推測することのできる箇所もあるが、ほとんど新しい知識が得られないのだ。
この部屋の書物を元々の姿のまま見ることができれば、それだけで人類は失った数多くの古文字を取り戻すことができるだろう。
それなのに――。
「いけずな遺跡やね」
「う、うん……」
レヴァーレの漏らした感想に、クロウはそっと目を逸らす。
こんな無駄に凝った嫌がらせを仕掛けた犯人に、彼女は心当たりがあったのだ。
「……仕方ありません。他の部屋に望みを託しましょう」
「そう、ですね」
期待したいが期待できない――と、調査メンバーの顔が暗くなるのは仕方のないことだった。
この遺跡は、人を拒んでいる。
その印象を、それぞれが改めて抱かずにはいられなかった。