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黒水晶の竜  作者: 隠居 彼方
第5部 修復士とはじまりの場所
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19 修復士と遺跡の罠②



 そして、束の間の内に、幾つものことが起こった。


 その白い凶器は結界や障壁さえ貫き、「嘘やろ、ヴィゼやん!」とレヴァーレが悲鳴を上げる。


 息を呑み、破壊された結界の消滅と同時にヴィゼが飛びのく。


「ヴィゼ!」


 さらに別の力で胸を押され、後ろに転がったヴィゼをエイバが抱き留める。


 クロウが黒い剣を振り抜き、音を立て、円錐状に生えたものが土の通路に落ちる――。


「結界はそのまま、警戒を解かないでください!」


 すかさずヴィゼは叫んだが、警戒を持って睨みつけた白い壁から、それ以上の攻撃が来ることはなかった。

 場合によっては罠が発動したことによりさらに別の罠が発動することもあるのだが、今回はどうやらこれだけだったようだ。


 しばらく緊迫した静寂が続いたが、十分な間を取って、イグゼとストゥーデは結界を解くよう指示を出す。

 それにより空気が緩むが、例外なく全員が蒼褪めていた。


「あるじ、大丈夫か」

「クロウ……、うん、大丈夫。ありがとう、おかげで助かったよ」


 クロウがヴィゼを突き飛ばし、白い凶器を止めてくれなければ、ヴィゼの胴体には今頃大きな穴ができていたことだろう。彼のローブには防御の魔術も組み込まれているが、あの罠を相手に、おそらく大した効果は発揮できなかったはずだ。

 白い顔をいつも以上に蒼白にさせているクロウの肩を、ヴィゼは優しく叩いた。


「それにしても、本当にびっくりしたね」

「お前、平然と言うなよ……。こっちは心臓が止まるかと思ったぜ」

「全くですな……」


 腹に穴が開きかけたヴィゼ本人より、周囲の動揺の方がひどいようだった。

 これまでの遺跡調査でも見なかったもの、ということもあるが、クロウがいなければ確実にヴィゼは死んでいた。

 それが明確に分かるために、<黒水晶>メンバーたちの心臓は未だ不安定に鼓動を打つ。


「ヴィゼやん、ごめんな、うちの力不足や……」

「いや、そうじゃないよ。想定以上にこの遺跡がすごすぎるんだ。結界から分かっていたことではあるけど……。ほら、見て」


 ヴィゼの声は落ち着いているようで、わずかに掠れていた。

 彼の指差す先で、通路に落ちた白い刃が、壁の中に戻っていくのだ。

 這うようにして壁に触れたそれは、壁に呑み込まれるように消えていく。

 クロウが斬り落としたため壁に残った棒状の部分も同じように戻り、まるで何事もなかったかのようであった。


「なんと、素晴らしい……」


 イグゼが呟く。


 他方では、ある者は不気味そうに、ある者は畏怖を込めて、改めて目の前の白い遺跡を見上げたのだった。






「ヴィゼ殿、行けますか?」

「ええ、大丈夫です」


 気を取り直して、ヴィゼたちは再度壁に向き合った。


 先ほどの結果だけ見れば、黄色い光はどうやら罠のようだ。

 それでは青白い光は何なのか。


 さらなる警戒の中、ヴィゼは先刻触れた黄色い光の隣、少し離れた場所にある青白い光に手を伸ばす。


 魔術士として常人より死を身近に感じることが多いとはいえ、胴体に大穴を作ることになりかけた人間とは思えないほど、ヴィゼの動きに躊躇はなかった。


 むしろ、一部の周囲の方が怯えている。

 それも仕方のないことだ。

 壁の光に触れた者だけに被害が及ぶとは限らない。

 ヴィゼを襲った攻撃が、いつ自分に向くともしれないのだ。


 そんな戦々恐々とした瞳や、それ以外にも心配に満ちたもの、落ち着いて何が起こるのか見極めようとするもの、待ちきれない期待を注ぐもの、そうした視線の先で、ヴィゼの指が光に触れる。


「!」


 そして、いくつもの息を呑む音が重なった。


「入口?」

「入口……、ですよね」


 その言葉通り、青白い光の左側の壁が、その光側に動いて消えるような形で、遺跡内部への入口が出現していた。

 その高さはヴィゼより頭四つ分ほど高く、幅も二人並んで余裕を持って通れる広さだ。

 中には白い通路が続き、その壁の左側の高い場所には、魔術的な照明装置まである。

 魔力消費の点から常についているわけではないだろう。

 おそらくだが、ヴィゼが入口を開いたので連動して明かりがついたようであった。


 ヴィゼがそっと壁から手を離すと、数秒後、収納されていた壁が右から左に戻り、壁と再度同化する。

 現代では再現の非常に困難なそれに、ヴィゼは溜め息を吐いた。


「これはすごい、ですね……」

「行きましょう、今すぐ入りましょう、突入です」


 イグゼが目を爛々と光らせて拳を忙しく振る。


「そうしたいところですが……、よく見てください」


 警戒は緩めないまま、ヴィゼはもう一度青白い光に触れた。

 先ほどと同じように、入口が開かれる。

 イグゼだけでなく他のメンバーにも中がよく見えるよう、ヴィゼは体をずらした。

 遺跡の中を、複数の瞳が見つめる。


「これは……、」


 入口でイグゼと肩を並べ、白く続く廊下を確認したストゥーデが顔を顰める。


 目の前の白い建物の内部では、外壁にあるような黄の光が、数多その輝きを主張していたのだ。








「この遺跡がこれまでにない大発見なのは間違いないのですが……、どうしたものでしょうかな」


 土の通路へ降りてからそこまでの時間は経っていないが、調査メンバーたちは一旦上に戻り、改めて今後の調査について話し合うこととなった。


 結界の中に入れるようになったと意気揚々だったのは一時のことで、再び調査員たちには難しい顔が戻ってきている。


「あの黄色い光に触れれば仕掛けが発動するとして……、触れないために障壁を使うことはできますが、魔力が尽きてしまったらおしまいです」

「光が見えない者も、見えづらい者もいますし……。あの通路の幅では、いずれにせよ人数を絞る必要はあるでしょうが」

「かといって戦力を減らすのも心配だ。中で何が起こるか分からん」

「ええ、本当に。全く誰にも見えないような光がある可能性だってあります」

「確かめた罠は一つですしね。他の光に触れた時、何を引き起こすか……」

「他の壁の光を調べてみたいところではありますね。壁から生えてくるのがあれだけならば、避けることはできるでしょう」

「しかし、罠と分かっていてこれ以上やってみるのはあまりにリスクが高いのでは?」


 あの遺跡には、高度な魔術がいくつも使われている。

 秘められたそれを探りたい思いは、研究者たちの中で一致していた。

 しかしその危険度は、それに比例するように高い。

 ヴィゼの腹に穴が開きかけた一幕だけ見ても、それは明白だった。

 その実力に定評のあるレヴァーレの結界と障壁さえ破られて、クロウがいなければ、あの大地は今頃ヴィゼの血をたっぷり吸っていたことだろう。


 普通の遺跡であれば、大抵は人が作り使用していたもので、防犯的な仕掛けはあっても、ここまで致死性のあるものでない場合が多い。

 どちらかといえば遺跡で危険なのは、綻びが生じてしまい、それが放置されて魔物の巣になっているケースである。ケルセンの廃城のような場合だ。


 今回の遺跡に綻びができている可能性もなくはないが、あの結界の中にそうしたものができる可能性は低かった。

 たとえ綻びができてしまっていたとしても、魔物も罠にかかって命を落としてしまうだろう。


「困りましたね」


 死人の出る可能性が懸念され、さすがのイグゼも顰め面であった。


「引き上げることを考えるべきなのでしょうが……」

「しかし、これだけの成果では上は納得しないでしょうな」


 イグゼやストゥーデの苦悩は、ヴィゼにもよく分かった。

 ヴィゼとしても、遺跡の中を思う存分調べ上げたい。

 <黒水晶>だけでもあの中に、とそんなことを思うが、あの罠をまともにどうにかできるのはクロウだけではないだろうか。

 魔物討伐とは違い、あの遺跡に絶対に向かわなければならない理由はなく、遺跡に近付かなければ危険はないのだ。

 それならば、あえて仲間を危険に晒すことは、リーダーとして避けるべきだった。


 そう考えながら、ヴィゼはイグゼたちの結論を待った。

 ヴィゼ個人としては無理を通しても遺跡に入りたいし、<黒水晶>リーダーとしては撤退を進言したい。

 とはいえ、結局のところヴィゼたちはイグゼの護衛としてこの場にいることを許されている身だ。

 遺跡や魔術のことで意見を求められれば答えるし、護衛として言うべきことは言うが、この場での余計な口出しは控え、成り行きを見守る。


 そして、侃々諤々の話し合いの後。


「……それでは、調査を再開することとします。ただし、矛盾するようですが、くれぐれも人命第一で、慎重に進めましょう」


 そういうことになった。




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