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黒水晶の竜  作者: 隠居 彼方
第5部 修復士とはじまりの場所
127/185

18 修復士と遺跡の罠①



 遺跡調査、二日目の朝である。


「鞄が軽なって何や寂しい……」


 身支度を整え、テントを出る直前、レヴァーレが幾分悄然気味に呟いた。

 昨日までレヴァーレの鞄にくっついていたセーラがナーエに帰還してしまった故の嘆きである。

 ラーフリールの不在をセーラが慰めてくれていたところもあって、余計に寂しさを感じたようだ。


 この半月、夜にナーエに戻ることはあったものの、ずっとエーデに留まり続けていたセーラに、しばらくの休みをヴィゼが伝えたのは昨晩のこと。

 これからの遺跡調査ではどんな危険があるか分からないことや、他の多くの調査員たちの前でセーラがぬいぐるみの振りをし続けることへの困難、等々理由はいくつかあった。


 セーラも<黒水晶>のためにもっと貢献したかったとしょんぼりしていたが、ヴィゼが頼んだことがあって、『頑張りますね』と帰っていった。


 ヴィゼが彼女に頼んだことというのは、ナーエでの古白石探索である。

 というのも、彼女はナーエで古白石を見たことがあるというのだ。


『この白い建物みたいなの……、あちらにもある……、と思います』


 言おうかどうか迷っていたようなのだが、セーラはヴィゼにそう教えてくれた。

 迷っていたのは、はっきりと覚えておらず、彼女の見たものが古白石だと断言できなかったからのようだ。


『こんなにしっかりした建物があるわけではなくて、残骸みたいなものでしたが……。石だけが落ちているというか、置いてあるというか、そんな感じのものもあって』


「違っていてもいいから、探してもらえないかな。それで、目印にこれを置いてきてくれる? もちろん、安全が第一だよ。例えば他の幻獣の縄張りとか棲み処とかだったら絶対に近付かないで」


 ヴィゼはくれぐれも命を大事にと念を押して、セーラに水晶の欠片をいくつか持たせた。


 セーラは頼みにされたことが嬉しかったようで、弾む声で『分かりました!』と了承したが、少しして不安そうに問いかけたものである。


『あの、目印を置いてくるのはいいんですが……、ヴィゼさん、もしかして、ナーエに……?』


 ヴィゼはそれに、微笑で答えた。

 その場にいたのは他にクロウだけで、クロウも眉を顰めたが、ヴィゼを止めたり咎めたりはしなかった――できなかったのだ。

 ナーエに行くことをヴィゼは明言しなかったし、それがいかに危険なことかは重々承知のはずである。

 それでも行くというのなら、当然クロウはヴィゼについて行く。

 そうであるから、わざわざ言うべき言葉を見つけられず、クロウは黙すことしかできなかったのだった。


 そんなヴィゼにセーラは躊躇を覚えつつも、ナーエに帰還した。


 ――セーラが見たのが古白石でもそうじゃなくても、興味深い。


 契約獣たちの心配を他所に、ヴィゼはセーラの成果に期待を寄せる。

 とはいえ結果が出るのは先のことだ。

 それについて思案することを止めて、ヴィゼは朝食のため他の調査員たちの集まる場所へ足を向ける。


 肩を落とし気味のレヴァーレはクロウとエイバが上手くフォローしてくれ、ヴィゼたちと共に向かう時には、いつもの彼女らしい溌剌とした表情を取り戻していた。

 それを認め、ヴィゼは内心ほっとする。

 明け方に見回り当番があったりもしたが、他の仲間たちの調子も良さそうだ。


 ――今日はどこまで暴けるか……。


 遺跡は今日も白く輝いていて、ヴィゼは眼鏡の奥から、挑むようにその白を見つめたのだった。






 この日は朝から、遺跡の壁面にある光についての調査を行うこととなった。

 壁面に入口らしい入口がないので、壁の光を探りつつ入口を探す、というのがイグゼやストゥーデの示した方針だ。


 結界の調査も、モンスベルク・フルスから研究者を一名ずつ出し、宮廷魔術士の協力の元、引き続き行っていく。

 結界を通り抜けることが許される条件とは何なのか。

 アビリティ、年齢、魔力保有量、その他思いつく限りのものを試行していくのである。


 ――年齢、ではないだろうな、おそらく……。


 朝食を済ませた後、調査員たちはすぐに動き始めていた。

 遺跡の手前、結界調査組に細かく指示を出しているイグゼの側に控えながら、ヴィゼは考える。


 その必然性のある場合が一体どれほどあるというのか。

 しかし、一定年齢以上の者しか入れない、ということが全くないとは言い切れない。

 クロウが懸念を示していたが、例えば百歳の老人が入れてしまったら(見つけて連れて来るのは非常に困難だろうが)、一体どういうことになるか……。


 ――まあでも、魔力量が一番有力、かな。壁の光のことを考えるなら。魔術をここ(エーデ)じゃ自由に使えないとはいっても、この場にいる誰よりもクロウは魔力を持っている……。もしくは種族、か。でも、可能性はそれこそいくらでも考えられるからな……。


 結界についての正確なところは非常に気になる。

 だが、クロウのためにならない事実が出てくるならば、はっきりとしたことは分からない方がいい、とヴィゼは思った。

 彼女の不利になるようなことがあれば、その時は――。


「さあ皆さん、それでは行きましょう」

「十分に気をつけて。何が起こるか分からないので、気を引き締めてかかりましょう」


 ヴィゼが思考を巡らせる前で、イグゼが壁の光調査のメンバーにぎらぎらとした目を向けて告げる。

 その隣、ストゥーデも高揚しているのだろうが、イグゼが欲望に突っ走ってしまう分、メンバーたちに注意を促した。


 壁の光調査メンバーは、戦闘員も合わせて四十名余り。

 なかなかの大所帯である。

 ちなみに内訳としては、モンスベルクの研究者が四名、フルスが九名、戦闘要員はそれぞれ十一名、二十名となっていた。


 最初に少人数で様子見をしてから、という話もあったのだが、遺跡そのものの調査を希望する者が多く、遺跡の中に入れるようならばその数でそのまま調査を始める方が効率が良く、戦闘員も多い方が安全だろう、ということで、この大人数になった。


 その中に、アフィエーミもいる。

 結界調査組に入れてヴィゼと離しておくよりも、リーセンの目が届くところに置くことを優先した結果だ。

 指揮官たるリーセンは、参加人数の多い壁の光調査組である。

 人目の多い方で監視をし逃走の選択肢を断つためにもその判断は正しいとヴィゼも賛同するが、彼女の鋭い視線を受ける身としてはやりづらくもある。

 放免と決めたのはヴィゼなので、そうそう文句も言えないのだが。


 しかし、それにしても、この人数は動きづらかろう。

 リーセンやコレールとは打ち合わせをしたが、上手く連携が取れるだろうか、とヴィゼは無意識に眉を顰めた。

 この遺跡が何を秘めているのか、危険が少なければ良いのだが、と思う。


「ヴィゼ殿、お願いします」


 イグゼに声をかけられ、ヴィゼは頷いた。

 下まで降りられるよう、魔術障壁を応用した階段を生成する。

 透明だと足を踏み外しそうなので、わずかに白みを加えたものだ。


 誰がこの階段を作っても良かったのだが、調査の間に何が起こるか分からない。

 クロウを除けば今回の調査メンバーの中で最も魔力に余裕のあるヴィゼが魔力を使い、他の者は温存しておこう、ということになったのだ。


「クロウ殿にも苦労をおかけしますが、よろしくお願いします」


 丁寧に頭を下げるイグゼに、クロウも頷く。


 階段を下りていく、その先頭に立つのはクロウだ。

 クロウにはまず、全員を結界内に入れるという仕事がある。そのための一番手だ。

 クロウの後に、ヴィゼ、<黒水晶>メンバーが続き、イグゼ、ストゥーデ、研究員と戦闘員が入り混じり、殿がリーセンである。


 全員が下り終え一列に並ぶと、通路がみっちりと埋まるようだった。


「それじゃあ早速、行ってみようか」


 いつもより少し力の入った声で告げるヴィゼを、クロウは硬い表情で見上げた。

 ヴィゼが差し出した手に、その小さな手を重ねる。

 それを見届けて、ヴィゼは隣のエイバにも手を差し出した。

 三人が手を繋いで、結界にぶつかるように前に出る。


 その際、確実に結界を通り抜けられるクロウと、昨日通り抜けたヴィゼはともかく、エイバが空いた方の手で頭を庇うような格好だったのは、至極当然のことだった。


「おおっ!」


 その結果に、一際大きな声を上げたのはイグゼだ。

 三人は遮られることなく、結界の中に入っていた。


 クロウと、クロウの触れた相手が結界を通り抜けられることは分かっていた。

 だが、クロウがこの四十人全員を引き入れるのは結構な手間である。

 そのため最初に複数人でも入れるかどうか試してみよう、ということになっていたのだが、どうやらクロウと間接的にでも繋がっていれば結界内に入ることができるようだ。


「装備品が排除されるということもないようですな」

「このまま人数を増やしていきましょう」


 それなりの人数の大人が手を繋いで踏み出すという光景は一種異様なものであったが、そうして最終的には全員で問題なく結界内に入ることができた。

 通り抜ける人数や質量に制限はないようである。

 もしくは制限に達していないだけかもしれないが、ヴィゼとしても、クロウが全員の手を引くということにならず一安心だった。


 昨日、この結界にこれでもかと拒絶されていたため、結界を通り抜けただけで研究員たちは感動した様子だ。

 それでも迂闊に遺跡に手を伸ばさないところがプロである。

 一名、護衛という名の監視役に首根っこを掴まれている者もいるが。


「さて、次の問題ですが……」

「どうやって遺跡の中に入るか、ですね。――こちらも早速、試してみましょうか」


 言ってヴィゼは、白く聳える遺跡を見上げた。

 その壁に見えるのは、黄と青白い光。

 調査メンバー全員に聞き取りをしたところ、エイバのように全く見えない者もいるが、大半は濃淡に差はあれど同じように光が見えているらしい。


 屋根部分に光が見えるのはクロウだけのようだが、ヴィゼが壁面を露わにしたことで、検証は後回しになっている。

 二種類の光が建物の壁面に数多く存在していることから、おそらくこの白い建物ははるか昔地上にあって人間が使用していたのであり、それならば出入口は側方にあるはず、という推論からも、そういうことになった。


「魔術士の方は打ち合わせ通り結界を」


 ヴィゼのアイコンタクトを受けて、イグゼが指示を出す。

 結界内で魔術が発動しない可能性もあったが、調査メンバーたちは自分たちを守る結界を無事に作り出すことができた。


「発動はできますが、いつもより魔力が持っていかれていますね」


 魔術研究員としての側面を持ち、魔術を使うことに関しても専門家のイグゼが、自ら結界を生成して顔を顰める。


「長くはかけられそうにないですね。レヴァ、よろしく」

「了解」


 <黒水晶>メンバーの防御はいつも通りレヴァーレの担当だ。

 彼女は全員を結界で包んだ後、さらにヴィゼの周りに障壁を作った。

 というのも、これからヴィゼが壁の光に触れることになっているからである。


 この人選に至るまで、フルス・モンスベルク間で色々と意見が交わされたが、遺跡調査の経験値と戦闘能力の高さから、<黒水晶>メンバーが最初の実験を行うことになったのだ。

 一番自分でやりたがっていたのはイグゼだが、万が一その身に何かあっては大変困ったことになるので、最初から選択肢の外だった。


「――行きます」


 緊迫した空気の中、ヴィゼは左手を伸ばした。

 壁に向かって最も左の黄色い光に触れる。


 その次の瞬間。


 四十四人は、恐ろしい光景を目にした。


 ヴィゼが触れた外壁の下方から、生えるように白い極太の槍が勢いよく突き出し、彼の胴体に穴を開けようと迫ったのである。




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