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黒水晶の竜  作者: 隠居 彼方
第5部 修復士とはじまりの場所
125/185

16 監視者と尋問



 遺跡調査一日目の午後は、結界に入るための条件を探して終わった。

 結局、結界内に入れたのはクロウだけだ。

 二日目以降も結界の調査は続けられるが、結界内に入ることが可能になったため、明日からはいよいよ遺跡自体の調査を本格的に行っていくこととなった。


 そんな、一日目の夜である。


「こうした任務は初めてなのですが、遺跡調査というのはこういうものですか」


 暗闇の中、そう口を開いたのはリーセンである。


 夕食も終えて、調査メンバーの一部は就寝している時刻。

 眠ってなどいられないとテントの中で喧々諤々意見を交わし合っている研究者たちや、見張りについている戦闘員たちもいるが、作業員たちも帰ってしまって、野営地は昼間とは全く違う雰囲気だ。


「そうですなぁ……。ただ、今回はこれまでの何倍も厄介そうではありますな」


 リーセンに応じたのはゼエンである。


 アフィエーミの尋問を行うので立ち会わないか、とリーセンが声をかけたのだ。


「私は部外者ですが……」


 ゼエンはそう躊躇したのだが、


「同じ遺跡調査のメンバーではありませんか」


 と返されてしまい、同行することとなった。


 もちろんゼエンは、自分はもうフルスの兵士ではない、ということを告げたのであるし、それをリーセンも分かっている。

 リーセンとしては、ヴィゼやゼエンに義理立てしての行為なのだろう。

 彼の元上官としては物言いたくもあるが、実際のところゼエンもアフィエーミの言葉を直接に聞いてみたい気持ちがあったので、そう抵抗せずに首肯したのだった。


 <黒水晶>の見張りの時間は明け方頃で、他のメンバーは先に眠りについている。

 珍しくヴィゼが早寝であるのは、明日に備えてのことではない。

 イグゼに引きずられて研究者の意見交換に参加していたところ、昼間に張り切りすぎたせいですぐに寝落ちてしまったのだ。

 眠っているヴィゼにはクロウの<影>もついてくれているし、レヴァーレがしっかりと結界を張ってくれたので、その点ゼエンは安心してリーセンの誘いに乗ることができたのだった。


「何よりも厄介なのは研究者だとおれ……私などは思いますね。これだと思ったら一直線で、こっちのことなどまるで目に入っていない。突拍子もなくすっ飛んでいくので冷や冷やしますよ」


 一瞬口ごもったリーセンに、ゼエンは小さく声に出して笑った。


「……私しかいないところでは口調を崩しても構いませんよ?」

「それは有り難い。ですがもう到着で残念です。……ここです」


 昔のリーセンの言葉遣いは酷かったものだ。

 リーセンは照れ臭そうに後頭部を掻いてみせたが、すぐに真顔になった。


 見張りに声をかけ、リーセンとゼエンはテントの中に入っていく。


 アフィエーミは手足を拘束された姿で、イスに座らされていた。


 テントの中にもフルスの兵士が二人おり、リーセンとゼエンに向けて敬礼する。

 二人が尋問のため先にこの場を整えていたのだ。


「結界は問題なく機能しております。すぐにでも尋問は可能です」

「ご苦労」


 片方の兵士が密やかにリーセンに耳打ちする。


 午前中にヴィゼを襲おうとした直後にも、彼女への尋問は行われていた。

 だがその午後には研究者たちの護衛が最優先ということで一旦彼女を兵士としての仕事に戻しており、夜になってまたこうして拘束・尋問しているというわけである。


 リーセンとしては、拘束したまま結界内に放置しておくでも良いのだが、あまり扱いを酷くするとヴィゼの方の評判が悪くなる恐れがある。一度は機会を与えるというのがヴィゼの判断であるし、彼女のために遺跡調査に後れを出したくないという心情も理解していた。ヴィゼの懐の大きさを示すことにもなるので、リーセンは彼の言を尊重して動いている。


「アフィエーミ伍長」


 立ったままで、リーセンはアフィエーミを見下ろす。

 リーセンの厳つい顔には何の表情もないが、それが余計に威圧感を増幅させていた。

 座り込むアフィエーミにとっては、尚更恐ろしく見えるだろう。

 兵士として男たちの中で揉まれてきた彼女であっても、リーセンの威圧と、それに加え彼の階級は、怯まずにはいられないものだ。

 現にアフィエーミの目には、恐怖がある。

 だがそれだけでなく、彼女の目には何者にも屈しないと言いたげな反抗心も存在していた。


 ――もったいない。


 荒んだ目つきに、ゼエンはぽつりと胸の内で零す。


 アフィエーミはその黒髪を短くしており化粧っ気もないため一見青年のようであるが、目鼻立ちは整っている。

 姉が美人であったために領主に拐かされたのだ。妹であるアフィエーミの素材も良いのだろう。

 その笑顔は大層魅力的だろうと思わせるものがあるのに、そんな目をしていてはもったいない、とゼエンは思ったのだった。


「先に言っておくが、伍長、お前には虚偽も黙秘も認められない。虚偽と分かった場合には相応の罰を与える。黙秘は上官への反抗とみなす。既に通達したが、お前には今後も同じように務めを果たす機会が与えられることとなった。お前が自らその機会を不意にすることのないよう願おう」


 こんな時だが、立派になった、とゼエンは場違いにもリーセンの姿に感動する。

 きちんと教育を施し彼がふさわしいと判断したので後を託したのだが、相手を問答無用と暴力で黙らせるしかできなかった昔の彼のことをつい思い出してしまったのだ。


「何故ヴィゼ殿に襲い掛かろうとした」

「……それについては、既に話しました」

「伍長、お前は兵士として何年勤めている。そんな返答が許されると思っているのか? 全く、こんなことまで教え直さなくてはならないとはな……。優秀と聞いていたが、誤りだったらしい。今回の任務も実力を認められ推薦されたと言うが、どうやらただの駒として送り込まれただけだったらしいな」

「じ、自分は……!」


 青白い顔でアフィエーミはきっとリーセンを睨んだが、彼の視線の鋭さに負けてすぐ俯いた。


 そんな二人の会話を、一人の兵士が記録している。もう一人の方は、アフィエーミの動向を注視していた。


「……も、申し訳、ありません……」

「余計な手間が省けて結構なことだ。では話せ」

「アイザラの悪しき名を、ご存じとは思いますが……、私の出身は、あの男が治めていた領地にある、小さな村です。三つ年上の、私の姉は、美しい人で……、あの領主に連れて行かれてしまい、その後、戻ってはきませんでした。優しかった姉が、何故あんな目にあわなければならなかったのでしょう? あの日、外出から帰って父から事情を聞かされて――私は絶対にあの領主を許さないと誓いました。姉を取り戻すことを決めました。しかし、姉は……」


 それ以上は言葉にならない様子で、アフィエーミは俯いた。


「それは領主を恨む動機だな。伍長の姉を拐したのは、ヴィゼ殿ではない」

「しかしあの者は! あの領主の息子であり、その下で働いていたのです! 同様に甘い汁を啜り、民を虐げて……!」

「それを伍長は直接目にしたのか? 彼がそうしていたという証拠は?」

「そ、れは……」


 途端にアフィエーミは言いよどむ。

 しかしすぐにこう続けた。


「私は……聞いたのです、姉はあの、息子に下げ渡されたのだと。その姉が帰ってこなかったのは、あの息子が手ひどい仕打ちをしたからに違いありません。そうやって罪を犯していたからこそ、国外追放になったのではないのですか!?」

「それを誰に聞いた?」


 筋が通っているといえば通っているアフィエーミの主張だったが、リーセンは全く表情を動かさない。


「それは……、」


 アフィエーミは再度言いよどむ。


「言えないのか?」

「いえ、その、名を、聞いておりませんでしたので……」

「名も知らぬ者の言うことを真に受けたのか?」

「それは、しかし! 相手は、きちんとした身なりの方で、他にも証人がいるので確かなことだと、」

「そう聞いただけなのだな」


 リーセンはわざとらしい溜め息を吐いた。

 この辺りのことはゼエンも手紙で知っていたことなので、念のための裏付けでしかないのだろう。


「その者が嘘をついている、とは考えなかったのか」

「嘘、など……、ついて、なんの利益があるというのです。本当のことだからこそ、私に打ち明けてくれたのでしょう。代わりに敵を、討ってほしいと!」

「件の領主が処刑されて喜んだ者だけだったわけではない。手に入るはずだった利益が入ってこなかった者、命までは奪われないものの財や権力を失うことになった者もいる。逆恨みを晴らしたい者に、伍長の存在は好都合だ」

「……っ! しかし、それも可能性の一つでしょう!? 本当に私と同じ思いで――」

「残念だが、それはない」


 きっぱりとリーセンが遮ったので、アフィエーミは言葉を失った。


「アフィエーミ伍長、その相手の容姿は覚えているか?」

「……五十代くらいの、男性で……、」


 思い出しながら、アフィエーミは特徴を一つ一つ挙げていった。

 それにリーセンは頷く。


「間違いないな。その男は既に拘束されている」

「え!? な、なぜ……」

「横領、着服、その他諸々の罪を犯していた。殺人教唆も罪状に入っている。調べてみると、件の領主とは細い繋がりがあった。つまり、そういうことだ」

「そんな……」

「アフィエーミ伍長、これはその男の余罪を調べるための尋問でもあるのだ。男に話しかけられた時、他にその場にいた者は?」

「……私とその相手だけ、でした」

「誰かにそのことを打ち明けたか?」

「……親しい友人に、少し――」


 蒼褪めてすっかり大人しくなったアフィエーミは、悄然と質問に答えていく。

 時々言葉に詰まるのは、思い出すためというより、本当に素直に答えて良いのか迷っているからのようだ。

 自分と同じ境遇、同じ思いを抱える者に何かあってはと。


 質問を続けるリーセンは、アフィエーミの周囲の人物をより知っておきたいようで、そうやって答える彼女の様子を一瞬たりとも見逃さないようにしている。

 不穏分子がいまだ燻っていることを懸念しているのだろう。


 それはゼエンも気にしているところだ。

 アフィエーミを唆した輩は、聞く限りどうにも底が浅すぎるように感じる。

 十年も前のことを今更蒸し返し、危険を冒してまでヴィゼに報復するだろうか、と思ってしまうのだ。

 考えすぎ、杞憂ならば良いのだが――。




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