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黒水晶の竜  作者: 隠居 彼方
第5部 修復士とはじまりの場所
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15 修復士と遺跡の結界③



 興奮するイグゼを何とか宥めすかし、情報交換を行おうとしたヴィゼたちであるが、作ったばかりの通路では狭いと、一旦地上に戻ることとなった。


 結界から出る分にはクロウに触れておらずとも良いようで、ヴィゼが遺跡から離れるように足を踏み出すと、すんなりと足先は結界の外に出る。

 それはクロウも同様のようだが、何となく不安になってヴィゼはまだ手が結界の中にある内に再度クロウの腕を取り、二人で結界を出た。


 地上に戻ると、午後の日差しが暖かく照らしてくれ、深い息が漏れる。

 高い壁に囲まれた通路に、無意識に圧迫感を覚えていたのだろう。ほっと肩の力が抜けたように感じたが、それも束の間のことだった。


「それでヴィゼ殿、どうやって結界の中に?」

「……近いです、イグゼさん」


 ぐいぐいと顔を寄せてくるイグゼにたじろぎながら、ヴィゼは答える。


「それが僕にもよく分からないんですよ。ただ、うちのクロウが、入れちゃいまして」

「どういうことですかな!?」


 かっと目を見開き、イグゼはクロウに視線を向けた。


「わ、わたしにも分からないが……、他の人が入れずにわたしだけが入れるというなら、それは、その、アビリティのせい、とか?」

「なるほど!」


 ヴィゼと同じくたじたじとなりながらのクロウの返答に、イグゼは大きく頷いた。


「今回うちの他のメンバーにアビリティ持ちはいませんね、フルス側はどうですか?」

「確認しましょう」


 いつの間にか佇んでいたストゥーデが、リーセンの元へ早足で歩いて行く。

 結界内に入れたという言葉に、他の研究者たちも集まりつつあった。


「イグゼさんの方の調査はどうでしたか?」

「結界は間違いなく、周囲の魔力を吸っていますね」


 今の間にと尋ねると、少し落ち着いた様子で、イグゼは一枚の用紙を取り出した。

 周辺の魔力量に関して数値的に表したもので、ヴィゼは礼を言ってそれを受け取る。


「遺跡の壁の光については、どう考えます?」

「あれも大変興味深いものですね。人によって見え方が違う。おそらく魔力保有量によるものでしょうが、きちんと検証しなければ……」

「ええ」


 頷きながら、ヴィゼは遺跡の屋根部分に目をやった。

 壁にあったような光は、見えない。

 夜になれば見えるだろうか。

 それとも――。


 考えている内に、ストゥーデがリーセンを連れて戻ってくる。


「アビリティ持ちはいましたが、その者は結界を通り抜けられなかったということです」

「となると……、一体何故、彼女だけ?」

「そうですな……、年齢、という可能性は?」


 方々から視線を向けられて、クロウはつい後ずさりヴィゼの背後に回る。


「なるほど、一定の年齢以下であれば、ということか」


 ――年齢で考えるなら一定の年以上、になるんだろうけど……。


 クロウの人としての肉体の年齢は、一体いくつということになるのだろう。

 結界が年齢で侵入を許したとして、それは精神の年齢を換算するのだろうか、それとも……。


 真面目に意見を交わす研究者たちを目の前に、ヴィゼとクロウは顔を見合わせる。


「失礼ですが、おいくつで?」

「……二十は越えている、ぞ」


 クロウが答えた瞬間に、嘘だろう、と信じ難く思う視線が集まった。


「本当ですよ。幻獣の血が濃いせいか、彼女の成長は通常より遅いようなんです」


 ヴィゼはそういうことにしておくことにした。

 クロウの言は、嘘ではない。

 竜で百年程生きているという真実を言わなかっただけである。


「結界内に入れたのは、そのためかもしれません。幻獣の血の濃さ、とか。彼女のアビリティの元となった幻獣には結界内に入る資格がある、とか」

「そうした可能性もありますか……。しかしそうなのだとしたら、何故、その幻獣には許されるのでしょうか。この遺跡は――人の手によって作られ、人が使っていたものではないのでしょうか」


 イグゼが口にした疑問に、クロウは思わず、ヴィゼの服の裾を強く握った。


「イグゼさん、仮定の話です。もっと違う理由があるかもしれません。いずれにせよ、結界内に入れるようになったことは一歩前進です。色々と試してみましょう」

「……そうですね!」


 ヴィゼに言われて、イグゼはまた瞳を輝かせて頷いた。

 が、また一転して、彼にしては珍しく歯切れの悪い口調になる。


「その、ちなみにクロウ殿の祖先の幻獣というのは……」

「それは――分からない」


 第三者にアビリティについての話をする時、クロウはこう言うことにしていた。下手に偽ったり「竜」と告げたりするより納得してもらえるからだ。

 クロウのアビリティに関しては協会にも情報がないため、疑われることはなかった。


「わたしは孤児なのでな」


 これも嘘ではない、全くの事実である。

 クロウの返答に、さすがのイグゼも少し怯んだ様子を見せた。


「役に立てず、すまない」

「いいえ、そんなことはありませんとも! クロウ殿がいらっしゃらなければそもそも、結界の前で右往左往して終わっていたかもしれないのですから。お答えいただいてありがとうございます。今後も協力をお願いしますね!」


 イグゼは笑って、両手の拳を握る。


「とにかく、実験です! みなさん、張り切っていきましょう!」」


 ストゥーデと並び研究者たちの前に立ったイグゼは、結界を壊すよりもその中に入るための方法に関する仮説を挙げ、その検証を行う意気込みを見せた。


「……あるじ、その、まずかっただろうか?」


 研究者たちが意見を交わし合うのを一歩離れた場から見ながら、他者に聞かれない程度の音量でクロウは囁く。

 クロウだけが結界内に入れたことは、いずれ彼女の正体が露見することに繋がるか、もしくは何か不測の事態が起こることになるかもしれない。

 懸念する様子のクロウに、ヴィゼは微笑んだ。


「大丈夫だよ。……少なくとも、今のところは。それに、これから遺跡内で何か見つかって、それがあんまり良くないことでも、僕が何とかするから」

「あるじ……」


 また、迷惑をかけてしまう――。

 真面目がすぎるクロウは唇を噛み、この遺跡についての考察が足りなかったことに始まり、遡って<黒水晶>加入を決めた辺りまで後悔したところで、後ろからの声に振り向いた。


「なあ、おい、ヴィゼ」


 エイバがヴィゼの背をつつきながら、そう声をかけたのだ。


「あれ、そろそろフォローしてやった方がいいんじゃねえのか?」

「あれ……?」


 振り返ったヴィゼは、その光景をようやく目にする。


 エイバが指差す先に、作業員たちが絶望したような顔で茫然と佇んでいたり、座り込んでいたりと、異様な雰囲気の空間ができている。

 どうやら、ヴィゼが一瞬で遺跡周りの土をどうにかしてしまったのが衝撃だったようだ。

 それなのに研究者たちは遺跡第一で目もくれず、戦闘員たちはそんな研究者に目を配るのに手いっぱいで放置されていたようである。


 しまった、とヴィゼは慌てて、研究者会議を背にフォローに回ることとなった。


 遺跡を囲む土を圧縮できたのは、先に遺跡の上の木や土をどうにかしてもらっていたからこそ可能であったこと。

 稀な魔術式を使用する上、魔力消費が激しいため簡単にできることではないこと。

 それらを必死に伝えて、ヴィゼは何とか作業員たちの目に生気を取り戻させることに成功する。


「久しぶりに<黒魔術師>っぽいことをやったな、ヴィゼ」

「その二つ名は止めてってば」


 エイバに肩を叩かれ、ヴィゼは大きな溜め息を吐いたのだった。




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