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黒水晶の竜  作者: 隠居 彼方
第5部 修復士とはじまりの場所
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14 修復士と遺跡の結界②



 研究者たちが結界に向かって色々と試しているのを横目に見ながら、ヴィゼは改めて周辺の土の状態を確かめた。

 食事中からアイデア自体はあって土の状態を何とはなしに見ていたのだが、イグゼに語ったように魔術を使うのであれば、きちんと把握しておく必要がある。


「ヴィゼやんはあっちに混ざらんでええの?」

「うん。とりあえず今はね」


 杖を片手にうろうろするヴィゼにクロウがぴたりとくっつくように動き、その後ろにエイバとレヴァーレが続きながら問いかけた。


「イグゼさんも別で動いてるみたいだが……、お前ら、何企んでんだ?」

「企むって……、ただちゃんと調査しているだけだよ、僕らは」


 エイバはしかし、不審そうな表情を変えない。

 心外である。


「ま、あっちはコレールさんらが見張ってくれてるから大丈夫か。で、ヴィゼ、俺らがやるべきことは?」


 コレールは護衛のはずだが、エイバの中ではイグゼの監視役という位置づけになっているのが分かってしまう発言である。


「とりあえず警戒をお願いするよ。今からちょっと魔術に集中するから」

「了解」


 ヴィゼの位置から遺跡を挟んで対角線上にアフィエーミがいるのを、ヴィゼは認めていた。

 クロウも、エイバたちも同じだ。

 クロウは先ほどからまたぴりぴりとしていて、エイバたちもそれがあって合流してくれたのだろう。

 ゼエンは遺跡を挟んで向こう側にいるが、それはアフィエーミが動いた時すぐに反応できるようにその位置取りをしているようだった。


 ヴィゼは頼もしい仲間たちに微笑を見せてから、古式魔術で大地の深くまでその状態の確認に努める。

 “全視の魔術”ほどではないが、魔力を喰う上に情報の処理が面倒な魔術だ。

 終わった時には、思わず大きな溜め息を吐いてしゃがみこんでしまった。


「大丈夫か、あるじ」


 杖に縋りつくような姿勢になったヴィゼを、心配顔のクロウが慌てて支える。


「ただの魔力切れだから、補給すれば、大丈夫」

「それなら、あるじ、」


 ヴィゼは腰のポーチから魔術具を取り出そうとしたが、クロウが触れる箇所から流れ込んできた魔力に驚いて手を止めた。


「予備の魔力は、これから使うのだろう。今はわたしの魔力を使え」

「でも、」

「わたしなら大丈夫だ。それに、普段魔術で貢献できない分、これくらいはな」


 そう、クロウは微笑む。

 それを直視して、ヴィゼの胸はまた掴まれるようだった。


「……ありがとう、クロウ。今、抱きしめたりしたら、怒るよね?」

「……怒る」


 沸騰しそうな顔になったクロウだったが、魔力を送り込む手は離さない。


 その、後ろに。


「個人的には、ええと思うんやけど……、もちっとTPOちゅうもんがあると思う」

「俺も個人的にはいいと思う。けど犯罪臭がやばい」


 気遣わしげな表情を一転させ、肩を竦める夫婦がいた。






「地質に問題はなさそうなので、これから遺跡周りの土をどうにかしてみようと思います」


 魔術の行使に問題がないことをイグゼに報告して、ヴィゼはそう宣言した。

 それから遺跡周辺に散らばる人々に声をかけ、遺跡から距離をおいてもらう。


「皆にはこれを遺跡の周りに撒いてほしいんだ。こんな感じで」


 ヴィゼは仲間たちの前で皮袋から粉のようなものを掬い、遺跡の淵から人が二人分横たわったくらいの間にそれをばらまいた。


「なんだ、これ?」

「水晶を砕いたものだよ。魔術と親和性が高くて、印にちょうどいいんだ」


 そう言って、仲間たちにもそれぞれ皮袋を渡す。

 人々に声をかけて回っていたイグゼやコレールたちも途中で手伝ってくれ、水晶の散布はすぐに終わった。


 遺跡調査メンバーと作業員たちの視線を受けながら、ヴィゼは頭の中で魔術式を確認する。

 修復の際もよく視線の的になるので、ヴィゼの集中が乱れることはなかった。


「皆さん、念のため、足元には注意されてください」


 ヴィゼの注意があって、戦闘要員が目配せを交し合い、非戦闘員である研究者たちのために動けるよう配置を整える。

 それを見届けて、ヴィゼは今度こそポーチから魔力を封じた小瓶を取り出すと、魔術を発動させた。


 宙で古文字が舞い踊る。

 一瞬で消えてしまう光の粒を、イグゼの目が必死に追った。


 次の瞬間に起きた変化は、劇的なものだった。


 遺跡周りの土がなくなったのである。

 正確に言えば――、水晶を撒いた範囲の土が、遺跡とは逆方向に、遺跡の高さ分圧縮されたのだ。


 ヴィゼが魔術の効果を確かめようと淵に立って首を伸ばすと、深く穴ができている。その底は穴というより、人が一人は優に通れそうな通路だ。

 足元を踏みしめてみると、固い感触が返ってくる。

 土が崩れ落ちないよう魔術式に記述したので、しばらく危険はないだろう。


「成功です。降りてみますね」


 軽く言って、ヴィゼはそこから飛び降りた。


「おいこら!」「ヴィゼやん!」

「ヴィゼ殿、抜け駆けはずるいです!!」


 等々声が追いかけてきたのを聞いてから「しまったかな」と思うが、他のメンバーもすぐに追いかけてくるだろう、とあまり気にしないことにする。

 思った以上に、ヴィゼもこの遺跡の存在に冷静ではなかったようだ。

 一応、事を行ったヴィゼが危険を一番に確認すべきだろうという考えもあるにはあっての行動だったのだが……。


 遺跡には結構な高さがあったが、ヴィゼはブーツに仕込んだ魔術式を発動させて、難なく着地する。

 それに遅れず、クロウもヴィゼの隣に降り立った。

 単純に体術だけでの着地だが、静かなものだ。

 眼鏡の位置を直しつつ、さすがだなと惚れ惚れしてから、ヴィゼは遺跡の壁面を見上げた。

 明かりをと考えたが、その前に誰かが壁を照らすように魔術の明かりを生成してくれ、有り難くその光のもとで壁を観察する。


「やっぱり魔術式はないか……」

「そうだな」


 ヴィゼたちが壁を注視する間に、レヴァーレとエイバが底の方へ降りてきた。

 障壁を階段のように使っての到着だ。

 イグゼらもその後に続いて来ているが、壁をじっくり見ながらなので、底まではしばらく時間がかかりそうである。


「お前、クロがいるとは言え、勝手に行くなよ、何があるか分からねえとこに」

「せや。のっけからあんなことあったばっかやのに、なんで独断専行するんや」

「ごめんごめん」


 ヴィゼは謝罪するが、どこか上の空である。

 エイバとレヴァーレは深い溜め息を吐いた。


「そんなことより、この光、なんだろうね」


 そんなことより、の一言が余計である。

 レヴァーレはヴィゼの背を叩き、エイバは軽くヴィゼの足に蹴りを入れてから、その指差す先を見つめた。


「何やろうね……。屋根の方にはなかったやろ?」

「――え? 同じものが、」

「お前ら、何の話してんだ?」


 四人は顔を見合わせた。

 セーラの目が、きょときょとと動いて仲間たちを見上げる。


「ええっと……、手のひらの大きさくらいの、縦長の長方形が光っているところがあるよね。青白い光が二つと、黄色っぽい光が五つ、だいたい視線の高さに等間隔で並んでる。あと、上の方にも色の順番は違うけど光ってるところがある」

「うん」

「うちに見えとるのも同じや。やけど、青白い光はちょっとぼんやりしとるなあ」

「俺にはさっぱりだ」

『あ、あの、わたしにもぼんやりと見えます』


 ふむ、とヴィゼは眉を寄せた。


「それでクロウは、屋根――屋上、になるのかな――に何が見えてたの?」

「ここに見えているのと同じような光だ。皆には見えていなかったのか?」

「太陽の光に紛れてしまっていた可能性はあるね。後で確認してみるとして……、ちょっとこのまま、他の壁面を見に行こうか」


 ヴィゼたちは連れ立って、遺跡周りをぐるりと一周した。

 壁の光は、青白い光と黄色い光の配置こそ違えど、同じようにある。


「こういうのは、珍しいのか?」

「そうだね、割と」


 クロウに尋ねられて、ヴィゼは答えた。

 クロウは、研究者たちにとってはあの光の正体は明白で、だから話題にもならないのだろうと考えていたようだ。

 ヴィゼの集中を乱さぬようなるべく沈黙を保つようにしていたが、裏目に出てしまったと、クロウはまたしょんぼりとした。


「気にしないで。これは僕たち研究者の専門なんだから」


 だからこそ、見えていなかったこと、気付けなかったことにヴィゼは悔しさを覚える。


「一体、なんなんやろか?」

「多分、どっちかの光はドアノブ、みたいなものなんじゃないかな……。どこにも扉みたいなものがなかったから」


 ヴィゼの言う通りで、遺跡を一周して、あるのはただ白い壁だけだった。


「触ると、入れるとか。何かをすると入れるとか、かな……。ドアは魔術で隠されていて、全然別の働きをするって可能性も高いけど」

「別の働き、っつうと?」

「まあ――罠、とか、かな」


 溜め息交じりにヴィゼは言った。

 他の三人と一匹も、顔を顰めてしまう。


「見えない俺は特に気をつけとかなくちゃいけねえな。しっかし、なんで俺には見えないんだ?」

「他のメンバーにも聞いてみないとはっきりとは言えないけど、魔力保有量の差だろうね」

「ああ……、そうか」


 あっさりと出てきた答えに、エイバたちはいたく納得する。


「そんならこの遺跡は、魔術士が使っとったんやろか?」

「いや、一概にそうとは言えないかな。五千年前の世界はもっと魔力に満ちていて、人ももっと魔力を持っていたんだ。一般人でもこの光を見ることができていたのかもしれない……。何にせよ、全部推測でしかない。とにかくこの結界をどうにかしてみないことには……」


 ヴィゼは難しい顔で遺跡を見上げた。

 他の調査メンバーも順番に降りてきているようで、声が近付いてくる。


「クロやんの剣でこの結界斬ったりはできひんの?」


 それでもまだ他の調査メンバーから距離があるのを確認して、レヴァーレが囁くように聞いた。

 自分が言えなかったことを、とヴィゼは肩を揺らしてクロウを見下ろす。

 クロウは困ったような表情を浮かべていた。


「試してみないと分からないが、正直なところあまり斬れる気はしないな」


 だからこそ、名乗り出なかったのだろう。


「お前が斬れないと思うほどやばいのか、この結界……」

「ああ」


 クロウは端的に頷いた。

 それがより、目の前の結界の――ひいては遺跡の危険性を物語るようだ。


「だが、とにかく試してみるか……」


 ひとりごちるように、クロウは剣の柄に手をかけた。

 黒い瞳に見上げられ、ヴィゼはあれほど躊躇っていたというのに、簡単に首肯を返してしまう。

 クロウはそれに背を押されたように、下から上に、剣を振り上げて――。


「え!?」


 という声は、その場の全員のものだった。

 結界が斬れたからではない――クロウの剣を、結界が呑み込むように受け入れたからである。


「へ!? え、この結界、何にも通さんって……!」


 驚き慌てる声を後ろに、「まさか……」と口の中だけで小さく呟いたクロウは、剣を下ろして前に進む。

 結界は、彼女を拒まなかった。

 むしろ、クロウを包み込むように伸縮する。


「っ、クロウ!」


 その後ろ姿に最も焦ったのは、ヴィゼだ。

 何度、彼女を失いかけたか――。

 過去を脳裏に過らせたヴィゼは、咄嗟に腕を伸ばしてクロウの左腕を掴む。


「あるじ、」


 クロウを奪われる、と思い込んだヴィゼの力は強く、指が衣服越しにクロウの肌に食い込んだ。

 ヴィゼは確かに己の手に掴んだ黒に、ほっとして。

 そんなヴィゼもまた、結界の中に包み込まれていく。


「――え、」


 そしてヴィゼとクロウは茫然と、自分たちの状況を認識した。

 二人とも、結界の中にいる。


 外から二人を見つめるエイバとレヴァーレも、唖然としていた。

 ヴィゼとクロウが、結界の中にいる。

 だが、エイバとレヴァーレが結界に触れてみても、その指先はそれより先には進まなかった。


「ええと……」

「これは……」

「一体……」


 束の間の、沈黙。

 その間に混乱を何とか落ち着けて、ヴィゼは告げた。


「……クロウは、結界を通り抜けられるみたいだね。クロウに触れているものも」

「そう、みたいだな」


 結界の内外で、音が遮断されるということもないようだ。


「セーラは、どう?」

「ええと、ちょっと待ってな。セーラやん、鞄、動かすな」

『はい』


 レヴァーレがセーラをそっと結界に押し当てる。

 セーラは――結界を通り抜けなかった。


「と、いうことは幻獣が通り抜け可っていうわけじゃないんだね。竜だから……? クロウ、どう思う――」


 ヴィゼが聞きかけた時だ。


「ヴィゼ殿! ヴィゼ殿! 何を! 何をしてらっしゃるのですか――!!」


 イグゼが目を血走らせて、全力で駆け寄ってくる。

 その様子に、ヴィゼたちは遠い空を仰いだのだった。




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