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黒水晶の竜  作者: 隠居 彼方
第5部 修復士とはじまりの場所
117/185

08 修復士と到着



 出発からちょうど半月――。


 小鳥たちが囀り始める朝方、ようやく一行は目的の森に入った。

 モンスベルクとフルスの国境ともなっている森は、そこから「境の森」とも呼ばれている。


「国境ってのはこんな感じなんだな……」


 一行の中でも国境を越えたことのなかったエイバが、検問所を見て興味深げに漏らした。

 森の中、二つの国を結ぶ道は複数あり、それぞれに検問所が設けられていて、それに付随するように町が発展している。


 とはいえ、一行が向かった検問所は小さなものだった。

 控えているのは二人の兵士で、イグゼが通行証を見せると、決められた確認をした後、道を通してくれる。


「……よく鍛えられておりますなぁ」

「この森も結構魔物が出るからな。半端な兵士には任されないって聞くぜ。町の戦士の質も高いしな、キトルスと同じでさ」


 兵士たちを見たゼエンの呟きに、コレールが同意する。

 十年前、国境を越えた時はどうだっただろうか、とヴィゼは思い返そうとしたが、思い出せなかった。


 ――戻ってきた、んだよね……。


 いまいち実感がわかない。


 一方でヴィゼの後ろを行くクロウは、フルスにますます近付くことを強く意識しているのか、どこかピリピリとした雰囲気だった。

 安易に「大丈夫」とは言えないが、もう少しくらい気を楽にさせてやりたい。

 ヴィゼは馬のスピードを落とそうとしたが、それより先に、御者の隣で身を乗り出すようにして座るイグゼに声をかけられてしまった。


「もう間もなくです! ヴィゼ殿!」


 イグゼの目は爛々としていて、ヴィゼでも少し怖くなるほどである。

 イグゼは一貫してこの道中興奮を隠さずにいたが、ここ数日それがひどくなり、今はもう興奮しかないといった様子だ。


 遺跡を目の前にした彼は一体どうなってしまうのだろうか。

 いつものことながらヴィゼは心配になった。


 森の中の道は広く、ヴィゼたちは陣形を変えずに進む。

 その間も、薄暗い中イグゼの声ばかりがこだましていた。


 この道は現在、遺跡調査関係者以外には封鎖されている。

 他の通行人に迷惑をかけることにならずに済んで良かった、と一行の気持ちはその点において一つだった。


 ――僕も他人のことはあまり言えないけど……。


 遺跡に目の色を変えているのはヴィゼも同じだ。

 彼の研究はここのところ行き詰っている。

 この道の先にある遺跡に、ヴィゼの欲しい知識があるかもしれない。

 そう考えれば、気が高ぶった。






「イグゼ様。ご無事の到着、なによりです」


 そうしてしばらく行ったところで、一行は見回り途中の魔術士と遭遇した。

 発掘現場には作業員保護のため結界を張っているが、それだけでなく決められた時間にこうして巡回をしているという。

 イグゼよりも年嵩であろうが、丁寧な物腰で対する相手はモンスベルク宮廷魔術士で、発掘の監督役の一人でもあるということだ。


「作業の進み具合はどうです?」

「申し訳ありません、遅れが出ております。結界の解除もいまだ……」


 遺跡を守る結界のため、発掘作業に魔術の使用が限られているらしく、通常よりもずっと時間がかかっているらしい。

 恐縮する魔術士にイグゼは労いの言葉をかけて、共に遺跡へと向かう。


「……すごい」


 程なくして、目の前に近付いてきた光景に、一行は息を呑んだ。


 そこには、白い輝きが広がっていた。

 掘り返された地に埋まる古白石が、太陽の光を反射しているのだ。

 建物自体はいまだ地中に埋まっており、離れた場所から見えるのは輝きだけであるが、それだけでもかなりの面積であることが分かった。

 <黒水晶>の本拠地が優に三棟は建てられそうな広さなのだ。


 その遺跡の脇には、土の山が複数と、倒された木が積み上げられている。

 掘り返す作業は続いていて、作業員たちが新たな土の山を築いていた。


 そのさらに向こう側には、テントが複数。

 荷馬車もあり、明らかに作業員とは異なる者たちが作業を見守っていた。


「む……、フルス側に先を越されてしまいましたね」


 不満げに言うイグゼに、ヴィゼは苦笑する。

 だがイグゼも、そこまで気にしたわけではないらしい。

 馬、馬車から降りた仲間たちに落ち着いた様子で指示を出した。


「ヴィゼ殿、コレール殿、我々はあちらの方々に挨拶に。それ以外は荷下ろしと野営の準備をお願いします」


 メンバーの動きは迅速だった。

 宮廷魔術士と研究者一人が作業員たちに到着を告げ、場所に問題がないか確認してから、残るメンバーで荷下ろしを始める。


 歩き出したイグゼにコレールとヴィゼが続き、さらにクロウとゼエンがヴィゼの守りを固めるため寄り添う。

 何となく自分だけ甘やかされているようでヴィゼは面映ゆくなったが、実際のところそれだけの警戒をしてしかるべきなのだろう。

 今から向かう場所はヴィゼにとって、敵地と言っても過言ではない。

 気持ちを引き締め直した。


 イグゼは作業の邪魔にならぬよう迂回して、フルス側の野営地へと向かう。

 その際にそわそわと遺跡に視線をやり、ふらふらと足が白い輝きに行きかけたが、さりげなくヴィゼとコレールが引き止めた。

 遺跡に到着したことで少し興奮が落ち着いたように見えていたが、研究をスムーズに進めるため正気を引き留めるのにむしろ必死なのかもしれない。


「ご無沙汰しておりますな、イグゼ殿」

「昨年の秋の集まり以来ですか。此度はよろしくお願いします」


 フルス側の代表も当然こちらの到着を認めており、すぐに歩み寄って来てくれた。

 イグゼとは旧知の仲らしいフルスの研究者代表は、イグゼとは違い学者と一目で分かるような外見をしている。

 年齢はおそらく六十前後。ぼさぼさの白髪にぎょろりとした目は、暗いところで遭遇したくないと思わせるものだ。長く細い棒のような体躯は一見すると折れそうだが、妙な迫力が感じられた。


 フルスとモンスベルクの共同調査ということで、もっとぎすぎすした雰囲気なのかとヴィゼは想像していたが、イグゼにも相手にもそうしたところはない。

 かといって馴れ合うような雰囲気でもなかった。

 互いに互いを認めている好敵手、なのだろうか。

 悪くはない緊張感があった。


「こちらはクラン<黒水晶>リーダーのヴィゼ殿です。お隣は<迅雷風烈>のリーダー、コレール殿。どちらのクランも遺跡探索の経験があり、今回も協力をお願いしました」

「お初にお目にかかりますな。こちら側の研究者代表を任されております、ストゥーデと申します。よろしくお頼みします。――ヴィゼ殿のお話は、イグゼ殿よりよく聞いておりますぞ。卓越した魔術士であり魔術研究者であるとか」


 ぎらり、とストゥーデの目が光った気がした。

 怖い。

 イグゼは一体、ヴィゼのことを何と言ったのだろうか。


「過分なお言葉です。期待を裏切らないよう努めます」

「ヴィゼ殿なら今回も間違いなくご活躍でしょう! 前回発見された遺跡でも――」

「それはまたの機会にお話しいただくとして、そちらの戦闘員代表者の方にもご挨拶させていただいても?」


 話が長くなりそうなイグゼを、慣れたもので、すかさずコレールが遮った。

 しかし仲間たちと接する態度とは違い、丁寧なものだ。

 コレールは戦士の中にあって、貴族相手でもある程度問題なく振る舞える教養を持っていた。


「定期報告のためにこの場を離れておりまして、そろそろ……、ああ、戻ってきたようですな」


 ストゥーデが振り返り、手で合図を送る。

 フルス側のテントの向こうから、一人の男が駆け足で近付いてきた。

 その顔に見覚えがあるような気がして、ヴィゼは瞬く。

 その隣で、ゼエンが目を丸くしていた。


「何故、」


 と呟く声に、ヴィゼとクロウは視線をゼエンに向け、続いて――。


「団長!」


 重たそうな鎧を身につけながら、それを感じさせない動きで駆け寄ってきた男は、嬉しそうに破顔し、敬礼してみせた。

 彼が団長と呼ぶのは、紛うことなくゼエンだ。

 男の声を受けて、フルス側のメンバーの視線が集まる。

 フルスを離れて久しいが、いまだゼエンの名は高名のようだ。


「リーセン、何故あなたがここに?」

「団長が来られると聞いたので」

「……今はあなたが団長でしょう」

「ははは、私も間もなく退役ですがね」


 ヴィゼたちはぎょっとして男を見つめた。


 ゼエンはフルスの元近衛師団長である。

 男がゼエンの部下だっただろうことは、その言動から明白だ。

 だからヴィゼも、見覚えがあるような気がしたのだろう。


 けれど、まさか。


 ――現近衛師団長!?


 王宮を、国王の側を離れてこんなところにいていいのか。


 ヴィゼたちの驚愕の視線に気付いているのかいないのか全く動じた様子もなく、フルス王国近衛師団長リーセンは喜色満面だ。

 厳つい顔にはゼエンを慕う気持ちが溢れていて、ヴィゼは罪悪感を刺激された。


 ――僕が、こういう人たちから御大を奪った――


 傲慢だと分かりながら、罪悪感は消えてくれない。

 さらにそんなヴィゼを刺すように、声が届いた。

 忌まわしい名で、彼を呼ぶ声が。


「アイザラの息子……!!」


 アイザラ――それは、ヴィゼがずっと口にせずにいた名だった。

 ヴィゼの実父、悪名高き領主の、今は失われた家名だった。




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