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黒水晶の竜  作者: 隠居 彼方
第5部 修復士とはじまりの場所
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02 修復士と恩赦



 早速戻って遺跡調査の準備に取り掛かるというイグゼたちを見送って、朝食の片付けを終えた<黒水晶>メンバーは再び食堂に集まった。

 依頼について<黒水晶>内で話をしておく必要があったからだ。


「リーダーには恩赦の話が出ているのですなぁ」


 ラーフリールがゼエンの隣で上機嫌に座っている。

 その頭を優しく撫でてから、ゼエンはそう口にした。

 仲間たちが聞きたかったであろうことを。


「恩赦?」


 ゼエンとよく意味の分かっていないラーフリール以外の顔に、驚きの色が浮かぶ。


 現時点でイグゼの前では言うことのできなかったことであるが、<黒水晶>メンバーにであれば問題ない。

 そう判断したゼエンは、穏やかに続けた。


「陛下、いえ、フルス国王はしばらく体調を崩し気味で、御年も御年ですし、この一、二年の内に退位されるということなのですなぁ。そこで皇太子殿下の即位に合わせて恩赦が実施されるのですが、その中にリーダーの名前も上がっているのですな。今回はその時期を前倒しにしていただこうかと」

「……そんなことできるのか?」

「フルス王国の魔術の発展のため……、などですな、色々と最もな理由を上げられますし、事情を説明すれば陛下はおそらくすぐにでも手続きを進めてくれるかと思います。そもそも最初からリーダーの刑の執行には反対されておりましたし、これまでにも恩赦の話は出ていたのでですなぁ」

「そうなんか……」


 次々に出てくる初耳話に、話を聞く方は茫然とするばかりである。


「……とりあえず良かったな、ヴィゼ」

「……うん、そうだね。そういうことならこそこそせずに遺跡調査に行ける」


 恩赦の話は今回の依頼を遂行するにあたっては有り難いのだが、唐突すぎていまいち実感がわかないヴィゼだった。

 二度とフルスに戻ることはないと考えていたから、余計に。


「……元近衛師団長やからて、御大どっからその情報持ってくるん?」

「陛下とは文通を続けておりましてなぁ」


 国王と文通……。


 と、何とも言えない仲間たちの視線が交差する。

 フルスに有利となる情報があった場合、ゼエンはそれをおそらく故国に送っているだろう、とヴィゼは承知していたが、まさかそんな形容をされるとは思ってもみなかった。


「……とにかくヴィゼは行けるっつうことで。クロは当然、ついて行くだろ」


 束の間の沈黙を振り払うかのようにエイバに確認され、クロウはこくりと頷く。

 ヴィゼを守ることを己の役目と心得ている彼女が、仕事に向かうヴィゼに同行しないということは余程のことがない限りない。

 現在二人が――どちらかというとクロウが一方的に――気まずい雰囲気であろうとも、それは変わらないことだった。


「フルスの調査員も来るんなら、御大にも行ってもらった方がいいよな」

「はいですなぁ」


 依頼に赴くメンバーをこうして決めていくのは、<黒水晶>では珍しい光景ではない。

 ヴィゼだけが修復士として呼ばれるなど、それぞれが個人で仕事を引き受けることも多いからだ。


「あと、セーラも喚びたいかな。調査中はともかく、往復で彼女の能力はかなりの助けになる。もちろん了承がとれればだけど」

「確かに」

「後で聞いておくよ」


 セーラが頼みを断ることはほぼ考えられないので、彼女もメンバーに決定だろう。


「で、俺らはどっちかが居残るか」

「せやねえ」


 エイバとレヴァーレが難しい表情になるのは、ラーフリールのことがあるからだ。

 これまで依頼のためにレヴァーレの両親にラーフリールを預けることは多々あったが、二人が揃ってキトルスを離れるのは数日といったところだった。

 だが今回の依頼で向かう遺跡まで、調査員たちやその荷物を載せた馬車で移動して片道半月はかかる見込みだ。

 調査と帰路を合わせて順調にいけば約一月半ほど、手こずるようなら二ヶ月以上キトルスを離れることになる。

 まだ幼いラーフリールを残して両親が二人ともそれだけの期間ここを離れるというのは、エイバにもレヴァーレにも抵抗が大きいことだった。


「回復役がついて行った方がいいと思うが……、ヴィゼ、どうだ?」

「そうだね……、率直なところを言えば、ラフには悪いけど戦力は多ければ多いほど助かる。五千年前の遺跡の中がどうなっているか全く分からないから……、一体何がどうなるか。ただ、確かに今回はどちらかと言えば、治療魔術があった方がいいだろうね。イグゼさんたちやフルス側がどれだけの人員を投入してくれるのか分からないし」


 ヴィゼの発言で、レヴァーレが国境へ、エイバが留守番かと決まりかけた時。


「わたしのことなら、だいじょうぶですよ」


 ラーフリールがにこにことそう言った。


「え、ラフ?」

「おばあちゃんとおじいちゃんのところでおるすばんしてます」

「やけど……」

「だいじょうぶです。ここなら知り合いの人も、友だちもたくさんいます。だから、おしごとで一番あんしんできるようにしてください。わたしはみんなに、けがとかしないで帰ってきてほしいです」

「ラフ……っ!」


 レヴァーレは感激のあまり娘をきつく抱きしめた。

 その隣でエイバが両手で顔を覆い、「うちの子が神々しすぎてつらい……」と漏らす。

 健気な台詞に胸を打たれたのは他の三人も同じだ。


「ラフ……、ありがとう」

「おみやげ、たのしみにしてますね」


 えへへ、とラーフリールは笑う。


「ゼエンさま、こんやくゆびわがおみやげだとうれしいです」


 それは大人たちの罪悪感を晴らすための年齢にそぐわない気遣いに溢れた言葉だったが、まぎれもない本音でもあった。

 それにエイバが先ほどとは別の意味で顔を手で覆うが、その嘆きはともかくとして、こうしてラーフリールの進言により今回の依頼には<黒水晶>フルメンバーで臨むこととなったのである。


「それじゃそのつもりで必要なもん揃えないとな」

「だね」

「うちは協会に行ってくるな。しばらく不在になるの、確定やて言うとかな。ラフのことも頼んでくる。皆の仕事のことも適当にやっとくけど、ええよな」


 ゼエンもエイバも協会から教師の仕事を引き受けている。

 イグゼから連絡が来た時点で仕事を減らせるように話はしていたが、きっちりと代理を頼んでおかなければならなかった。


「ええ時間やし、早速行ってくるわ。ラフ、一緒に行こか」

「はい」


 ラーフリールは今日、教会での勉強会に参加する予定だった。

 ぴょんとイスから降りたラーフリールとレヴァーレが本拠地を出ていく。

 母子が仲良く出かけていくのを見送って、「さて、」とエイバが声を上げた。


「俺たちも買い出しに出ねえとな。……その前に、一ついいか?」

「うん?」


 エイバはヴィゼとゼエンに視線を向けた。

 がしがしと頭をかいて、「今更って気もするし、聞いていいのかとも思うんだけどな」と躊躇いがちに続ける。


「ヴィゼがフルスじゃ罪人扱い……ってのを、御大は知ってたわけだよな。そんで御大は、フルスの元お偉いさんだろ。それがなんで、一緒にモンスベルクに?」


 それはずっと以前から、時折ふと浮かんできた疑問ではあった。

 元近衛師団長であるゼエンと、国外追放処分を受けたヴィゼ。

 ヴィゼの事情をはっきりと聞いたのは最近のことであるが、それがなくとも不思議に思っていたことだった。

 ヴィゼとゼエンの距離感を、その縁を。


 けれど出会った最初はエイバ自身が訳ありでずけずけと聞くのは憚られたし、時間が経てば今更という気がして、どうにも尋ねられなかった。

 ヴィゼもゼエンもその出会いを口にすることは決してなかったから、聞いてはいけないのだろう、とも感じていた。


 ――でも多分、今がちょうどいい機会なんじゃないか?


 ヴィゼがこれまで隠してきたあれやこれやが出てきたばかりである。

 何かあるなら、それに関してもそろそろ打ち明けてくれていいのではないか、などとエイバは考えるのだった。


「あー、それもそう言えば言ってなかったっけ……」

「フルスで会ってそれから行動を共にしてる、くらいは言ってたけどな」


 ヴィゼはゼエンを窺った。

 止めに入らないということは、言って構わないということだろう。


「最初はさ、言うと気まずくなるかなと思って。時間が経っちゃうと、それこそ今更って感じだったから、そのままだったんだよね」


 言い訳がましく前置きして、ヴィゼは答えた。


「御大はさ、僕の監視役なんだよ」

「……はぁ?」

「僕が犯罪に手を伸ばさないように、何かしたら止めに入れるように、フルス国王が命じたんだ」


 エイバはあんぐりと口を開け、ヴィゼを見、ゼエンを見た。


「……ヴィゼお前、それ本気で言ってんのか?」

「本気、って言うか、本当のことだけど……」

「おい御大、マジなのかよ?」

「ええ、まあ」


 エイバは理解不能と頭上に浮かべ、ずっと黙ったままのクロウに視線を移した。

 クロウは落ち着いた様子でそこに佇んでいる。

 そちらの方がむしろ雄弁で、エイバは深く溜め息を吐いた。


「……そういうことにしといてやる。行こうぜ」


 やれやれと肩を竦めるエイバの反応が、ヴィゼは腑に落ちない。

 だが何とも言えずに、彼はその後に続いた。




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