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黒水晶の竜  作者: 隠居 彼方
第4部 修復士と古の“呪い”
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24 黒竜と修復士の想い



 ほとんどベッドの上で過ごした一日は、クロウにとって苦痛と言うべきものだった。

 何もせず横になっているだけでもつらいのに、昨日から今日にかけての出来事を思い出してしまい、申し訳なかったり恥ずかしかったり苦しかったり、頭が爆発してしまいそうになるのだ。


「……無理だ。眠れない……」


 そして、夕食も終えて、夜。


 窓から見える空は真っ暗で、クロウが部屋で明かりを使わないものだから、部屋の中も暗い。

 仲間たちはベッドの住人になっている時間帯だが、一日の大半を横になって過ごしていたクロウに、そんな暗闇の中でも眠気は全く訪れてくれなかった。


 ――隠家に行って修行、とか、……レヴァに怒られる、よな……。


 どうしよう、と途方に暮れていたところ、部屋のドアがノックされた。

 こんな時間に、と思いながらクロウは起き上がり、ドアを開ける。

 その向こうにいる人のことを、クロウが分からないはずはなかった。


「あるじ、どうした?」

「うん……、ちょっと。クロウ、起きていた、よね?」

「眠れなくて困っていたところだ」

「僕もだよ。……入ってもいい?」


 ヴィゼは何故だかひどく緊張しているようだった。

 クロウは首を傾げながら、ヴィゼを中に入れる。


「明かり、出すね」


 ヴィゼの魔力もほとんど回復している。

 蝋燭は使わず、ヴィゼは魔術で部屋に淡い光源を作り出した。


「あるじ、大丈夫なのか? すまない、気が付かなくて……」

「大丈夫だよ」

「ここに座ってくれ。きつくなったら横になっていいぞ」


 クロウはベッドをぽんぽんと叩いた。

 ヴィゼはしばらく逡巡した後、ベッドの端に腰を下ろす。


「……あの後、ゆっくり話せなかったから」


 隣に腰掛けたクロウに、ヴィゼはそう切り出した。


「明日以降でも、悪いことはないんだけどね。でもできれば、早く時間がほしくて。昼間はベッドから抜け出せなかったから」

「うん……」


 どこか様子の違うヴィゼに、少し前のクロウならば悪い話かと勝手に心臓を痛めていただろうが、今はその考えが浮かんでも、きっとそれは違うと思えた。


「……叱られてしまったな、あるじ」


 ヴィゼは何か言葉を探すような様子である。

 何となくその沈黙に耐えられず、クロウは小さくそう言った。


「うん……叱られちゃったね」

「フィオーリの言っていた意味が分かった」

「そう、だね……。僕たちは、囚人なんかじゃ、なかった」


 完全にそうとは、二人とも思えなかったのだけれど。

 だからといって、皆の思いを否定したくもなくて。


「……明日からも、みんなといられるんだな」

「うん」

「あるじ……ありがとう」

「え?」


 無防備な表情を見せたヴィゼに、クロウは笑った。


 本当はクロウは、謝りたかった。

 ヴィゼはきっと、クロウのためにずっと苦しんでいたから。

 どれほどのつらさを抱えて、ヴィゼが皆の、クロウの側にいたのか。

 クロウのために痛みを我慢してくれていた、そんなヴィゼに謝りたかった。

 けれどそれを、ヴィゼは望まないのだろう。

 クロウが痛みを覚えれば、それから守ってくれようとするヴィゼだから。


 だからクロウは、ありがとうと告げた。


「わたしがこうして居場所を得られているのは、全部あるじのおかげだから……」


 微笑めば、ヴィゼは何故か目元を覆った。


「あるじ?」

「うん……いや、なんかもう、いっぱいいっぱいで……」

「あるじ、熱が出てきたのではないか?」


 ヴィゼの耳元が真っ赤になっていることに気付き、クロウは心配そうに眉を寄せた。


「やはりレヴァの言う通り――」

「ううん、そういうのじゃないから。大丈夫」

「そう、か」


 それでも心配で、クロウは異変を見逃さないようにと、じっとヴィゼを見つめる。

 視線の先、うん、と言ってヴィゼは目元から手を下ろした。

 ふ、と息を吐く横顔は、何故だか艶っぽくも見え、クロウはそわそわとする。


「あのね、クロウ――ルキス。聞いてほしいんだ」

「う、ん」


 ヴィゼはやはり緊張している。

 真剣で熱のある眼差しがクロウを捕え、彼女の心臓が大きく跳ねた。


「僕は君のことが好きだよ」


 聞き間違いかな、とクロウは思った。

 もしくは自分は今、本当は眠っているのかもしれない。

 今日は寝たり起きたりを繰り返していた。

 夢と現実が、分からなくなっているのかもしれない、と。


「家族としても、仲間としても――異性としても」


 呼吸が止まった。


「……僕は君を契約で縛り付けている。これ以上求めるなんて駄目だって、そう思っていた。いつかは君も番を得る。それが人か幻獣かは分からないけれど、それを邪魔したらいけないって……。でも、もうそれは、無理だ。最初から無理なことだったんだ。ようやく分かったよ。僕は君を誰にも渡したくない。誰にも、どんな意味でも。全部を僕のものにしたい……」


 熱っぽい囁きが、クロウの耳を直撃する。

 わたしは死の途中にあるのかもしれない。

 クロウは己の生さえ疑った。

 実際、呼吸は止まったままだ。


「……ルキス、大丈夫? 息して、息」

「あ、ああ……」

「ごめん、びっくりさせたよね……。嫌だった?」


 クロウは首をぶるぶると横に振った。

 ヴィゼがほっと表情を緩ませる。

 それにクロウは白旗を上げたくなったが、ヴィゼの攻撃はまだ終わらない。


「クロウは誰か……、恋人、とか、伴侶にしたい相手は、いる……?」


 今度は不安げに問いかけられる。

 それはあなただと、クロウは言い出せなかった。

 唇は凍りつき、ただ無言で首をまた横に振った。


「……良かった。もしいても……、諦めるつもりなんて、ないんだけど」

「あるじ……、」

「ルキス、僕は絶対に諦めないよ。これから君を、全力で口説くつもりでいる。君が頷いてくれるまで」


 酸欠が続いているのだろうか。

 頭がくらくらする。


「だからルキス、覚悟しておいてね。でももし、君が心底僕のことを嫌だと思ったら、その時は、僕のことを殺して逃げて」


 ぎくりとして、クロウはヴィゼの左腕を掴んだ。


「そうでもしないと、僕は君のこと、離してあげられない。……ごめんね」


 ごめんね、とヴィゼは言う。

 クロウは苦しくなって、また首を横に振った。


 嬉しい、ヴィゼの気持ちは自分のものなのだ、と。

 そう、これ以上ないほどに歓喜を覚えるのに。

 胸が詰まって、泣きそうだった。


「……それを、伝えておきたかったんだ。後にしたら、尻込みしちゃいそうで。誰かに、隙を与えたりだって、もうしたくなくて。突然のことで驚かせてしまったと思うけど……、前向きに考えてくれたら嬉しい」

「あるじ……」


 ヴィゼは困ったような顔で、クロウの顔を覗き込んでいる。

 わたしは今どんな顔をしているのだろう、とクロウは思った。


「ごめんね」


 もう一度ヴィゼは謝った。

 それは一体、何に対する謝罪なのか……。


「話を聞いてくれてありがとう。今夜はこれで部屋に戻るよ。……これ以上ベッドで並んでいたら、襲っちゃいそうだ」

「――え、」


 ぽかんとして、クロウは立ち上がったヴィゼを見上げる。


「おやすみ、ルキス」


 ヴィゼは少し躊躇ってから、そっとクロウの髪を撫で、静かに部屋を出ていった。


「……おやすみ、なさい」


 消えてしまったヴィゼの背に返事をして。

 クロウは全身を真っ赤に染め上げると、ベッドの上できつく膝を抱える。


 混乱に混乱が重なって。

 今夜はやはりもう、眠れそうになかった。











 第4部 了


 第5部へ続く




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