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黒水晶の竜  作者: 隠居 彼方
第4部 修復士と古の“呪い”
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23 修復士と双子の辞去



「また来ます。絶対来ますからね!」


 それから、王都へ戻ることとなったエテレインは、玄関ホールでしつこいくらい念を押した。

 できればまだキトルスに滞在していたかったエテレインだが、参加予定の夜会が今夜開かれるのだ。

 <消閑>の仕事の成否によっては不参加にと考えていたのだが、件の合成獣問題は解決したため、逃げるわけにはいかなくなった。

 アルクスもモンスベルクの王宮へ報告に行かねばならないというので、エテレインは泣く泣くクロウに――<黒水晶>の面々に暇を告げる。


「うん、待っているから……」


 はにかみながら返したクロウに、エテレインはまた感極まって抱き着いた。

 その光景にヴィゼは心の底から安堵し、同時に負けられないという思いを強くする。


 そんなヴィゼに、ついとアルクスが歩み寄った。


「此度は大変面倒をおかけしました。この借りは、またいずれお返しします」

「いえ……」


 昨日のことがあったばかりである。

 ヴィゼが顔を強張らせていると、アルクスは苦笑を浮かべた。


「昨日の暴言については謝罪します。本心ではあったのですが……、あなた方を少々試させていただきました。特にあなたを」


 それは、<黒水晶>がクロウの居場所にふさわしいか否か、ということであろう。


「……どう判断されましたか」


 恐れるのではなく、挑むようにヴィゼは尋ねた。

 アルクスの判定がどうであろうと、ヴィゼはクロウを手放すつもりなど微塵もない。

 クロウは気にするかもしれないけれど、それでもと、譲らぬ思いを込めて見返せば、アルクスは愉しげに笑った。


「合格、にせざるを得ませんね。あそこまできっぱりと宣言されてしまったからには……。まあ、我々の懐疑や試験などに大した意味はないのですが。母はあなたのことを認めていましたし、ね」

「え……」


 白竜が、とヴィゼは目を丸くする。


「……あなたはそれほどの人物なのです。自覚の有無はともかくとして、黒竜と契約を結び、我々に認められている――。失わせるには惜しい……、ですから、余計なお世話とは思いますが一つ忠告を」


 アルクスはそこから先を、概念送受に切り替えた。


『昨日のあの魔術……これまでに何度使ったかとは聞きませんが、これ以上の使用は止めておくべきです。あれの危険性については、ご存じですね?』


 神妙な顔つきになって、ヴィゼは頷いた。


『クロウ殿にはまだ、昨日の詳細はお伝えしていないのでしょう。話さないままでいておあげなさい。あなたがあの魔術を知っているというだけで、あの方には衝撃的なことでしょうから……』


 “全視の魔術”は危険に過ぎて、クロウにエイバのことを伝える時もはっきりとは言えなかった。

 他の仲間たちにも、かの魔術の概要は伝えていてもその名すら言わないままだから、もし十年前のことをクロウが追究しても誤魔化すことはできるだろう。

 とはいえ、クロウはヴィゼを過大評価してくれているので、あるじなら何とでもできる、とほじくり返すようなことはしないだろうと思われた。十年前のことも、昨日のことも――“呪い”が関わることだから、余計に。


 ヴィゼはそこまで考えつつ、どういうことかと表情で問いかけるが、アルクスは答えなかった。


『クロウ殿は、あなたの真名を知っていますね?』


 むしろ逆にそう問いかけられ、ヴィゼは反射的に肯と返す。

 それにアルクスは、満足げに頷いて見せた。


『それならば安心ですね。……それにしてもあなたは、思いの外豪胆な方だ。私には恐ろしくて使えません……あの魔術――“全知の魔術”は……』


 アルクスは“全視”ではなく“全知”と言った。

 その齟齬にヴィゼははっとしてアルクスを見るが、そろそろとサステナに声をかけられ、尋ねる機会を失う。


「それではヴィゼ殿(・・・・)、いずれまた。クロウ殿のためにも、あなたの魔術研究が順調であるよう応援しています」


 最後にアルクスはそんな台詞を残し、ヴィゼをぎくりとさせた。

 別れ際のそれに、アルクスの性質の悪さを実感し、彼の姿が馬車の中に消えていった時には思わずほっとしてしまう。


 そうして<黒水晶>は客人たちを見送り、もう一人、残った客も――。


「それじゃ俺も、そろそろ行くわ」


 シュベルトにはシュベルトで、なすべきことがあった。

 白竜の遺産である隠家を探さなければならないのだ。

 時間はあるが、そうやって油断していると恐ろしいことになるかもしれない……。


「ようやく落ち着けるな。せいぜい頑張れ」


 クロウの憎まれ口に、シュベルトは彼女の額をぺしりと叩く。

 痛い、と恨めしげに見上げてくるクロウに、シュベルトは笑った。


 気安いやりとりにヴィゼは顔を引き攣らせ、他のメンバーは興味深そうにそんな彼らを見守る。


「……シュベルト殿、昨日はその――」


 二人の雰囲気をそのままにしてもおけず、また昨日無理矢理魔力を借りたというよりブン盗った件については謝罪も感謝も伝えていなかったと、ヴィゼは割り込むように前に出た。


「おう、気にしてねえよ」


 そんなヴィゼを遮るように、シュベルトはさらりと言う。

 むしろそれはクロウに詳細を告げることを禁じるようで、ヴィゼはそれ以上触れないことにする。

 ライバルに勝ちを譲られるようで、どうにも落ち着かなくもあるのだが……。


 そんなヴィゼの内心を知ってか知らずか、シュベルトは機嫌良く笑う。

 シュベルトもまた、ヴィゼを、<黒水晶>の仲間たちを見定めたく思ってここまでやって来た。

 その甲斐があった、と思えたからこその笑みである。

 <黒水晶>も、そしてエテレインも、シュベルトを納得させたのだ。

 そうでなければ、彼はここを立ち去ろうとはしなかっただろう。


「世話になった。また寄る。ここのメシはウマいからな」


 ゼエンが「光栄です」と頭を下げた。

 彼の料理は他の仲間たちも誇りに思うところであって、シュベルトの真っ直ぐな賛辞に、皆が再会を願う言葉を次々に送る。

 そもそも、威圧感のある男ではあるが、アルクスほど捻くれておらず、その言動には親しみを感じさせるところがあって、<黒水晶>メンバー(ヴィゼ除く)からは好意的に受け入れられていたのだ。


「元気でな」

「お前も」


 シュベルトはクロウの頭を一度乱暴に撫でてから、ドアを開けた。

 振り返った彼は、束の間、獰猛な瞳でヴィゼを射抜く。


『……こいつのこと、頼んだぜ、<ブラックボックス>』


 ヴィゼは唇を引き結び、頷いた。

 ひらりと手を振って、シュベルトは出ていく。

 最後に言い置いて行く兄弟だ、とヴィゼは天井を仰いだ。








 客人が帰ってしまうと、ヴィゼとクロウは再び自室に追いやられた。

 今日一日は絶対安静、とレヴァーレからきつく言われている。

 クロウに関しては<影>も休むようにとのお達しだ。


 ゼエンはヴィゼがベッドに入るまでちゃんと見届けるようレヴァーレに言われ、ベッドまでヴィゼに付き添い、苦笑を向けられた。


「……見張りがなくても、ちゃんと横になるよ」

「リーダーには、これまで色々と無理をしてきた前科がありますからなぁ」


 反論できないヴィゼは、すごすごと布団を被った。


「それでは、昼食の用意ができましたらまた――」

「あのさ、御大」


 出ていこうとしたゼエンを、ヴィゼは引き留める。

 彼は大きく息を吸って、それから静かに告げた。


「御大は、僕を……、斬らないね」


 ヴィゼがこれを言うには、かなりの勇気が必要だった。

 それは聞く方も同様で、ゼエンは見事に固まってしまう。

 ヴィゼはそれを聞かないだろうと、ゼエンはそう決めつけていた。


「正直なところ僕は……、召喚魔術のことを知られた時点でアウトだと思ってたんだけど……、御大はむしろ、エイバたちと一緒に僕のことを受け入れてくれた。“呪い”のことでも、僕は……斬られるかもしれないと思ってたよ。だけど、御大は――ゼエン殿は、」

「ヴィゼ殿、」


 ゼエンは逃げるようにヴィゼを止めた。

 頭の中で、言葉を探す。

 今告げるべき、告げても良い、言葉を。


「あなたは、あの領主のような過ちを犯してはいません」

「そう……かな」

「ええ」


 ふぅ、とヴィゼはベッドの中で体の力を抜いた。


「僕はクロウを……、縛り付けようとしてる。それも、許されるかな」


 ぽつり、と零される。

 ゼエンはベッドに近付いた。


 ――この子(・・・)は今でも、許しを求めずにはいられないのか……。


 そう、悲しく思う。


「縛り付けるという考えが、間違っているのではないかと思いますなぁ」

「……?」

「リーダー、あなたは……クロウ殿を、孤独から救われているのです」


 思わぬことを言われた、とヴィゼは目を瞬いた。


「僕が……救えているかな。彼女を」

「クロウ殿はそれを肯定しかしないでしょうなぁ」


 ふ、とヴィゼは口元を綻ばせる。


「御大」

「はい」

「ありがとう」


 いえ、と穏やかに首を振り、今度こそゼエンはヴィゼの部屋を出る。

 朝に見せたものとは別の、覚悟を決めたようなヴィゼの瞳が、ゼエンの脳裏に焼き付いていた。


「……やはり、もう」


 その先は、胸の中だけで呟いた。




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