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黒水晶の竜  作者: 隠居 彼方
第4部 修復士と古の“呪い”
103/185

18 少年修復士とクラン結成②



「――は、」


 あまりにも予想外の発言に、頭が理解を拒む。

 ヴィゼにしては珍しく言葉の咀嚼に時間を要し、彼の反論までにゼエンは二度手元のカップを持ち上げた。


「……ゼエン殿、それは、僕がクランを作ってそこにエイバを加えるということですか? それでは何の解決にもなっていません」

「そんなことはないのですなぁ。少なくとも勧誘に煩わされることはほぼなくなるでしょうからな。お二方も気が休まることと思いますなぁ」

「それは……、そうかもしれませんが。僕のこの身の上ですよ。クランなんて……」

「協会はヴィゼ殿の所属を認めておりますなぁ。クラン設立も通るでしょう。それはつまり、問題がないということではないですかな?」


 ゼエンの言うことは、全くもってその通りである。


「ですが……、ですがもし、いつか彼らに何か……」

「そんなことは起こらない可能性の方が高いのですなぁ。それに何かあれば、ヴィゼ殿は追い出されてしまえば良いのですな。お二方はそうしたことは好まれないでしょうが、対外的には責任を取って処罰したとでも示しておけば、そう深刻な事態にはならないかと」


 ヴィゼは反論の言葉を失ってしまった。

 ゼエンの言葉通りにすれば――おそらくヴィゼが気にしているほとんどのことは解決する。

 だが、ヴィゼはいずれ彼の黒竜を取り戻すつもりでいるのだ。

 それはやはり仲間たちに汚名を着せることになるかもしれないし、それだけでは済まないかもしれない。

 クランへの所属、クランの設立――それにはヴィゼの心理的抵抗が大きすぎた。


「それに、ヴィゼ殿もまだキトルスから離れるには早いとお考えではないですかな。ここでヴィゼ殿が目的を果たす間だけでもクランを置いて、その間に二人には十分恩に報いてもらい、離れるのはその後でも遅くはないのではないかと愚考いたしますなぁ。今おそらくここを離れても――お二人はヴィゼ殿を追いかけてくるのではないかとも思われますからなぁ」


 キトルスにいる理由の方に、ヴィゼの心の天秤は傾いた。

 “あの子”のことを考えれば、ここを離れたくないのは確かだ。

 今度こそ完全にぐうの音も出ず、ヴィゼは茫然とゼエンを見つめた。


「……ゼエン殿、何だか悪役の台詞っぽいですね……」

「たまには悪くないですなぁ」


 のほほんとゼエンは言った。


「――少し、考えてみます」


 それがこの時の、ヴィゼの答えである。






 それから数日考えてみたが、結局、ヴィゼはゼエンの提案を是と判断した。


 ヴィゼがクランを立ち上げ、それにエイバとレヴァーレが加わってくれるなら(エイバが首を横に振ることはおそらくないだろうし、エイバが頷くならレヴァーレも一緒だろう)、少なくとも今の二人の負担を減らすことはできる。

 ヴィゼもキトルスを拠点に、資料集めを続けられる。

 心置きなく、“あの子”を取り戻すための日々を続けられるのだ。


 もし何か悪いことが起きれば、ゼエンの言葉通りにすればいい。

 二人を守って、ヴィゼは消えてしまえばいい。


「そういうわけで、これからもよろしくお願いします」


 決心したヴィゼはゼエンにクラン設立の旨を伝えた。

 その立場から、ゼエンがクランに加入しないということは考慮の外である。


「こちらこそ、お願いいたしますなぁ」


 にこにこと微笑んだゼエンに、ヴィゼは何となく嵌められたような気持ちになる。


 ――ゼエン殿も、勧誘には結構参っていたみたいだし……。


 それもヴィゼが押し付けてしまっている負担である。

 ヴィゼは溜め息一つで疑惑を押しやって、その日の内にエイバとレヴァーレにも話をした。

 二人は二つ返事で頷き――一日くらい置いてくれても良かったのに即答だった――、ヴィゼは三人に押されるようにして、協会でクラン立ち上げの申請をすることになる。


 ――全く、想定の範囲外すぎるよ……。


 ゼエン、エイバ、レヴァーレ。

 フルスにいた間に想定などしていなかった存在が、仲間が三人もいるというのに、その上自分がクランを立ち上げるなど、これは現実のことだろうか。


「クランの名前は決めてあるのか?」

「ああ、うん」


 腑に落ちないといった表情で、協会の隅の一席、申請書に向かいペンを走らせるヴィゼに、エイバは聞いた。


「<黒水晶>、にしようかな、と」

「へえ、」


 その命名の理由を、他の三人は眼差しで問う。

 黒水晶、と書きながらヴィゼは答えた。


「……すごく綺麗な黒水晶を見たことがあるんだ。世界であの黒水晶以上に綺麗なものはないと思う。……だからさ、皆でそれを、見られたらって。いつか、できるなら」


 そう、もしできるなら。

 “あの子”を取り戻した時、皆があの子を受け入れてくれるよう。

 “あの子”の居場所を、つくることができるよう。

 四人と“あの子”とで、笑い合えたなら、と。


 その光景を脳裏に浮かべ、ヴィゼはその日ようやく笑みを見せた。


「へえ、そりゃ、いつか絶対見てやらねえとな」

「クランの目標、やね」

「良いですなぁ」


 笑顔の仲間たちに、ヴィゼは目を細める。

 ふ、と彼は立ち上がり、三人を伴って申請書を受付に提出した。

 ここまでの道のりを知らず、クランの成立が認められるのはあっと言う間のことだ。


 ――こんなに簡単に叶うことは、決してない……。


 “あの子”のいる未来。

 皆で笑い合う未来。


 それを実現することが、いかに困難なことか。

 いかに儚いことか。

 ヴィゼは知りながら、足を止めることはない。


 およそ十年後、歩み続けた彼は全てを手に入れることが叶うのだけれど。


 それをこの時の少年が知る由もなく、……そして青年となった彼もまた、近く訪れる己の未来を知らないのだった。




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