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黒水晶の竜  作者: 隠居 彼方
第4部 修復士と古の“呪い”
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17 少年修復士とクラン結成①



 ヴィゼが倒れてしまったので、三人の感動はすぐに吹っ飛んでしまった。

 一日経って目覚めたヴィゼは功労者であることなどすっかり棚上げされ、無理したことを三人から叱られることとなる。



 それからまたあっと言う間に月日は過ぎ、季節は秋へと移り変わろうとしていた。

 キトルスに来たのは春先だったのになぁ、と起き抜けのぼんやりとした頭でヴィゼは思う。


 朝の空気は、冷たくて心地が良い。


 その中で、エイバとゼエンがいつものように稽古をしている。

 エイバはいつの間にか木剣を使うようになっていて、ゼエンもますますやりがいがありそうだ。


 少し離れた場所からそれを見守りながら、エイバはもう大丈夫そうだとヴィゼは再確認した。

 時々“呪い”の名残で悪い夢を見ることはあるようだが、それもやがてなくなっていくだろう。

 多少の身体能力の向上もそのままのようだが、戦士として悪いことではない。

 レヴァーレによると、“呪い”に対抗するために魔力が通常とは違う働きをして、身体を強化しているのではないか、ということである。

 その代わり“呪い”を得てからの彼は魔力を意識して使うことができなくなったようだが、そもそもの魔力量が少ないため、魔術を使えないことに不満は全くないようだ。


 ――元気そうで、何よりなんだけど……。


 ヴィゼはずっと、もやもやしたものを抱えている。


 その原因はいくつかあって、一つはエイバがいまだにヴィゼたちとの同居を続けていることだった。

 別に出ていってほしいわけではない。

 エイバは気遣いのできる男であるし、ヴィゼとゼエンとの関係性も相変わらずなので、エイバがいてくれればぎこちない瞬間が生まれることもなかった。実家でこなしていたためか彼は割と家事も率先してやってくれる。ほとんど協力していないヴィゼが申し訳なくなるくらいだ。食事代も出してくれているし、不満はない。


 ただヴィゼは、全てが済んだらエイバは出ていくと思っていたのだ。

 最初の抵抗も記憶にあったし、一人の方が気が楽なこともあるだろうし、それに、問題が片付いたなら。

 レヴァーレとの同棲が始まってもおかしくない、と考えていた。


 実際、彼らはあの後順調に交際をスタートさせたようで、今日もデートに行くという話である。

 別に聞き出したわけではないが、昨晩夕食の席で「明日はデート」と惚気られたのだ。

 いや、エイバに惚気という意識はないのだろうが、ヴィゼはそう受け取った。


 二つ目は、エイバがどのクランにも所属する様子がないことである。

 これまたヴィゼは、問題が片付けばエイバはどこかのクランに所属するものだと考えていた。

 エイバはあちこちのクランで評価され、勧誘も受けているようである。

 彼がクランに入れなかったのは“呪い”のことがあったからだ。

 それがなくなった今、何故クラン加入をしないのか。


 ――エイバは僕に恩義を感じすぎている……。


 ヴィゼは憂鬱な溜め息を吐く。

 エイバはヴィゼに恩返しをするため、彼の側から離れないようにしているらしかった。

 クランに加入すればそのクラン中心に動くことになる。だからクランの誘いを断り、ヴィゼたちとの同居を続けているのだ。

 それはヴィゼの自意識過剰でなく、本人から恩返しさせてほしいと言われていた。


 ヴィゼは恩を売ったなどとは考えていないのだが、この場合はヴィゼの認識の方が誤っている。

 彼は自己を低く評価しすぎていた。自己否定が過ぎていた。

 確かにヴィゼは咎人だが、事情が事情であるし償いもしている。危うい魔術に手を出してはいるものの、ヴィゼは今のところそれで誰かに迷惑になるようなことは一切していない(不規則な生活を心配されてはいるが)。

 そのこととエイバを助けたのは関係のない話であるし、むしろ目的のためにせっせと魔術研究に励んできたヴィゼがいなければ、今頃エイバの命は失われていたのだ。たとえヴィゼの過去や目的を知っても、エイバの報恩の気持ちは変わらないだろう。


 だが“呪い”の正体を密かに胸の中に隠し、召喚魔術の研究を続けるヴィゼには後ろめたさがあって、故郷で見殺しにしてきた人々の顔が脳裏に焼き付いていて、どうしても自己を肯定的に考えられないのだった。

 勿論友人関係が変わらないことは嬉しい。

 だが、自分といることは彼にとってマイナスだ、どうにかしなければならない、と最近はエイバと顔を合わせればその焦燥が胸を焼いた。


 現にエイバがクラン加入を拒んでいることで心象を悪くしていたり、活躍の機会を不意にしていることもあるようだ。

 レヴァーレにもそれを伝えてみたことはあったが、彼女は彼女でヴィゼに報いるべきと考えていて、エイバの立場に賛同されてしまった。

 エイバは十分に戦士として活躍しているし、ソロで大成している者もたくさんいる、と彼女は言った。

 その通りでもあったので、ヴィゼはそれ以上言葉を重ねられなかった。

「うちかていつでもヴィゼやんのために働くからな」

 とまで言われてしまった。

 いつの間にか愛称で呼ばれるまでになっていて他の戦士たちの視線が痛かったが、それはともかくとして、レヴァーレのきらきらとした笑顔にすっかり参らされて終わったのである(言うまでもないがハートを掴まれたとかいう意味ではない)。


 どうしたものか、とここしばらく悩み続けた事案について解決策をやはり見出せなかったヴィゼは、エイバがデートに出かけた後、ゼエンに相談してみることにした。

 ゼエンにも何度か話をしたことはあったのだが、ゼエンには中立的な立場を表明されてしまっていた。彼は全員の心情が分かるだけに、誰の味方もしにくいようだ。


 それは分かるが、ヴィゼはこのなあなあとでも言うべき状態が続くのは良くない、と考えていた。

 このままずるずるとエイバやレヴァーレをヴィゼに付き合わせるのはいけないことだと。


「もういっそ、キトルスを出ることも検討した方がいいかなと考えているのですが」


 旧納屋で腰を落ち着け、向かいに座るゼエンに告げれば、彼の監視者は珍しく目を見開いていた。


「……そこまでせずとも」

「ですが、正直、申し訳なくて。僕は罪人なのに、それを隠して恩人面するのも……。クランの勧誘のことで揉めたりすることもあるようですし。今後何か悪いことに巻き込むこともありそうで」

「ヴィゼ殿の恩人面ですか。見てみたいものですなぁ」

「……ゼエン殿、」


 非難がましい視線から目を逸らし、ゼエンは手元の茶を啜った。


「そうですなぁ」


 ヴィゼがそこまで思い詰めているとは、ゼエンも気付いていなかった。

 その内エイバとレヴァーレの熱意に絆されてくれれば等と考えていたのだが、甘かったようである。


 ゼエンは実のところ、エイバとレヴァーレ側の考えだった。

 ヴィゼはもっと報いられて良いはずであるし、これまでまともな人間関係をほとんど築いてこなかった少年には、エイバやレヴァーレのような同年代の友人が必要だと考えていた。


 だがヴィゼは、彼らから逃げようとしている。

 ゼエンにはヴィゼがそうしてしまうのも分かった。

 未知は恐ろしいものであるし、ヴィゼは父領主の元にいた間に多くの人が消されていくのを見すぎてしまったのだ。

 もうかの領主は死んでしまっていないのだが、それでも恐怖は意識しないところで根強く残っているのだろう。

 隣にいた仲間が、次の日には死んでいる。それがまた、繰り返されるのではないかと……。


 それについてヴィゼは自覚していなかったが、ゼエンの洞察は当たっている。

 ヴィゼはゼエンの知らない闇も理由も抱えているが、二人から距離をおかなければと思い詰めるのは、それも大きな理由の一つだった。

 殺された母親、消えていった黒い影、そして命を落としていく仲間たち。

 ヴィゼが意識的にも無意識的にも新しい仲間を作ることから逃げるのは、いずれ失うことを極度に恐れるから、失う恐怖を知っているからだった。


「少し前から考えていたのですがなぁ」

「はい」


 内心のざわめきを表に出さず、ゼエンは穏やかに提案する。

 拠点を移す以外に名案があるのか、とヴィゼは期待の目を向けた。


「……クランのことで心を痛めているのでしたら、もういっそ、ヴィゼ殿がクランを作られてはいかがですかな?」




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