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鏡合わせの俺とあいつ。

作者: 橋田 日照

ある日、俺の部屋のクローゼットを開くとそこには一人の少女が居た。



       ☆☆☆



「おーい、涼介。私の制服のスカーフこっちに落ちてないか?」


朝、俺が制服に着替えている最中にそいつは無断で人の部屋に入ってきた。


「ああ? 知らねえよ。つーか涼子、こっちに来る時はノックぐらいしろ」


「いいじゃん、別に。涼介の部屋なんて私の部屋と同意、同意」


涼子は小さな唇を不満げに尖らせそう抗議すると、ずかずかと俺の部屋へと入ってくるのであった。――クローゼットの扉を潜り抜けて。


「たくっ、お前は本当外面はいいけど変なところでズボラだよな」


「うーん、パッと見だとないな。どっか隙間に落ちてるのかも」


「おーい、人の話聞いてます。つーか、自分の部屋を先に探せよ。どうして俺の部屋確定状態なんだよ」


そもそもこいつの起床時間から考えるに、殆ど自分の部屋を探索しないで真っ先に俺の部屋に来た計算になる。


俺は呆れながらも自分の着替えを済ませてベッドに腰掛けると、人の部屋で床に伏せ、本棚や机の隙間を覗き込む間抜けな背中にそう問い掛けてやる。短いスカートの裾から真っ白な太ももと下着が丸見えだ。


「えー、ほら昨日は涼介のジャージ借りてここで着替えたろう? だから多分、その時にどこかにいっちゃたんだと思う」


「前から着替えは自分の部屋でやれって言ってるだろ。と言うか、まずは自分のジャージを買え」


スカーフはまだ見つからないのか、それでも辺りをキョロキョロと見渡し、それに併せて後頭部で結った黒髪が尻尾のように揺れる。


「一々、涼介の所からジャージ借りて部屋に戻るのが面倒。それと私が男物のジャージなんて買ったら不振がられる」


「こうやって忘れ物捜しにくる手間の方が面倒だと思うが? つーか、女用のジャージを買え、そして通販使え、ブルジョアめ」


「い、や、だ。――あっ、涼介、足、邪魔邪魔。ベッドの下にちょっと失礼。……あー、やっぱりここにあった」


涼子は人の足をどかすとベッドの下を漁り、一枚のスカーフを取り出すとそれを自分の制服に巻きつけ、ついでとばかりに部屋の姿見で制服を整え、満足そうに頷いている。


「お前な、いくら俺相手だからってスカートで屈むなよ。パンツ丸見えだったぞ」


自由気ままな涼子に呆れ、ため息を漏らしながらそう指摘してやる。これで有名私立の金持ち学校に通う令嬢だと言うのだから、俺の中の幻想幻滅だ。


「何、あんた、私の下着見て興奮したのか? ちょっと引く」


わざとらしくスカートの裾を押さえ、俺にジト目を向けてくる涼子。小柄な身体で警戒心をむき出しにしてまるで猫のようだ。その姿は愛らしくも見えるのだが、――だが、


「それは無い、絶対に無い。確かに見た目は可愛いほうだが、中身を考えると吐きそうだ」


「だよねー」


俺の言葉に涼子もあっさりと同意する。


「あ、私そろそろ戻るわ。早めに出ないと下のカフェのモーニング売りきれる」


「毎日、外食とかマジで滅べ、ブルジョア」


ウチのマンションの一階にあるオサレカフェで朝食とかマジで滅べ!!


「だったら涼介がご飯作ってよ。そしたら私も一々外食とかしないで済む」


「い、や、だ。面倒くさい」


「あー、はいはい、涼介君はケチですねー」


不満そうに呟くと、クローゼットの扉に手を掛け、開くと中に入っていき、しかし何かを思い出したのか途中でこちらを振り向く。


「涼介、昨日言った約束忘れないでね」


「ああ、週末にゲーセンと映画だっけ? お嬢様も大変だよな。世間様の目が気になっておちおち遊びにもいけないとか」


「そうなんですよ。凡夫代表の涼介君には分からん世界なのですよ。こっちなら知り合いに見られる心配もないから、気が楽だわ」


「言ってろ。俺は凡人上等、非才万歳だ」


こいつみたいに金持ち、成績優秀な自分なんて想像もつかなければ必要ともしていない。


「はいはい、私もそんな涼介ダイスキダワー。――それじゃあ、またね、涼」


「ああ、じゃあな、涼」


そんな風にお互いに別れを告げ、クローゼットの扉はバタンと閉じられた。


「朝から騒々しい奴」


あいつの、涼子の本名は各務涼。――しかし俺の名前も各務涼だ。

俺達は同姓同名なのである。涼子、涼介というのはお互いを呼ぶのに区別する為につけたあだ名のようなものでしかない。


そして、それが偶然などである訳がないのだ。


あいつと出会ったのは三ヶ月も前になるだろうか。

ある日、俺の部屋のクローゼットを開くと、その中に涼子が居て、向こうからすれば俺が居たのだ。

原因は分からないが、俺達の部屋はクローゼットを通して異世界、いや厳密に言えば平行世界へと繋がってしまったらしい。


それが俺とあいつの名前が一緒の理由。――そう涼子は、並列世界における俺が女であった可能性なのだ。


無論、始めからそんなことが分かっていた訳ではない。お互いに混乱と困惑の末に、クローゼットがどこか別の場所に繋がっているという事実へとたどり着くと、幾ばくかの時間を要して状況の整理を行った。

結果、俺達の名前は全く同じであることが判明し、加えて住んでいるマンションの住所や部屋番号まで一緒だと言うのだ。


そこまで来ると互いに嘘をついていることを疑ったが、マンションの間取りを無視して繋がるクローゼットの件があり、どうしても相手を心底疑うことができずにいた。

果たして、俺たちはお互いに情報交換を行い、それを受けて目の前の相手が違う世界の異なる自分の可能性であるという仮説にたどり着いたのだ。

寧ろ、その理屈であるほうが色々と納得できてしまったのである。


好きなもの、嫌いなもの、その理由と、様々なプライベート情報を交換し合い、あまりに嗜好というか思考が俺達は似すぎていたのだ。正に鏡合わせのように。

勿論、俺は男であり、涼子は女である。完全になにもかもが同じではないが、それでも共感を得る部分は多く、逆にその僅かな不一致が別の可能性の自分として納得できてしまった。

まあそんなこんなで俺達は互いを平行世界のもう一人の自分として認識するに至ったのである。


そして、いつの間にか二人の部屋を行き来して遊ぶようになり、仲良くなってしまった。

まあ、性格が似ている上に好みまでほとんど一緒となると、下手な友人よりも馴染みやすく、遠慮が無くて気安い。

そんな風に交流を続けながら、今度は互いに互いの異なる自分の世界を知っていくこととなった。


俺は家族との仲はそこそこ。家庭としては一般的で、貧しくもなく、かと言って特別裕福ということもない。学校の成績は平凡、顔面偏差値も自他共に認める平凡さで、毎日友達と馬鹿話をしている普通の高校生だ。

逆に涼子は家族とは疎遠で、マンションで一人暮らしするほどの金持ち。頭のいい学校で成績もトップクラス。容姿だって、小柄で幼さげだが美少女と言って差し支えない。しかし、その反面、交友関係に乏しく、ボッチ街道まっしぐらな奴だ。


本当に俺達はあまりに似すぎていて、しかしその環境は別物といっていいほどの落差がある。

だからだろうか、互いに相手に興味を持ち、放っておけなくなってしまっていた。

いつしか気が付くと俺達は、この世で双子以上に相手を強く認識し、離れてはならないという意識さえ芽生え、時間の許す限り寄り添っているようになっていたのだった。


「あいつが俺だからこうやって一緒に居られるんだよな、そこだけは複雑だ」


涼子をボッチと評しはしたが、何のことは無い。それは俺だって同じだったのだ。

友達こそ居るが、それは周囲に合わせているだけ。他人と居るよりも一人で居るほうが圧倒的に心が休まる人間なのだ、俺は。

学校で日中を過ごすのは実は苦しい。家族と一緒に居るのだって苦痛に感じる時の方が多い。

本当の俺は一人で居ることに心底安堵し、孤独でいることを心の支えに出来てしまう。そんなろくでなし。

少し前までなら理想とする死に方は孤独死だと言えてしまえるほどに寂しく虚しい痛い男だったのだ。


しかし、それも涼子と出会って変わってしまった。

あいつは俺で、俺はあいつである。

だからだろうか、涼子と二人で居る時間は人と関わっているはずなのに、苦痛や煩わしさなどを感じずに済む。それが心地よいとさえ思えてしまう。


いやまあ、これまで一人で居ることに一種のカタルシスさえ感じて居たような俺達が、いくらもう一人の自分相手だからってそんな簡単に受けいれられる訳がない、とは考えはした。何せ物心ついた頃から一人で居ることを尊んできた性質の人間である。そんな俺たちは他人を自分の懐にしまいいれる事など不可能だとさえ考えていたのだ。最早、奇跡なんて言葉では収まらないような緊急事態である。


だから考えた。二人で頭をつき合わせ一つの仮説を立てた。

多分、俺達は『同属』以外を受け入れられない人間なのだと思う。同じように考え、同じように行動する。そんな相手を探していたのだ。

それでも今までの人生で、そんなコピーにも等しい人間とは出会うことは出来ず、結果として、孤独主義者と言う誤りを自身に植え付けていた。肉親と居ることにさえ苦痛を感じていた俺達は、孤独と言うものに相対的な価値を見出して、それを肥大させてきてしまったが為に今があるのだと考えられる。


そう結論づけてしまえば後は簡単だった。

何せ、目の前には今まで知らずに恋焦がれていた唯一の人間が居るのだ。自覚してしまった俺達はこれまでの過ちを上書きするかのように互いを求めてしまう。

涼子は、そんな俺達の、孤独に飽き飽きとし無自覚にも同属を求める慟哭が、あのクローゼットを通して別の世界のもう一人の自分を呼び寄せてしまったのではないか、なんてロマンティックなことを嘯いていた。

悔しいことに俺は、そんなあいつのこっ恥ずかしい台詞を心底嬉しいと思ってしまったのだ。


「はあ、そろそろ朝飯食うか」


こうして自分の部屋から出ることに以前以上の苦痛を感じるようになったのは何時の頃からか。


その前に、クローゼットまで行き、その扉に手を触れる。

あいつもこんな風に俺との別れを惜しんでくれて居るだろうか? 

やっと出会えた唯一無二の相棒。恐らく、これから先の人生で絶対に失ってはならない相手。


「まったく、なんでよりにもよって」


――よりにもよって、そんなあいつに惚れてしまったというのか。


多分、この気持ちは伝えてはいけない。そうしてしまったらきっと孤独を埋めあうたった一人の同属すら無くしかねないのだ。あいつが居ない世界が訪れるというのなら、俺はずっとこの思いを口にしてはいけないのだろう。


願わくば、これからもあいつにとって俺だけが『ただ一人の同属』であり続けるように。

カッとなって書いた。後悔も反省もしている。

ある意味、究極のナルシストのお話でした。


その内、もう一人の視点の短編も書く、気力があるようなないような。

多分、お蔵入りしそうだ。

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