寝起きは悪いです、性格も悪いです。
ビシン。ビシン。
最初に耳の奥で弾けたのは、自らの翼が焼ける音だった。瞬間移動によく使う、悪魔の証でもある漆黒の翼が、奪われて、焼かれた。
俺は屈辱に叫びたくなったが、自身の置かれている状況に感づき、口を堅く結んだ。今、俺は魔王に追放され人間界に墜落している最中だ。いや、墜落というよりは、浮上が正しいだろうか。とにかく、俺は名状しがたい重傷を負ってしまった。申し訳程度に残った治癒力のおかげで、その傷はただ俺に鈍い痛みを与え続けている。だが、俺にはまだ切り札がある。懐の紙切れだ。漆黒の、紙切れだ。
ドシン、と地面に当たった感触がして、俺は全く動かない体に鞭打って、骨の折れる苦痛に呻きを漏らしながら立ち上がった。
辺りに見えるのは、確か「コンクリート」。目前の建物は「学校」。今俺が立っている場所は「砂」と「土」と「草」で構成されていて、「校庭」と呼ばれている。その他の建物は「人間」の「家族」の「住宅」。
悪魔の治癒力ももう完全に消え去ってしまったが、悪魔の時に蓄えた知識はちゃんと残っているようだ。
「これならまだ、望みはあるだろ」
吐き出すような笑いに肩を揺らし、俺は「校庭」の反対の「コンクリート」の道を進んだ。こちらに向かって走るポンコツは……「車」だったか。
真っ黒な紙切れを取り出して、呪文を唱える。人間でも黒魔術はできるんだ。魔力が無くとも、弱体化したものは発動できるだろう。
「ユイグルガ……ルイゴーガ…」
黒魔術を発動させる。この世界を、魔界にしてやろう。そして俺が君臨して地獄の軍勢よりもっと優れた魔王軍を創製してやる。古ぼけた玉座の魔王を抹殺してやる。まずはその余興として、人間界を滅ぼしてやる。
黒魔術を、発動させる…筈だった。
「ぎッ!!?」
自分の足元に見たことも聞いたことも感じたことも無い複雑怪奇な魔法円が出現して、俺は軽い既視感を覚えながら気を失った。
_____先輩、モゾモゾしてますよ、起きたんですかね、布男。
___布男は可哀想だろ、いくらなんでも。
「…ん」
「あ、おはようございまーす」
視線の先にいたのは、気だるそうな目をした少女と、トサカ頭の体格の良い男だった。俺は今まで意識を失っていたのだろう。
起き上がり、布の有無を確認して安心すると同時に、訝しげな表情の人間達を消そうと紙切れを手に取る、が、何故か紙切れは少女が歯で噛んでいた。
「ああ、何か怪しかったんで食べちゃいました、スンマセン」
「こら佐藤、マヨネーズ忘れてるぞ!」
俺はこの状況に軽いめまいがした。