9 魔導師、大いに頼む。
私達は先ほどまでいたギルドのロビーに戻ってきていた。
カゲヒサさんのギルドカード仮証も無事に受け取り、私達はロビーの横に併設された軽く飲物や食事がとれるスペースで寛いでいる。
さすがは大都市のギルド。こんなお洒落なスペースがあるなんてね。
そうそう、仮証を受け取る際、ガンツさんが悔しそうな表情を浮かべていた。
「俺はまだ本気を出していない。お前に負けたわけじゃないからな」
なんてことを、カゲヒサさんに向かって言っていましたけど、その後、受付のサラさんにまた怒られてました。
「いい歳して、子供みたいな事を言わないの」
サラさんにそう言われてしゅんと項垂れてたけど、本当にガンツさんって子供みたい。
この二人、何だかいい雰囲気だけど、もしかして……ふふっ。
そのガンツさんも今は、新人冒険者の研修があるとか言ってまた訓練場に戻って行った。
その際、「今日は新人共を目一杯しごいてやる」と、自分の鬱憤を晴らすようなことを言ってたけど、今日研修を受ける冒険者さんはお気の毒ね。
先ほどまで騒がしかったロビーも、冒険者達がそれぞれ仕事に向かうと閑散としていた。
受付のサラさんも暇そうにしている。
私達のいる飲食をするスペースも、私達以外は奥のテーブルに二人いるだけ。
その二人は、時折こちらをチラチラと見てくる。
さっきのカゲヒサさんのガンツさんとの戦いを見たら気になるのは分かるけど、本当に鬱陶しいわね。
早く先輩が来ないかしら……「ふぁ」思わず大きく口を開けて、あくびをしてしまう。
当然だわね。徹夜で走り通してギルドでこの騒ぎ。疲れて眠くなっても仕方ないわ。
今のあくび、カゲヒサさんに見られたかしら。
そっと伺うと、カゲヒサさんは口をへの字に曲げ、目を閉じていた。
寝てるのかしら。難しい顔をしてるけど、どこか可愛いらしいわね、ふふ。
そっと指を伸ばして頬っぺたをつつこうとすると、突然目を開けた。
『エリィさん、何か用でござろうか』
『あわわわ、えーと……そうそう、さっきも言ったけど、カゲヒサさんにお願いがあるの』
わたわたと慌てて答える私を、もの言いたげな目で見てくる。
きゃー、そんな目でみないで。
『えーとですね。お願いというのは……』
カゲヒサさんに話そうとした時に、ちょうど先輩がギルドにやってきた。
「お待たせ。ちゃんとカードを発行してもらった?」
先輩がさわやかな笑顔でやって来ると、私達のテーブルの席に着いた。
さすが先輩です。盗賊の襲撃から徹夜で馬を駆けて、さらに今まで治安部隊への説明や、商隊への色々と調整や何かで忙しかったいうのに、疲れの色ひとつ見せていません。
尊敬します先輩。
「あっ、ギルドカードは仮証の発行しか……本証は明後日に取りに来いって」
「仮証? そんな話は聞いたこともないわよ。今日一日様子を見て、明日には王都に向かって商隊は出発するつもりなのに。わかったわ。私が話をつけて来るわ」
先輩は顔をしかめて席を立つと、ギルドの受付に向かおうとする。
「あっ、先輩。その商隊の件ですけど」
「えっ、何」
先輩はテーブルの側で立ったまま振り向き、もの問い気に視線を送ってくる。
怒られるかな。
でも、言いにくいけど、ちゃんと言わないと。
「あのですね。出来れば、この街で商隊の護衛依頼から抜けれないかと」
「えっ、どういうこと」
先輩がもう一度椅子に腰掛けると、鋭い眼差しを向けてきた。
ううっ、先輩が怒ってる。
「えーと、私は護衛の役にたってないし、あっ、わかってますよ。依頼を途中で放棄すると、違約金やペナルティーが発生することは。でも私は、馬にも乗れないし、満足に戦うことも出来ない。皆の足を引っ張るだけ、それにカゲヒサさんのことも……」
先輩の視線に耐えられず、最後は口の中でゴニョゴニョと言ってしまう。
先輩の視線が怖いです。
「……そうね。それも悪くないかも。商隊はすでに……」
しばらく考える素振りを見せた先輩が、何か呟く。
「先輩?」
「いえ、何でもないわよ。ふう……そうね。わかったわ。そういうことならもう一度商隊に話をしてくるわ」
ううっ、先輩が一番疲れてるはずなのにすみません。
「気にしなくていいわよ。エリーは私にとって妹みたいなものだから」
先輩がにっこりと微笑んで言った。
「先輩……ううっ、ありがとうございます」
思わず涙ぐむ私。
いつでも先輩は私に優しい。私にとっては姉、いいえ、それ以上だわ。
「もう疲れたでしょう。今日は宿屋でゆっくりと休みなさい。横の建物がギルド直営の宿屋だからそこなら安全だわ」
先輩は奥のテーブルに陣取る二人組の冒険者をちらりと見ると、今度はカゲヒサさんをジロリと眺める。
「それとその人、カゲヒサとかいったわね。召喚主に害を与えるとは思わないけれど、今からでも契約出来るならしておきなさい。それがエリー、あなたの安全のためでもあるから」
先輩はそう言い残すと、ギルドから出ていった。
うーん、先輩はそう言うけど、魔獣や魔物じゃあるまいし、さすがに人を契約魔法で縛るのは、ちょっと問題だと思いますよ。
どうしようかしら。
『何やら込み入った話をしていたようだが、それがしに関係のあることでござろうか』
それまで成り行きを見守っていたカゲヒサさんが質問してきた。
『あっと……契約が……』
『契約? でござるか。それはどういったものでござるかな』
カゲヒサさんが不思議そうな顔をしている。
『うーん、契約ってのは召喚で呼び出されたものと召喚主の間で、絆を……魂を結ぶ絆を作ってお互いの関係を強固なものにするのよ』
『……そ、それは困るでござるな。それがしとエリィさんはまだ出会ったばかり、いきなりそれは困る、困るでござる』
『えっ……』
カゲヒサさんが少し焦っている。
えーと、何か勘違いしてないかしら。
まさか……。
『カゲヒサさん、何かと勘違いしてないかしら』
『……勘違い……でござるか。魂の絆を結ぶ契約とは……夫婦約束のことではござらぬのか?』
『ち、違うわよ! カゲヒサさん何を言ってるのよ!』
私の大声に、受付のサラさんがびっくりしてこちらを見ている。
『違うのでござるか』
何だか、カゲヒサさんのほっとしてる顔を見ると無性にはらが立ってくる。
『もう今の話は無し。カゲヒサさんも忘れてください』
『エリィさんのお願いとは、その話でござったか』
『えっ、お願い? あー、そうそう。明日から私のギルドのランクやレベルを上げるために、依頼を受けようと思うの。それに付き合ってほしいのよ』
『そんなことでござるか。それがしは、もうエリィさんとは一緒にいると決めたので、何も問題はないでござるよ』
うー、何故か赤面するわね。私が付き合ってと聞いてカゲヒサさんが一緒にいると答える。
まるでお互いが告白してるみたいじゃない。
ちょっと恥ずかしい。
『カ、カゲヒサさん行くわよ』
『どこにでござるか?』
『と、となりよ。今日はもう、となりの宿屋で休養して明日から頑張るのよ』
私はカゲヒサさんの腕を引っ張り、となりの宿屋へと向かった。
***
「おい、あれがそうなのか」
「そのようだな」
「かぁー、この街には立ち寄らないと聞いていたから、のんびり出来ると思ったのにな」
先ほどまでエリー達がいたギルドの飲食スペース、その奥にあるテーブルに座る二人組の冒険者が会話をしていた。
「しかし大丈夫か。あの男、ガンツに勝ったぜ。護衛なら厄介だ」
「けっ、ガンツが手を抜いてたのだろう。あんなガキが勝てるはずない。それに魔力の欠片も感じねえ。大丈夫だよ」
「そうだな、なら俺は王都に連絡を入れる。お前は引き続き監視を頼む」
そして二人は、エリーやカゲヒサ達の後を追いかけるように、ギルドを後にした。