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8 剣豪、異世界の武人と仕合う。


 それがしは今、ギルドとか申す建物の奥にある修練場におる。

 仕合用の木剣を渡され、今正に異国の武人と相対するところである。

 異国の武人がそれがしの実力をはかるとしょうして仕合うことになったのだ。



 周りには先ほどの大広間にいた南蛮人共が、興味があるのか大勢でとり囲み、こちらを指差し騒いでおる。


 それがしの実力を図るとは、何とも笑止しょうしなことよ。


『カゲヒサさん、大丈夫だと思うけど、相手は爆雷のガンツといって、かなり有名な人なの。気を付けてくださいね』


 エリィさんがその整った顔を少し歪めて、心配そうな顔をしておる。


 まだ会ったばかりじゃが、何とも不思議な娘じゃ。無邪気に幼い仕草を見せるかと思えば、時々、大人びた表情も見せる。


『有名な御仁なのでござるか、それは重畳ちょうじょう喜ばしい限りじゃ』


 エリィさんが呆れた顔をしておるわい。


 木剣を構えガンツとか申す御仁に向き直ると、にやついた顔で小馬鹿にしておる。


 ふむ、それがしを年端としはもいかぬ子供と思うて、あなどりきっておるな。


 思い出すのう。それがしが14歳のおり、富田一放なる武芸者と初めての真剣勝負を挑んだ時も、まだ子供と侮りを受けたが、剣術に侮りと油断は不要じゃて。


 さればここは、先のせんのせんにて機先きせんを制して進ぜよう。さすれば、目も覚まそうというもの。


 ガンツと申した男が、何か異国の言葉で軽口を叩く、そして剣を構えたその時。


『それは、悪しゅうござる』


 それがしはするするとり足で近付くと、右籠手をあっさりと打ちえた。


 木剣を取り落としたガンツと申した男が、呆然とした顔でこちらを見ておる。


 何とも拍子抜ひょうしぬけじゃな。有名な武人と聞くが、あまりにも油断のし過ぎじゃ。


『カゲヒサさん、すごーい。あのガンツさんにあっさり勝つなんて』


 周りの南蛮人共が唖然あぜんと静まる中、エリィさんの無邪気な声だけが響く。


 だが、我に返ったガンツと申す男は木剣を拾うと、顔を真っ赤にしてわめき出し、木剣をこちらに向ける。


『カゲヒサさん、今のは無しだって、もう一度だと言ってます』


 またエリィさんが心配そうな顔をする。さっきは無邪気な笑い顔を見せておったが、何ともくるくると表情の変わる娘御じゃな。


『そうであろう。今のはあまりにも油断しておったのでな。さればこれで、少しは本気を出すであろう』


 これで終わってもらうとそれがしも困る。南蛮の剣術、その剣筋けんすじ見せてもらおうか。


 今一度、ガンツと申す男と木剣を構え合う。


 今度はガンツ申す男も油断なく慎重に距離をとる。

 その表情は苦笑いを浮かべておるが、目は真剣な光をたたえておるな。


 されば今度は相手の仕掛けを待ち、後のごのせんにてお相手致そう。


 それがしは正眼に構え、ガンツと申す男は上段に構える。

 そして、ゆっくりとお互いが間合いを詰める。


 後少しで、一足一刀いっそくいっとうの間合いに入る手前でお互いが動きを止め、相手を探る。

 周りの皆が固唾かたずを飲みそれがし達を注目する中、それがしは正眼の構えの切っ先を相手の目に向けると、ガンツと申す男は少し顔をそむけた。


 その瞬間を逃さず足の指先を動かし、じりっとほんの少し間合いを詰める。


 そして、今度はガンツと申す男の額の汗が落ち、まぶたまたたかせた時もまた、じりっと間合いを詰める。


 何度か相手に気付かれぬように、じりじりっと間合いを詰めると、ガンツと申す男はそれがしを見詰め、不思議そうに首を振る。


 これが虚実きょじつの駆け引きというものじゃ。やはりこの国の武人は技は優れておるが、心体は練られておらぬ。

 仕合の最中に迷いは禁物じゃ。


 ガンツと申す男が間合いを外そうと一旦いったん退こうとするが、その機を逃さず動く素振りを見せると、慌てて斬り込んで来た。


『それも、悪しゅうござるな』


 それは、マリアンヌどのよりも速き動きであったが、あっさりと降り下ろされる木剣を前に出ながら横にかわす。

 それと同時に、またもや右籠手を打ちえる。


 今度は、周りから「おおっ」とどよめき、また木剣を取り落としたガンツと申す男は呆然としておる。


『凄い、すごい、カゲヒサさん、本当にすごーい!』


 エリィさんが大はしゃぎで、それがしの周りを回る。


『マリアンヌどのもそうであったが、この国の武人は勝とうとする思いが強すぎるのじゃ。武の境地とは、勝ち負けを越えたところにあるというのに』


 しかし、エリィさんが突然「キャッ」と悲鳴をあげる。


 それがしも、殺気を感じて振り向くと、ガンツと申す男の体に黒い霧がまとわり付き、火花を発している。

 周りの者も叫び声をあげて逃げ出そうとする。


 まるで雷雲をまとっているようじゃの。


 それがおぬしの本気か。それがしに死合いを望んでおるのか。

 面白い、されば真剣にて勝負いたそう。


 木剣を投げ捨て、居合い腰に腰を落とし、太刀の柄に右手を添える。


 それがしが鋭く相手を見据えておると、エリィさんが右手にしがみつく。


『駄目よ、これ以上は。ただの試合なのに……』


 少し涙を目にためて訴える。本当によく表情の変わる娘じゃ。


 残念じゃが仕方ない。

 息を吐き出し相手を見ると、ガンツと申す男もあの化け猫……いや、あの猫人とか申す娘になだめられていた。

 ……あれはなだめるというより一方的に叱られておるな。


 どうやら仕合は終わりのようじゃな。


 それがしが苦笑いと共にエリィさんを見ると、真剣な眼差しで見詰め返してくる。


『カゲヒサさん、後で相談があるの。ていうか、お願いなんだけどね』


 ふむ、お願いとな。何でござろうか。


 しかし、若返った体で異国の武人と手合わせができるとはな。

 この世をはかなみ世捨て人となろうとしていたそれがしが、またこのような……。


 それがしは瞑目めいもくして考えていた。


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