7 魔導師、大いに驚く。
先輩は“草原の狼”の事や商隊での打合せのため、まだ正門近くにある治安部隊の詰所にいる。
しかし私とカゲヒサさんは、カゲヒサさんのギルドカードを発行してもらうため、アレクサンドリの冒険者ギルドにやって来ていた。
私達がギルド内に入ると、朝も早い時間だというのに、すでに大勢の冒険者が集まっていた。
ギルドは昼も夜もなく、朝一番に依頼を受けようと、当然冒険者達の朝も早い。
そして、まるで戦争のようにガヤガヤと煩かったギルド内が、私達が入るとシーンと静まり返った。
ううっ、やっぱり注目されてる。
私は見るからにエルフ顔をしているが、エルフには珍しい真っ赤な髪。というか、私以外のエルフで赤い髪をしたエルフを見たことがない。
それにカゲヒサさん、身に付けている衣服はこの辺りでは見たこともない異国の衣装。それと、あまりにも珍妙な髪形。
そんな私達ふたりが、注目を集めるのは当たり前ね。かなり恥ずかしい。
ここはさっさと用事を済ませて、ギルドの隅っこで先輩が来るまでひっそりとしてましょう。
ギルド内の正面にある一枚板の長いカウンターには、数人の受付嬢が並んでいる。
一番並んでいる人数が少ない列に並ぶ。
前に並んでいる人達がこちらを気にして、ちらちらと後ろを振り向く。
私は俯き加減に並んでいるが、カゲヒサさんはきょろきょろと周りを眺めている。
カゲヒサさん、余計に見立つのでやめて下さいよう。
しばらくして、やっと私達の順番になった。
私達の前、カウンターの中から猫人族の女性が、その可愛らしい耳をピクピクと動かし、にっこりと微笑んでいる。
「おはようございます。今日はどういったご用件でしょうか」
猫人族の女性はそう言った瞬間、その顔を強張らせた。
はっとして振り返ると、カゲヒサさんが今にも剣を抜こうとしている。
「キャッ、カゲヒサさん! 何をしているのですか!」
『むぅ、エリィさんには見えぬのか、その女性は化け猫が変化しておるようじゃ。お下がり下されエリィさん』
「なっ、何を馬鹿な事を言ってるのよ。この人は猫人族のれっきとした人です。まさか……カゲヒサさんは獣人も見たこともないとか……まさかね」
カゲヒサさんが大きく目を見開き、交互に私と猫人の女性を見て驚いている。
『猫……人? まさか異国にはそのような人が……いや、いくら何でも南蛮の国とはいえ……』
あらっ、本当に獣人を見たことがないみたい。カゲヒサさんって本当にどこから来たのかしら。
「すみませんね。この人は遠い田舎から出てきたみたいで、獣人の人を見るのが初めてみたいなのです」
私は猫人の女性に目一杯、頭を下げる。
もう、カゲヒサさんのギルドカードを作りに来たのに、ギルドの人を怒らせたらどうするのよ。
「ほらっ、カゲヒサさんも、ちゃんと謝りなさいよ」
カゲヒサさんは、どこか納得のいかない表情で頭を下げていた。
「本当にすみません」
ふたりでもう一度謝ると、ようやく強張らせていた顔を少しゆるめて、ひきつりながらも微笑んだ。
「いえ、だ、大丈夫ですから。たまにそういった方も……いますから」
そんな人いないと思います。カゲヒサさんが変なだけだと思いますよ。
この人は受付嬢の鑑のような人だわ。後で名前を聞いとかなきゃ。
「それで今日はどのようなご用件でしょうか」
「あっ、はい。えーと、この人のギルドカードを作ってほしいの」
私はそう言うと、カウンターの上に、先輩から預かった紋章入りの短剣と添え状を差し出した。
添え状といっても、さっき先輩が走り書きしたものだけどね。
「これはガーネット家の紋章ですね」
さすがにギルドの受付嬢です。
短剣をそっと手に取り、丁寧に鑑定するとそう言った。
「はいそうです。先輩……いえ、マリアンヌ・ガーネット様が保証人になってくれます。後からマリアンヌ様もやって来ますよ」
「そういうことなら大丈夫ですね。でも規則ですので、一応、結晶石でのカゲヒサさんの照合はさせてもらいます」
猫人の受付嬢はカウンターの下からごそごそと、拳大の丸い結晶石をカウンターの上に置いた。
「あっ、えーとこの人カゲヒサさんは、正門側の結晶石で、反応が無かったのだけど大丈夫ですか」
「大丈夫だと思いますよ。ギルドの結晶石は純度が高いので」
促されるままカゲヒサさんが結晶石に手を翳す。
「あれ、これって」
猫人の受付嬢が不審気な声を出すのに誘われるように、私とカゲヒサさんも結晶石を覗き込む。
『一番上の文字はそれがしにも読めますぞ。それがしの名、伊藤一刀斎景久と書かれているようでござるな』
へぇー、これがカゲヒサさんの国の文字なのね。変わった形の文字、変なの。
そして、二番目に浮かんでいる文字は私達の文字でヒューマンと書かれている。
しかし、それから下は……何だろうこれは、見たこともない文字。何が書かれてるか分からないけれど、見てるだけで力を吸いとられていくような。
「これは、もしかして神聖文字……まさか」
猫人の受付嬢がぶつぶつと言っている。
神聖文字? 私も聞いたことがないわ。先輩ならわかるかも知れないわね。
「あっ、すみません。……只今、ギルド長が不在でして……ははは。と、取り敢えず、仮のギルドカードを発行しますね。明後日に本証となるギルドカードを発行しますので、もう一度お越しください」
あきらかに挙動不審となった受付嬢。それに、ギルド長がいないからカードの発行が後になるとか、聞いたことないわ。
「そ、それではギルドカード仮証を発行しますので、これに血を一滴垂らしてください」
猫人の受付嬢が横の引き出しから黄色いカードを取り出すと、カウンターに置こうとした。
その時、受付嬢の後ろから伸びた手がその手首を掴んだ。
「おっと待ちなサラ。見たところ新人のガキの登録のようだが大丈夫なのか」
「あっ、ガンツさん。この人はガーネット家が後ろ楯になっているので」
サラと呼ばれた受付嬢の後ろには、頭を剃り上げたスキンヘッドの大柄な男が立ち、私達を睨み付けていた。
いつのまに現れたのだろう。私には分からなかった。
「ガーネット家ねぇ。貴族のお遊びで嬢ちゃん坊っちゃんに冒険者になられちゃ、何かあった時は俺達が尻拭いをしなきゃいけねぇ」
まるで山賊のような見た目のガンツと呼ばれた男にびっくりして、思わずカゲヒサさんの衣服の袖をぎゅっと握りしめてしまった。
すると、カゲヒサさんが優しく微笑み私の手を握ってくれた。カゲヒサさんから温かい物が流れてくる。
何だか勇気がわいてきた。
「私はちゃんと魔法学園を卒業した冒険者です。失礼ですが、あなたは誰なのですか」
カゲヒサさんのお陰で、強気に言うことができた。
学園を卒業すると、自動的に冒険者の資格を得ることができる。
といっても私は、卒業して間もない、まだまだ駆け出しの冒険者だけど。
「ほぅ、嬢ちゃんは学園の卒業生か。見たところエルフ?……まぁいい。ということは、そっちの坊主が登録しにきた新人冒険者だな。ふーん、体が小さいな冒険者でやってけるのか。俺はこのギルドで新人に訓練を施してる教官のガンツだ」
アレクサンドリのギルドにいるガンツさん。
もしかして爆雷のガンツさん……ひぇー、超有名人じゃない。
Aランクの冒険者だったけど、確か半年前に冒険者を引退して、ギルドで職員をしてると聞いてた……まさか目の前に現れるとは。
「カードの発行は、俺がその坊主の実力を確かめてからだな」
ガンツさんがニヤリと凄みのある笑いを浮かべた。
「ガンツさん、そんな勝手なこと困ります」
「まぁいいじゃねえか。奥の訓練場でちょこっとな。ケガはさせねえから大丈夫だって」
ガンツさんとサラさんが言い合いをしてる間、そっとカゲヒサさんを見ると……あー駄目だわこれは。
カゲヒサさんは言葉は分からないはずなのに、あの目は……学園にいた時に男の子達がよくしてた目だわ。
それは決闘と称して争いを始める時の目。
はぁー、仕方ない。
私はため息と共にガンツさんの事や、今起きてる事をカゲヒサさんに説明した。
『それは願ってもないことじゃな。異国の武人と手合わせするのは、それがしの望みでもござる』
はぁーやっぱり。
私はまたため息をこぼした。