表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/37

7 魔導師、大いに驚く。


 先輩は“草原の狼”の事や商隊での打合せのため、まだ正門近くにある治安部隊の詰所にいる。

 しかし私とカゲヒサさんは、カゲヒサさんのギルドカードを発行してもらうため、アレクサンドリの冒険者ギルドにやって来ていた。



 私達がギルド内に入ると、朝も早い時間だというのに、すでに大勢の冒険者が集まっていた。

 ギルドは昼も夜もなく、朝一番に依頼を受けようと、当然冒険者達の朝も早い。


 そして、まるで戦争のようにガヤガヤとうるさかったギルド内が、私達が入るとシーンと静まり返った。


 ううっ、やっぱり注目されてる。

 私は見るからにエルフ顔をしているが、エルフには珍しい真っ赤な髪。というか、私以外のエルフで赤い髪をしたエルフを見たことがない。


 それにカゲヒサさん、身に付けている衣服はこの辺りでは見たこともない異国の衣装。それと、あまりにも珍妙な髪形。


 そんな私達ふたりが、注目を集めるのは当たり前ね。かなり恥ずかしい。


 ここはさっさと用事を済ませて、ギルドの隅っこで先輩が来るまでひっそりとしてましょう。


 ギルド内の正面にある一枚板の長いカウンターには、数人の受付嬢が並んでいる。


 一番並んでいる人数が少ない列に並ぶ。

 前に並んでいる人達がこちらを気にして、ちらちらと後ろを振り向く。


 私はうつむき加減に並んでいるが、カゲヒサさんはきょろきょろと周りを眺めている。


 カゲヒサさん、余計に見立つのでやめて下さいよう。


 しばらくして、やっと私達の順番になった。


 私達の前、カウンターの中から猫人族の女性が、その可愛らしい耳をピクピクと動かし、にっこりと微笑んでいる。


「おはようございます。今日はどういったご用件でしょうか」


 猫人族の女性はそう言った瞬間、その顔を強張らせた。


 はっとして振り返ると、カゲヒサさんが今にも剣を抜こうとしている。


「キャッ、カゲヒサさん! 何をしているのですか!」


『むぅ、エリィさんには見えぬのか、その女性にょしょうは化け猫が変化しておるようじゃ。お下がり下されエリィさん』


「なっ、何を馬鹿な事を言ってるのよ。この人は猫人族のれっきとした人です。まさか……カゲヒサさんは獣人も見たこともないとか……まさかね」


 カゲヒサさんが大きく目を見開き、交互に私と猫人の女性を見て驚いている。


『猫……人? まさか異国にはそのような人が……いや、いくら何でも南蛮の国とはいえ……』


 あらっ、本当に獣人を見たことがないみたい。カゲヒサさんって本当にどこから来たのかしら。


「すみませんね。この人は遠い田舎から出てきたみたいで、獣人の人を見るのが初めてみたいなのです」


 私は猫人の女性に目一杯、頭を下げる。


 もう、カゲヒサさんのギルドカードを作りに来たのに、ギルドの人を怒らせたらどうするのよ。


「ほらっ、カゲヒサさんも、ちゃんと謝りなさいよ」


 カゲヒサさんは、どこか納得のいかない表情で頭を下げていた。


「本当にすみません」


 ふたりでもう一度謝ると、ようやく強張らせていた顔を少しゆるめて、ひきつりながらも微笑んだ。


「いえ、だ、大丈夫ですから。たまにそういった方も……いますから」


 そんな人いないと思います。カゲヒサさんが変なだけだと思いますよ。

 この人は受付嬢のかがみのような人だわ。後で名前を聞いとかなきゃ。


「それで今日はどのようなご用件でしょうか」


「あっ、はい。えーと、この人のギルドカードを作ってほしいの」


 私はそう言うと、カウンターの上に、先輩から預かった紋章入りの短剣と添えそえじょうを差し出した。

 添え状といっても、さっき先輩が走り書きしたものだけどね。


「これはガーネット家の紋章ですね」


 さすがにギルドの受付嬢です。

 短剣をそっと手に取り、丁寧に鑑定するとそう言った。


「はいそうです。先輩……いえ、マリアンヌ・ガーネット様が保証人になってくれます。後からマリアンヌ様もやって来ますよ」


「そういうことなら大丈夫ですね。でも規則ですので、一応、結晶石でのカゲヒサさんの照合はさせてもらいます」


 猫人の受付嬢はカウンターの下からごそごそと、拳大の丸い結晶石をカウンターの上に置いた。


「あっ、えーとこの人カゲヒサさんは、正門側の結晶石で、反応が無かったのだけど大丈夫ですか」


「大丈夫だと思いますよ。ギルドの結晶石は純度が高いので」


 うながされるままカゲヒサさんが結晶石に手をかざす。


「あれ、これって」


 猫人の受付嬢が不審気な声を出すのに誘われるように、私とカゲヒサさんも結晶石を覗き込む。


『一番上の文字はそれがしにも読めますぞ。それがしの名、伊藤一刀斎景久と書かれているようでござるな』


 へぇー、これがカゲヒサさんの国の文字なのね。変わった形の文字、変なの。

 そして、二番目に浮かんでいる文字は私達の文字でヒューマンと書かれている。

 しかし、それから下は……何だろうこれは、見たこともない文字。何が書かれてるか分からないけれど、見てるだけで力を吸いとられていくような。


「これは、もしかして神聖文字……まさか」


 猫人の受付嬢がぶつぶつと言っている。


 神聖文字? 私も聞いたことがないわ。先輩ならわかるかも知れないわね。


「あっ、すみません。……只今、ギルド長が不在でして……ははは。と、取り敢えず、仮のギルドカードを発行しますね。明後日に本証となるギルドカードを発行しますので、もう一度お越しください」


 あきらかに挙動不審となった受付嬢。それに、ギルド長がいないからカードの発行が後になるとか、聞いたことないわ。


「そ、それではギルドカード仮証を発行しますので、これに血を一滴垂らしてください」


 猫人の受付嬢が横の引き出しから黄色いカードを取り出すと、カウンターに置こうとした。


 その時、受付嬢の後ろから伸びた手がその手首を掴んだ。


「おっと待ちなサラ。見たところ新人のガキの登録のようだが大丈夫なのか」


「あっ、ガンツさん。この人はガーネット家が後ろ楯になっているので」


 サラと呼ばれた受付嬢の後ろには、頭を剃り上げたスキンヘッドの大柄な男が立ち、私達を睨み付けていた。

 いつのまに現れたのだろう。私には分からなかった。


「ガーネット家ねぇ。貴族のお遊びで嬢ちゃん坊っちゃんに冒険者になられちゃ、何かあった時は俺達が尻拭しりぬぐいをしなきゃいけねぇ」


 まるで山賊のような見た目のガンツと呼ばれた男にびっくりして、思わずカゲヒサさんの衣服のそでをぎゅっと握りしめてしまった。

 すると、カゲヒサさんが優しく微笑み私の手を握ってくれた。カゲヒサさんから温かい物が流れてくる。

 何だか勇気がわいてきた。


「私はちゃんと魔法学園を卒業した冒険者です。失礼ですが、あなたは誰なのですか」


 カゲヒサさんのお陰で、強気に言うことができた。

 学園を卒業すると、自動的に冒険者の資格を得ることができる。

 といっても私は、卒業して間もない、まだまだ駆け出しの冒険者だけど。


「ほぅ、嬢ちゃんは学園の卒業生か。見たところエルフ?……まぁいい。ということは、そっちの坊主が登録しにきた新人冒険者だな。ふーん、体が小さいな冒険者でやってけるのか。俺はこのギルドで新人に訓練を施してる教官のガンツだ」


 アレクサンドリのギルドにいるガンツさん。

 もしかして爆雷のガンツさん……ひぇー、超有名人じゃない。

 Aランクの冒険者だったけど、確か半年前に冒険者を引退して、ギルドで職員をしてると聞いてた……まさか目の前に現れるとは。


「カードの発行は、俺がその坊主の実力を確かめてからだな」


 ガンツさんがニヤリと凄みのある笑いを浮かべた。


「ガンツさん、そんな勝手なこと困ります」


「まぁいいじゃねえか。奥の訓練場でちょこっとな。ケガはさせねえから大丈夫だって」


 ガンツさんとサラさんが言い合いをしてる間、そっとカゲヒサさんを見ると……あー駄目だわこれは。

 カゲヒサさんは言葉は分からないはずなのに、あの目は……学園にいた時に男の子達がよくしてた目だわ。

 それは決闘と称して争いを始める時の目。


 はぁー、仕方ない。

 私はため息と共にガンツさんの事や、今起きてる事をカゲヒサさんに説明した。


『それは願ってもないことじゃな。異国の武人と手合わせするのは、それがしの望みでもござる』


 はぁーやっぱり。

 私はまたため息をこぼした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ