6 剣豪、ギルドに登録する。
街の周りに濠を深く穿ち、高く分厚く丈夫な石壁で周囲を囲う巨大な城塞都市アレクサンドリ。国境を守るために建設されたアレクサンドリは、城塞都市と呼ばれるのに相応しい都市であった。
高い石壁のため中は見えないが、何かの建物に付随する石造りの尖塔が、高い石壁越しに所々に姿を現していた。
「ほぅ」
目の前にある異国の街に、思わず感嘆のため息がこぼれる。
大きな町をまるごと塀と濠で囲っておるのか、まるで堺の町を更に大きくしたような……南蛮の町もあなどれぬ。
あの塀は石垣のように積み上げて作っているのであろうか。あれを越えるのは容易なことではあるまい。
東の空から仄かに明るくなってきた明け方、夜を徹して走り続けた商隊は、ようやくアレクサンドリの街に到着した。
動きを止めた馬車からエリィさんと共に降りると、それがしは異国の街の威容に感嘆の声を上げていたのだ。
目の前にある巨大な門に繋がる橋は、門上から伸びた鎖がしっかりと橋に繋がっている。
危急の際はあの橋を吊り上げるというわけなのだろう。どこの国も人がいる限り争いは尽きぬものじゃな。
『カゲヒサさん、本来はまだ門が開く時間ではないですが、今は盗賊に襲われ追われた緊急の時ですから、直ぐにも門も開けてくれるでしょう』
巨大な閉じられた門の方に目をやると、マリアンヌどのがさきほどの男と共に門の前で門を守る兵と話してるのが見えた。
『それで、カゲヒサさんはこれからどうするつもりなの』
『ふーむ、どうしたものかな』
それがしには、どうするも何もここが何処なのかも分からぬ。帰るにしても何処に行けばいいのやら。
『えーと、それでね。今も私とカゲヒサさんとは、魔力で繋がっているのよ。だから、はっきりとは分からないけれど、私から離れると悪影響が出るかも……』
『うむ、さきほど間違えて呼んだと申していたが、それと何か関係があるのでござるか』
『えーとね、召喚魔法に詳しい人に話を聞かないと分からないけど、人が召喚された話はこれまで聞いたことがないのよ。だから今は、私達と一緒にいたほうが良いと思うの』
ふーむ、箱車の中でも聞いたが、どうやらそれがしは、召喚とやらの秘術の最中に手違いで呼ばれたらしい。
これはあまりといえばあまりな話、本来なら怒らねばならぬ話であるが、しかし、老いたそれがしは、あちらでは山奥に隠棲しようと考えておった。
それがこのように望外にも若返り、今一度、我が剣を練り直し試す機会が訪れようとは。
これはエリィさんに逆に感謝せねばならぬかも知れぬな。
それと、悪影響とはもしやすると、この若返った体が元に戻るかも知れん。
油断はできぬが、エリィさんもそれほど悪い娘に見えぬ。それなら今暫くは、エリィさんとは行動を共にする方が良いかも……じゃな。
しかし、エリィさんの幼い言動や仕草に少々閉口させられるが。
『どうかしましたか、カゲヒサさん』
それがしの口元に浮かんだ苦笑いに、エリィさんが不思議そうな顔をしている。
『い、いや何もござらぬ』
エリィさんと今後について話していると、門が地響きを立てて開き始めた。
しばらくしてエリィさんと一緒に門を潜ると、何やら大きな石の前で皆が一列に並び順番に手を翳しておる。
その周りには多数の兵や、役人らしき者が控えている。
『あれは何をしてるのでござろうか』
『えっ、もしかして結晶石のことを知らないのですか』
『結晶石なる物、それがしは知り申さぬ』
あの石に皆は何かしておるようだが、見当もつかぬな。
『……結晶石を知らないって、本当にカゲヒサさんは何処から来たのでしょうね……あれは、結晶石といって身分証と合わせて本人かどうかの確認と、過去の犯罪歴や手配されてないかの確認。それに、この街への人の出入りのチェックもしているのよ』
分からぬ言葉もあるが、言わんとしている事はおぼろ気ではあるが、何となく分かる。
しかし、あの石が人別帳のかわりしておるとは。所変われば物ややり方が変わると言うが、ちとこれは……これも秘術の一端なのであろうか。
『あっ、カゲヒサさんにはギルドカードもない。身分を証明する物が何もないわ。どうしましょう……せんぱーい!』
エリィさんが大声をあげ手を振り、マリアンヌどのをこちらに呼び寄せた。
ちょうどそれがし達の番になった頃、皆にあれこれと忙しく指示をしておったマリアンヌどのがやって来た。
『先輩、カゲヒサさんの事、どうしましょう』
マリアンヌどのは一言二言エリィさんに何か言うと、それがしを指差し役人らしき男と何やら話し込んでおる。
しかし、周りの者の様子ではそれほど酷い事を申していないようじゃが、一体何を申しておるのやら。
『カゲヒサさん、先輩が保証人になってくれたので、結晶石に手を翳すだけでいいそうです』
どういった仕掛けなのであろうか。
そっと右手を近付けると、何かが頭の中を掻き回すかごときの感覚に驚く。
『なっ、今のは何でござるか』
『ふふふ、もう終りましたよカゲヒサさん。今のはね、頭の中の情報を読み取っているのよ』
何とそのようなことが……恐るべし南蛮国。
元々、種子島も南蛮の国から我が国にもたらされたと聞く。
やはり、我が国は物作りに掛けては、南蛮諸国に比べて立ち遅れておるようじゃ。
しかしどうも、何やら不具合があるようじゃな。
結晶石と呼ばれる石の側にいた男が、首を傾げて石を叩いたりして不思議そうな顔をしておる。
『ちゃんと読み取れなかったみたい。カゲヒサさん、もう一度お願いします』
しかしその後、何度手を翳しても、石の側にいた男は首を傾げておる。
『カゲヒサさんの情報がヒューマンとだけ、それ以外は何も浮かんでいないわね。でもこれでカゲヒサさんがヒューマンだという事がはっきりしたわね』
エリィさんが、一緒になって石を覗き込み不思議そうな顔をしておるな。それがしは何もしておらぬが、もしやすると、南蛮人と和人では頭の中も違うのかも知れぬな。
『ここの結晶石ではこれが限界みたい。でも犯罪歴もないみたいだし、先輩のというか、ガーネット家が責任を持つということで話がついたみたい。先輩がいうには後で迎えに行くから、ギルドで取り敢えず身分証のギルドカードを先に作れってさ』
さっきエリィさんは役人にギルドカードなる物を見せておった。あれが身分を示すらしいが、ギルド? に行けば、それがしにも作ってもらえるらしい。
色々と分からぬ事ばかりじゃ。
陽が昇り周囲が明るくなった頃、それがしは嫌も応もなくエリィさんに引っ張られて、ギルドなる場所に向かう事になった。
両側に石造りの家が建ち並ぶ大きな通りをそれがしとエリィさんは歩いているが、異国の町並みに驚くばかりである。
『エリィさん、あのような小さな石の固まりを積み上げて、この家はよく崩れぬものだのう』
『あーそれは、レンガといって焼き固めたってか、カゲヒサさんいちいち立ち止まらないで。もう、後でちゃんと街を案内するから』
エリィさんが、家を眺めていたそれがしの腕を掴むと、強引に引っ張る。
珍しい物ばかりでつい立ち止まってしまう。
この吹き抜ける風も、さきほど聞いたが、風使いなる者達が依頼を受けて、秘術の風を起こしておるとか。
そうでないと、嫌な匂いが街にたまってしまうという。驚くことじゃ。
しかし一番驚くのは、この町の人々じゃな。
それがしは、国では大柄の方であったが、この町の男衆はそれがしより、一回りも二回りも体が大きい。
『着いたわよ。ここがこの街の冒険者ギルドよ』
目の前には周りの建物よりかなり大きく立派な建物が聳えていた。