28 剣豪、異世界で赤面する。
少し短いですが……。
南蛮の言葉が分からぬのは、どうにも、もどかしいものじゃ。町に帰る道すがら巨人殿と何度か話そうと試みたが、やはり無理であった。エリィさんに通辞を頼むかと思うたが、何故かあまり良い顔をされなんだ。
結局、町に帰り着くまで会話らしい言葉を交わす事は出来なかった。そのことが、少々口惜しい。あの御仁とは、武術に関して談義を交わしたかったものよ。
しかし、分からぬものよのぉ。さぞかし名のある武人かと思うたが、誰も彼の巨人どののことを知らぬと、エリィさんに教えられた。あれほどの武人、戦に出れば一騎当千の働きをしそうに思うたが。
その巨人どのも、近隣領主の小童とその一党の男衆と共に、町に着くなりどこぞに姿を消した。
『どうしたのカゲヒサさん、難しい顔をして』
『うむ、何もござらん。少し巨人どののことを考えてただけでござるよ』
おっと、これはいかん。妖物退治自体は上手く片付いたが、その後に現れた魔人どもにまた襲われたのじゃ。エリィさんも、さぞかし不安に思ってることであろう。ここで、それがしまで険しい顔を向けると、さらに不安に思い心労が重なる事となりかねぬ。ここは、にっこりと笑って見せねばなるまい。
そう思うて笑顔を向けるが、エリィさんはどこか探るような眼差しで見詰めてくる。
『ふぅん、笑顔が引きつってるわよ。もしかして、私が通訳するのを嫌がったから怒ってるの?』
『そのような事はござらぬが……』
どういうわけか、エリィさんには、それがしの心の中まで見通せるようで困ったものじゃ。
『やっぱり、怒ってるのね』
『いや怒ってはおらぬよ。ただ、少しばかし残念に思うただけじゃ』
『だって、あの調子外れの声が苦手なのよね』
『これ、そのように人の欠点を、悪し様に言うものではござらぬよ』
『だけど、あれはあれである種の魔法よ。人のやる気を削いでしまうもの。もしかして、まだ発見されてないだけで、タイタン族の固有スキルの一種じゃないの。街に帰るまで、とても緊張感なんて保てないわ』
そう言うと、エリィさんは頬をぷっくりと膨らます。なんとも幼いというか――それにしても、エリィさんもそれがしに対して、大分に砕けてきたようじゃな。いや、それは以前からか。どうにも不思議なな娘じゃ。時には、大人びた表情も見せる。ころころと表情を変え、いつのまにやらそれがしの心の奥底まで踏み込んで参る。これが武芸の試合ならば、あっさりと打ち込まれて、それがしの負けでござる。
本当に困った娘ごじゃ。
だが、やはり不安に思うて緊張しておったのだな。
『あの魔人ども……エリィさんは不安か?』
そう言うと、エリィさんが急に真面目な表情――大人びた顔で、『うぅうん』と首を振る。
『だって私には、先輩やカゲヒサさんがいるもの』
満面の笑顔を浮かべるエリィさん。その純粋な笑顔は天女のような可憐さで、それがしをどきりと魅了する。
『ん、あ、まぁ、そうじゃな。それがしが側におれば、手出しはさせぬ』
そう答えるのが精一杯であった。エリィさんは天女の笑顔で頷き、ころころと笑っておった。
こ、これはいかん、剣鬼と呼ばれ恐れられたこのそれがしが……心の鍛練をよりいっそう行わねば。
そのような事を考え歩くそれがしの袖を、エリィさんが引っ張っておった。
『ちょっと、カゲヒサさん何処に行くのよ?』
『ん?』
いつのまにやら、前を歩くカイルとマリアンヌどのを追い抜いていたのじゃ。そして、すぐ横には目的地のバルノン大神殿が、相変わらずの威容を放っておった。それがしは、危うく通り過ぎるところであったのだ。
カイルとマリアンヌどのが呆れた顔をして此方を見ておる。なんたる醜態。やはり心の修練が必要であるな。
赤面する思いで、バルノン大神殿を見上げる。
ふぅむ、それにしても見事なものよ。それがしも、武者修行で諸国を巡っておった折り、大仏殿や出雲の大社など壮大な神社仏閣には足繁く通ったものじゃが、ここも負けず劣らず、いや、それら以上に豪壮で圧巻な社であるな。あのような巨石をどのように積み上げたものやら。よく崩れぬものじゃて。
『ほら、ぼぉとしてないで、早く行くわよ』
エリィさんに引き摺られるようにして、建物へと足を向けた。
もはや夕刻。陽が落ちるまであと少しといった時刻のためか、社内は昨日ほどの賑わいではなかった。
しかし、あれは――
『エリィさん、何やら揉めておるようじゃが』
入ってすぐの広間の隅で、幼子が数人の男どもに囲まれておった。前を歩いていたマリアンヌどのも、眉根を寄せ何やら呟いておるが。
エリィさんに視線を向けると、答えてくれた。
『先輩が言うには、どうやら連邦から武闘会に出場するためにやって来た連中のようね。あそこは、亜人嫌いの人が多いから』
亜人とな?
ふむ、よく見ると幼子は、アレクサンドリと呼ばれておった町で会った、猫人のサラとか申す娘と同じような耳が頭から生えておる。
『あっ、駄目よカイル君』
それがし達が眺めておったら、あの小童が突進して行きおった。若いうちは血気盛んなのも良いが、あれはちと不味いかも知れぬのぉ。
幼子を囲む男衆からは、練達の武人を思わせる雰囲気が漂っておるからじゃ。
ふむ、あの小童では、少々荷が勝ち過ぎる。
それがし達三人は、顔を見合わせ後を追いかけた。




