25 魔導師、大いに当惑する。
私達は神殿職員の人に、二階にある一室に案内される。ノックと共に入室すると、執務机の向こうにいた女性が顔を上げた。
「ようやく、来たようだね。あんたらが、ガーネットの姫君にヴァンドールの嬢ちゃん。それに……異国の武人さんだね。随分と、時間が掛かったようだけど、道中で何かあったのかい」
顔を上げたその女性は、緑色の髪をしたエルフ。その顔立ちは、アレクサンドリのギルドマスターであるセリカさんに、良く似ていた。
「あのぅ、何故私達が来ることが分かっていたのですか?」
先輩が怪訝な顔をして尋ねていた。
「ふふっ、あたしはこの神殿の巫女長を務めるセラス・サァンラール。そして、アレクサンドリのギルマスを務めるセリカも同じサァンラールの一族。あたし達は姉妹なのさ。それに、あたしらサァンラールには公にされていないが、遠距離の者と会話する魔法がある」
「えっ、それって、サァンラールの秘魔法では……」
私が驚きの声をあげた。私達エルフには一族ごとに、他族にも一切明かさない秘魔法がある。私の一族ヴァンドールにも、封印に関する秘魔法がある。それは、例え先輩であっても、掟で内容すら明かせないものだ。それを、あっさり明かすとは……。
「それは、サァンラールの秘事なのではないのですか」
先輩が、私の驚いた顔を見た後、眉を潜めてセラスさんに尋ねていた。
「そうだよ。この事はサァンラールの秘事。だから、他言は無用にお願いしたいものだねぇ。あんた達を信頼して話したのだから」
そう言うと、セラスさんがニヤリと笑った。さすが姉妹というだけあって、セリカさんと容姿だけでなく雰囲気まで良く似てるわね。でも、一族の秘事をわざわざ、恩を着せるように私達に話して、何かあるのかしら。
私がそう思っていると、案の定セラスさんが続きを話す。
「そこで信頼するあんたらに、少し頼みがあるのだけど、おっと、その前にさっきの質問。ここまでの道中は、何もなかったのだろうね」
セラスさんが、私の瞳をじっと見詰める。
「えっと、アマル村で……」
私は正直に、アマル村での魔獣騒ぎから、神獣スビンクに言われた光の巫女や戦士の話。その挙げ句、気付いたら最近良く見る夢の話まで堰を切ったように話していた。
それは、やはり不安に感じていたのと、セラスさんがセリカさんと同じく、信用出来る人だと思えたからだ。
神獣スビンクの言った光の巫女や戦士の話は、先輩も知らなかった話なので横で驚いた顔をしていた。
セラスさんは話を聞き終わると、何やら難しい顔で瞑目して考え込んでしまった。
「エリー、光の巫女と戦士の話は私も聞いてなかったわよ」
先輩がちょっと眉を寄せ、少しきつめに見詰めてくる。
「えっと、先輩にも話そうとしたけど……今は、色々と忙しそうだったから……」
私が申し訳なさそうに声を小さくして言うと、先輩は顔をしかめて腕を組み、セラスさんと同じく考え込んでしまった。
急に静まった雰囲気に、そわそわと落ち着きを無くした私は、ちらりと横を見る。そこには、いつもの如く口をへの字に曲げたカゲヒサさんが、目を閉じ身動ぎひとつしない。
居眠りしてない事は分かってるのよ。言葉が分からなくて、会話に参加出来ないのは分かるけど、こういった雰囲気の時ぐらい気のきいた話でもしなさいよ。
私がむっとして眺めていると、カゲヒサさんがピクリと薄目を開けた。だけど、またその瞳は固く閉じられ身動ぎひとつしない。
今、ちょっと開けたわよね。私はちゃんと見たわよ。ちょっと起きなさいよ。
私達が目に見えない暗闘? を繰り広げていると、セラスさんが漸く口を開いた。
「やはり……時間は無いようだね。あんたらには無理にでも、あたしの頼みを聞いてもらうしかないようだ」
「えっと……それはどういう……」
恐る恐る聞いてみると、セラスさんが有無を言わさないとばかりに、きっぱりと言い切る。
「なに、あたしの頼みは簡単さ。後数日で始まる武闘会にあんたらが参加して、出来ることなら……いや、必ず三人の中の誰かが優勝することさ」
「えっ、えぇぇぇぇ!」
私の声に、カゲヒサさんが目を見開き顔を向けた。
『急に大きな声を出すから驚いたが、いかがしたのでござる』
う〜ん、これを話すとカゲヒサさんはきっと。
『このセラスさんに依頼されたのだけど、それが……大会に出て優勝してくれってさ』
『な、なんと!』
途端に、言葉を詰まらせたカゲヒサさんが、一気に顔を輝かせた。
――あちゃぁ、やっぱりね。
これだと、断れる雰囲気ではないわね。
「だけど、あんた達のギルドのカードはまだ、見習いのままのようだね。アレクサンドリでは活躍したようだけど、さすがに直ぐはランクアップ出来なかったみたいだねえ。大会に捩じ込むには、見習いだと不味い」
それなら、大会に出ない方向でお願いします。カゲヒサさんや、先輩はいいけど私はさすがに無理ですよ。でも、私の希望もあっさり裏切られる。
「そうだ、ちょうど良い案件がある。この近くの荒れ地で魔獣が、暴れて危ないと報告があったね。それを、討伐依頼としてここのギルドに出すから、あんたらが引き受けな。これで前回の分と今回のとで、多分ランクが上がる筈だよ。これであたしら神殿の推薦で大会に出られるねぇ」
「で、でも、大会まで後三日ですよ」
「なぁに、あんたらなら大丈夫だよ。討伐して明後日の夕方までに帰ってくればいいさ」
そんな無茶苦茶なぁ。いくらなんでもそれは酷い。普通、討伐依頼を受けたら情報収集から初めて、せめて十日以上は期限をもらわないと。
私の困惑した顔に気付いたセラスさんが、更に言ってくる。
「あたしらの秘事を教えるぐらい、信頼したあんたらに出す依頼だよ。まさか、断る訳ないよねぇ」
そんなぁ。秘事はセラスさんが勝手に話したのに、何だか断れない雰囲気です。
先輩を見ると、まだ目を閉じ考え込んでます。
カゲヒサさんは、顔を輝かせて嬉しそうです。
セラスさんを見ると……怖い笑顔で見つめ返してきます。
「……分かりました」
「そうかい、そうかい。よかった、よかったよ」
セラスさんが、満面の笑みで頷いていた。
「あぁ、それと一応、セリカからの手紙も貰っておこうかね」
私が差し出した手紙を、笑みを浮かべたまま受け取り、満足そうにしていた。
その後、気が変わって依頼を断るのを恐れるかのように、私達はあっさりと追い出された。その際、ギルドに出す依頼書を渡され、この街にあるギルドに持っていけと渡された。依頼書を持っていく私達が、その場で依頼を引き受けるとか変な感じ。
一階に降りると、ピエトロさんの姿は既になく、カイル君がひとり苛々しながら待っていた。
「あれっ、カイル君どうしたの?」
「なっ、あなた達を待っていたというのに。まったく……」
カイル君が「遅い」とか、ぶつぶつ文句を言っていた。
「それで、ピエトロさんがいなくて、カイル君が何故ここで待ってたの」
「若様に言われたのですよ。神殿都市に不案内なあなた達を案内するようにと」
「ふぅん。それでピエトロさんは?」
「若様はお忙しいのです。ここには今、沢山の貴族の方がいらっしゃってますから。だから、僕が皆さんの御世話をするように言い付かったのです」
カイル君の表情に一瞬、不満げな様子が浮かぶ。別に私達に案内はいらないのにね。
先輩を見ると無反応。難しい顔して、未だに何やら考え中。ホントにどうしちゃたのかしら。
「それで、次はどこに行くのですか?」
カイル君が、少し冷淡でとげとげしい調子で聞いてくる。
もう、そんなに嫌そうに案内されても、こっちが嫌になるわよ。私はため息を、そっと溢しながらギルドに向かう旨を伝える。
「分かりました。ギルドならこっちです」
カイル君が先導して歩くが、すぐ近くにギルドのシャラーム支部はあった。そこは、さすがにアレクサンドリのギルドとは比べるべくもなく、一回りも、いえ、二回りは小さな建物だった。
けど、その入口には岩の塊? 違うわね。筋肉の塊が塞いでいる。
それは神殿で見掛けた、あのタイタン族の人だった。別名巨人族と言われるだけあって、ホントにでかいわね。
でも、背中を向けてるそのタイタン族の人に、カイル君は気にするでもなく近付き、足首を思いっきり蹴りつけた。
「どけデカブツ! 邪魔だ!」
でも、蹴られたタイタン族の人は全然気付かないみたい。逆に蹴ったカイル君が足を痛めたのか、顔をしかめていた。
それにしても、カイル君は無茶をするわね。タイタン族の人を怒らせると、大変な事になると良く聞くのに。
『まだ年若い間は、少々気が強いぐらいが、武人としては生来有望でござるよ』
後ろを振り返るとカゲヒサさんが、にこにこと笑っていた。
もう、今のカゲヒサさんは、何が起きても許しそうだわ。よっぽど、大会出場が嬉しいのね。
「カイル君、駄目でしょ。行きなり他人を蹴ったりしたら」
カイル君は「ふん」と鼻を鳴らして、顔をしかめた。
もう、先輩も何か言ってやって下さいよ。先輩を見ると、まだ、ぼぉと物思いに耽っていた。
――もう、皆勝手なんだから!
私が怒りを爆発させようとしていると、タイタン族の人が漸く気付いたようでこちらを振り返った。
「おんやぁ、こいつは邪魔しでだようだすな。すまねえこってす」
その朴訥そうな表情を緩め、間延びした声で話し掛けてくると頭を下げる。
何だか、噂に聞くタイタン族とは違って、拍子抜けするわね。
と、その時、入口の扉が開いて、カイル君と同じぐらいの歳の少年が飛び出してくる。
「お前らでは、話にならん!」
その少年は、ギルドの中に向かって叫ぶ。そして、タイタン族の人を押し退け前に飛び出すと、目の前にいたカイル君とぶつかり、二人とも転んでしまった。
「誰だ、俺にぶつかったのは!」
ギルドから飛び出てきた少年が、顔を真っ赤にしてカイル君に詰め寄っていた。
「なんだ、誰かと思ったら軟弱ピエトロの腰巾着のカイルか」
その少年が衣服に付いた埃を払いながら、小馬鹿にした顔をする。
「くっ、お前はドーマン……」
カイル君が顔を歪めて呟いている。
「ドーマン様だろ。相変わらず無礼なやつ。まぁ良い。今年の大会は、我がボンビー男爵家が頂く。今年は、我が家にはこいつがいるからな」
その少年は、タイタン族の男性をぽんぽん叩いて笑い出していた。
そして「おい、行くぞ」と、タイタン族の男性に声を掛け、笑いながら去って行った。
「カイル君、今のは」
「ストライド家と、同じくこのシャラームと領地を接するボンビー男爵家の嫡子でドーマン・ボンビーです。何かにつけて、ストライド家を目の敵にしてるのです」
カイル君が悔しそうに顔を歪めていた。
「ふぅん、何か複雑そうね」
それにしても、今の騒ぎでも二人は……。
カゲヒサさんは、心ここにあらずといった感じで、にこにこしている。駄目だわ。既に、気持ちは大会に飛んで行ってる。
そして先輩も……。
「先輩?……先輩!」
何回か呼び掛けると、やっとこちらに目を向けた。
「んっ、どうしたのエリー」
「それは、こっちの言葉です。どうしたのですか先輩。いつもの先輩らしくないですよ」
「……光の巫女、戦士。ちょっと、吟遊詩人が奏でる叙事詩を思い出してたのよ」
そういえば、先輩は幼い頃に聞いた叙事詩に憧れて、騎士を目指し、今は冒険者をやってると聞いたことがあったわね。
そんな事を考えていると、先輩が瞳を乙女のようにキラキラさせる。
「素晴らしいわ。もしかすると、私達は叙事詩の物語のような出来事に、巻き込まれてるのかも知れないわ。私達はその物語の登場人物……なんと素晴らしい事なのでしょう」
最近、先輩のイメージが、どんどんと崩れていくのは気のせいでしょうか。
うっとりとした表情を浮かべる先輩と、いつまでもニコニコしているカゲヒサさんを見て、「はぁ」と、大きなため息が出てしまう。
この先、私達は大丈夫なのでしょうか。
私は首を振りながら、ギルドの中へと足を進めた。




