2 剣豪、盗賊を成敗する。
これは一体……どうなっておるのか。
まさか狐狸の類いに化かされて……馬鹿な話だが、そうとしか考えられぬ。
目の前には、燃えるような赤い髪をした娘がそれがしを見上げておる。
よくよく見てみると、耳が尖っておるな。なんとも不思議な、あっ、そうか、瞳の色が青い。話に聞く南蛮人なのであろう。
ここが何処なのか尋ねるが、言葉が通じないのに閉口する。困った顔をした娘が何やらぶつぶつと申すが、少々おつむが弱いのかも知れぬな。
『あなたは何者? ヒューマンなの?』
ふむ、何故か、娘の言葉が理解できるようになった。聞こえるのは知らぬ異国の言葉。不思議なものじゃ。
『ヒューマンというのはわからぬが、それがしは伊藤一刀斎景久じゃ』
ヒューマンとは何の事であろうか。それがしとヒューマンなる御仁が似ておるのかも知れぬな。
目の前の南蛮娘に今一度ここは何処なのか尋ねようとすると、不意に背後から槍が突きいれられる。
景久はとっさに体を横にずらすと、槍首を掴み引っ張った。すると、あっさりと槍ごと賊のひとりが振り回されて転がっていく。
おっ、これは。いつもより力が溢れておる。まるで若かりし日々のように。いやそれ以上か。若い頃は力自慢で周りの者からは鬼夜叉と恐れられていたが、その時以上に今は力が溢れておる。
よく見ると、腕は若い頃のように肌が張っておるし、手の平で顔を触ると長い間に刻まれた深い皺も消え失せておる。
面妖なことだが、もしやわしは若返っておるのか。
『ちょっと、ぼぉとしてないで、召喚されてきたのなら私達を助けてよ』
南蛮娘に言われて初めて周りを見渡す。
ふむ、どうやら盗賊の類いに襲われてるようであるな。いや、気付いておったが突然のことで、周りを気にする余裕がなかったようじゃ。それがしも、まだまだ修行が足りんの。
『娘御よ、委細承知じゃ』
詳しい話は、また後にするとしよう。
南蛮の妖術なのか、今はこの若返った体を思う存分に動かしてみたい。
南蛮娘に答えると盗賊に向かって走り出す。
目の前で南蛮娘の仲間とおぼしき鎧を身に付けた女武芸者に、盗賊のひとりが馬乗りになり剣を振り上げている。
まずは、こやつからじゃ。
「御助勢致す!」
馬乗りした盗賊の横を駆け抜けながら、首筋目掛けて刀を抜き打つ。
盗賊の首がゴロリと転がり落ち、噴き出す血流が女武芸者に降り注ぐ。
女武芸者が何か言っておるが、異国の言葉はよくわからぬ。
それにしても、それがしの太刀は戦働きの為、身幅も厚く拵えもしっかりしたものを作らせたが、銘の無き野太刀であったのだが。
これも、南蛮の妖術なのであろうか。太刀の刀身が蒼白く輝いておる。
しかし考えても栓なき事、今は目の前の盗賊を切り捨てるのみ。
争いは馬に引かせた南蛮の箱車を守るように配置された小数の武者と、それを取り囲む多数の盗賊達の争いなのが見てとれる。
守る者はなかなかの武者振りを見せるが、多勢に無勢。徐徐に切り立てられておる。
あの場所が危ないようじゃな。
景久の視線の先には盗賊の攻勢に耐えられず、今にも突破されそうになっている場所が見える。
そこに駆け付けると、逆に切り立て押し返す。
昔を思い出すのぉ。剣の修行のため、よくこうして盗賊や山賊を探しては斬りまくったものだ。世の中には斬って良い者達と、斬っては駄目な者達がいる。
「当然、お前達盗賊の類いは斬ってよい者である!」
何故か、景久の表情は闘争の場であるにも関わらず、綻んでいた。
景久が盗賊達の中に切り込む。右へ左へと太刀を振るう度に盗賊達を斬り伏せる。
盗賊が剣で斬りかかってくるが、鋭く踏み込むと下段から掬い上げるように裏籠手を斬り、返す刀で首を斬り飛ばす。
いつしか、突出した景久の周りを盗賊達が取り囲んでいた。
そして盗賊達の後方では、全身を甲冑に包んだ大男が景久を指差し声を張り上げている。
あやつが頭目のようじゃな。ならば、あやつを討ち取れば、この争いにも決着がつくとゆうもの。
だが、取り囲んでいた盗賊達が一斉に景久に襲い掛かってくる。
いくら囲んでも無駄じゃ。若返ったこの体と、わしが生涯を掛けて編んだ剣術があるかぎり。
どれほどの人数で囲もうとも、斬り込んでくるのは前後左右の四人。しかも一斉に斬り込んだとて、そこにはどうしても遅速がある。
「これが、わが流儀の奥伝、仏捨刀じゃ」
景久の持つ太刀が前後左右に蒼白き光を放ち煌めくと、周りにいた四人の男が倒れた。
「はっははは、体が軽い。まるで羽が生えたようじゃ、はっははは」
景久が哄笑しながら周りの賊を斬り伏せ、頭目とおぼしき男に向かって突き進む。
すると、頭目らしき男の横にいた男が両手を前に突きだし、何か叫ぶ。
「なんじゃこれは、これも南蛮の妖術なのか」
突きだした両手の前に火の玉が浮かび上がると、景久に向かって飛んでくる。
とっさに、腰に差していた脇差しを投げ打つと、これもまた蒼白き光を放ち、火の玉を切り裂き妖術使いに突き刺さった。
それを見た周りの盗賊達が、驚愕の表情を浮かべて後ずさる。
遠巻きする盗賊達の中を、景久がゆっくりと頭目らしき男に歩み寄って行く。
頭目らしき男は目映いばかりの白き甲冑に身を包んでいる。
盗賊とはいえ、そこそこには名のある武人と見える。
「それがしは、伊藤一刀斎景久。尋常なる勝負を所望致す」
景久が声を掛けると、全身を甲冑に包んだ大男が、異国の言葉を叫びながら大剣を振り上げ、斬り込んできた。
ふむ、あの剣は身の丈ほどもありそうじゃ。引き斬るというよりは、圧し斬るのを目的とした剣じゃな。
全てを押し潰すように大剣が上段から振り下ろされる。
甘いのぉ。そのような力任せの剣など、我が剣術の前では稚技に等しいわい。
「その技、悪しゅうござる」
景久は頭上に刀を斜に掲げると、大剣を斜めに受け流す。
大剣が刀身の上を滑り、地を叩き土砂を撒き散らす。
それと同時に鋭く踏み込んだ景久が、体勢を崩した大男の前で腰を落として、下から刀を突き上げる。
その切っ先は大男の首元にある甲冑の隙間に差し込まれた。
「うががが、ごふっ!」
大男はくぐもった声を上げると、その場に倒れ伏した。