閑話 爆雷のガンツ
俺の名はガンダル・クライス。人からは爆雷のガンツと呼ばれている。
数日前の事だが、その日はあの“草原の狼”がまた商隊を襲ったとかで、朝も早くから叩き起こされ機嫌が悪かった。
ギルド内は今頃、蜂の巣をつついたように大騒ぎになってる事だろうと思い、それを想像し、うんざりして急いだ。
ギルドの職員なんぞになるものでなかったと、後悔もしていた。
職員は意外と煩雑で、俺のような肉体派には少々辛いものがある。
俺が職員になったのは、半年ほど前に王国内に現れたAランクモンスター、バジリスクの討伐依頼をうけた時だった。数十人の冒険者達と一緒に依頼うけたが、俺が大怪我をしたからだ。
討伐自体は上手くいったが、詰まらないミスから俺は大怪我をしちまった。
あわや半身不随になるかと思われたが、サラの献身的な看病とギルマスのセリカの癒しの魔法で、一ヶ月後にはどうにか快復した。
そのため、この二人には今でも頭が上がらない。
その時だ。セリカから職員への打診をうけたのは。俺ももう三十歳を越えた。冒険者なんて危険な商売、いつまでも続けられるはずもない。俺は将来のため、サラとの将来のためにも堅実な仕事を選んだ。
といっても、サラとはまだ一緒になる約束したわけではない。だが、あいつもそう思ってるはずだ。
そんな事を考えながらギルドに急いで行ってみると、どうも商隊の連中が自分達で“草原の狼”を撃退して、念のためこの都市に駆け込んできたようだった。
その際、“草原の狼”の本隊ではなかったようだが、襲い掛かる盗賊をほとんど倒したようだ。
相手はあの“草原の狼”中には剛力のガークもいたらしい。よほど腕の良い護衛でも雇ってるのかも知れねえな。護衛に金も掛かけてるに違いねえ。
そうなると、取り急ぎやることは周囲の探索くらいか。
少し気が抜けると、今度は朝早くから叩き起こされ、猛烈に腹が立ってくる。
この鬱憤を誰かを相手に晴らしてやろう。そう思い、ギルド内を見渡していると、ちょうどサラが、ガキを二人相手しているのが見えた。
女のほう、あれはエルフなのか、赤い髪は珍しいな。ヒューマンの男のガキはこともあろうに剣の柄に手をかけ、俺のサラに因縁を付けてやがる。
エルフの娘に何やら言われ納得したようだが、まだ不満そうにしている。
このバカップルには、俺の教育的指導が必要なようだな。
俺は静かにサラの後ろに近付いていく。
サラの後ろで聞いていると、どうもお貴族様の遊びで冒険者登録するようだ。
ふんっ、ますますいけすかねえガキ共だ。
サラも心得てるのか、仮証なる聞いたことも無いものを差し出しやがる。ここは俺の出番だな。俺がこいつらを追い払ってやろう。
サラの後ろから手を伸ばすと、仮証を差し出そうとするその手首を掴んだ。
「おっと待ちなサラ。見たところ新人のガキの登録のようだが大丈夫なのか」
そしてその日、俺はとんでもねえガキに出会った。ギルマスのセリカが言うにはかなりの年齢らしいが、どう見ても十代のヒューマン、ガキにしか見えなかった。
俺はそのガキをなかば強引に、ギルド内にある訓練場に連れて行く。
実力を見るといったのは名目、実際は足腰が立たなくなるまでしごき、体よく追い返すつもりだった。
だが……それは木剣を構え、やつと向かい合った時だった。確かに油断はあった。まだ十代そこそこに見えるヒューマンのガキ。
やつはするすると近付くと、あっさり俺の手首を打ちすえ俺は木剣を取り落としてしまった。
何故、確かにやつが近付くのは見えた。だが、気付いたら手首を打たれていた。
どうしてだ。分からん。やつからは魔力を感じねえ。魔法を使ったわけでもない。
ロビーにいたほとんどの冒険者達は、俺達の試合を観戦しにきている。
無様な所は見せられねえ。こいつらに舐められると、今後の仕事に影響が出る。
いや、それよりも俺が我慢ができねえ。あのエルフの娘なんか小躍りして喜んでやがる。
「おい、今のは無しだ。大体今のは、開始の合図も無かっただろ。今のは無効だ」
苦しい言い訳なのは分かっている。だが、これで終らせる訳にいかねえ。
どうやらやつも、もう一度試合をしたいようだ。何ともなめたガキだ。
しかし、このガキは妙な技を使いやがる。
俺は余裕の表情とは裏腹に、今度は慎重に構える。やつはそれが分かるのか、笑ってやがる。
本当になめたガキだ。
ゆっくりと近付き、後一歩で木剣が届くといった所で歩みを止める。
やつも同じく歩みを止めた。
そこでようやく、このガキが容易な相手では無いことを覚った。
こいつはガキのくせにちゃんと間合いを読んでやがる。
俺は更に慎重になる。
しかし、どうにもやつの剣先が邪魔だ。いくら横に回り込もうが、俺の目線の先に剣先を向けてきやがる。
しばらく睨みあっていたが、ふと気付くといつの間にか間合いが詰まっていた。
このガキ、また妙な技を使いやがったな。
このまま打つか……いや、負ける訳にいかねえ。このガキはまた妙な技を仕掛けてるのかも知れねえ。ここは一旦、退こう。
だが、俺が一歩後ろに退こうとすると、ガキが仕掛ける素振りを見せる。
慌てて木剣を振り下ろすが、それはやつの誘いだった。それに途中で気付いたが、もう遅い。
ちっ、えーいままよ。このままこのガキを……だが、また手首を打たれ木剣を取り落とす。
くっ、この俺がこんなガキに手玉にとられるとは。このガキはヒューマンの皮を被った魔物じゃねえのか。
「ガンツのおっさんももう歳だな」
「現役から退いて半年もたつからな。体もなまったようだ」
「爆雷のガンツも大したことねえな」
周りにいた冒険者達が、好き放題勝手な事を言っている。
このまま終われるかよ。俺の本気を見せてやる。
俺は魔力を解放する。
すると黒いオーラと共に雷が体の表面を覆っていく。
これが俺の雷装。そして……。
「ちょっとガンツ、何をしてるのよ。このギルドを破壊するつもりなの。それ以上やったら懲罰ものよ。あなたとの今後も考え直さないといけないわね」
サラが俺の雷装を気にせず近付いてくる。
うっ、サラが目を吊り上げ、本気で怒ってやがる。
このままだとサラまで巻き込んでしまう。
俺は仕方なく雷装を解いた。
周りで見物していた連中は、俺の雷装にびびって逃げ出している。
ふんっ、あいつらも俺の実力の一端は分かっただろう。
まあ今日はこれぐらいで……だがこのガキにはいつか俺の実力を思い知らせてやらねば。
俺は試合に勝ち喜ぶエルフの娘とガキを、苦々しく眺めていた。
しかし、その機会は早くもやってきた。
それから数日後、活発になった“草原の狼”、あの盗賊共がこともあろうに、俺がいる街に急襲をかけて来やがった。
あのガキといい、草原の狼の連中も……俺もなめられたもんだぜ。
俺達は政庁の建物が急襲をうけたと聞き、政庁へと急ぎ駆け付けた。
聞いたところ盗賊共はキラーアントを使って直接政庁へ急襲をかけたようだった。
盗賊のくせに洒落た真似をしやがる。
しかし、ギルドが近いとはいえ、俺達に助けを求めるとは軍の連中もだらしがねえぜ。
俺達が駆けつけると、政庁前はキラーアントの群れで真っ黒になっていやがる。
キラーアントは一匹見つければ、十匹はいると思えと言われるほどその数が問題だ。こいつらを掃除するには骨が折れそうだぜ。
セリカの檄のもと、俺達は勇んでキラーアントに向かっていく。
だが、またしてもあのガキが。
何を思ったのかひとり突出して、キラーアントの群れに向かっていく。
やはりまだガキ、戦いに興奮でもしたのだろう。馬鹿なガキだ。
しかし、やつはまるでダンスを踊るように右へ左へと動き、キラーアントを翻弄してその頭を斬り落としていく。
俺はその流れるような動きに、ほれぼれと見とれていた。
ちっ、俺としたことが、あんなガキの戦いぶりに魅せられるとは。
俺は爆雷のガンツ、あんなガキに負けるかよ。
俺はいつしか皆の制止を振りきり、キラーアントの群れに向かって駆け出していた。あのガキの横を駆け抜け、新たな群れに向かう。
「俺は爆雷ガンツ。これが俺の実力だ。見やがれ」
手に持つ大剣にまで雷を纏い、キラーアントに叩きつける。すると、当たった箇所が爆散する。二撃、三撃と叩き込むとキラーアントは跡形もなく爆散した。
どうだ、これが爆雷の通り名の所以、俺の必殺技爆雷撃だ。
俺が笑いながら振り返ると、あのガキは驚いた顔で少し悔しげな顔を見せる。
これで、このガキにも俺の実力が分かっただろう。
だが、ガキは俺に対抗するように、周りのキラーアントを攻撃しだした。本人からは魔力を感じないが、手に持つ剣からは凄まじい魔力を感じる。その蒼き光を放つ刃を振るい、一呼吸で前後左右にいたキラーアントの首を斬って落とした。
このガキ、化け物かよ。
しかし俺も負けてられねえ。大剣を風車のように振り回し、周りのキラーアントを葬っていく。
いつしか俺達は、競いあうようにキラーアントを倒していた。
「それ、今だよ! 隊列を組んでキラーアントを押し返すよ」
背後からセリカの声が聞こえる。どうやら他の連中も、キラーアントを押し返し始めたようだ。
後は魔獣使いをどうにかして、キラーアントの這い出てきた穴を潰すだけだな。
セリカの指示で何人かが、魔獣使いの居場所を探るため駆け出していく。
ふと気付くと、あのガキが居なくなっていた。
まさか……。
しばらくすると、キラーアントの動きが鈍くなり、仕舞いには逃げるように引き揚げだした。それと同時に魔獣使いが倒された報告がきた。
やはりあのガキ……止めはあのエルフの娘がさしたらしいが、どうせあのガキのお蔭だろう。
しかも倒した相手は魔獣使いのメルトーザ。
“草原の狼”四天王のひとりだ。だからあれだけの数のキラーアントを操ってたのだろう。
ちっ、おいしいところをあのガキに全てもっていかれたようだぜ。
だが、まだ“草原の狼”のリーダーが残っている。
キースの首は俺が必ず取る。
あのガキ……カゲヒサといったな。あいつにだけは負けたくねえ。
この爆雷のガンツの名にかけて。




