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16 剣豪、魔獣と戦う。


 それがしは訳も分からず、エリィさんやマリアンヌどのに引っ張られるようにして、町の大きな通りを走っていた。

 周りにはギルドとかいう座のような集まりのおさセリカどのや、ギルドの石造りの建家の中で話し合いをしていた多数の男衆も走っておる。


『エリィさん、一体何が起こっておるのかのう』


『カゲヒサさん、何をそんなのんびりした声を出してるのよ。て、敵よ。中央公園に、多分“草原の狼”の連中。今度は魔獣が相手だから気を引き締めないと危ないわよ』


 手に弓を持ち背中に矢筒を背負ったエリィさんが、緊張してひきつらせた顔を見せる。

 ふむ、それがしよりエリィさんの方が心配であるが。


『アント系の魔獣は土の中を掘り進むのが得意だからね。しかし、まさか中央公園とは。政庁前じゃないかい。盗賊共は本気で……いや、街の中を混乱させて、連邦が動くまでの時間稼ぎをするつもりなのかねぇ』


 横にいたセリカどのがそれがしにも分かるように、秘術を使って話に加わってきた。


 先ほどまで、敵の本陣に奇襲を掛ける話し合いをしておったようじゃが、どうやら逆にこの町の本陣が敵の急襲をうけたようであるな。


『しかしこれは参ったね。先に進めそうにないねえ』


 セリカどのの嘆きも尤もでござった。

 それがし達の行く手をはばむかのように、多数の人々が逃げ惑いこちらに向かって来ておった。

 混乱した民衆ほどたちの悪いものはない。まさか斬って捨てるわけにもいかず、この人混みの流れを逆に進むには容易なことではござらぬな。


『仕方ないねえ。こいつは魔力をくうから使いたくなかったのだけどねえ』


 セリカどのが両の手を前に差し出すと、赤い光がほとばしり目の前の空間を切り裂いた。


『凄い、空間魔法……初めて見たわ』


 エリィさんとマリアンヌどのが、感嘆の表情を浮かべておる。


『何を言ってんだい。あんたとその男が協力すれば、もっと凄いことが……』


『えっ』


『いや何でもないよ。皆! こいつをくぐると政庁前だ。気を抜くんじゃないよ!』


 セリカどのが裂け目に駆け込み、皆がそれに続いていく。


 これはどういった秘術なのでござろうか。

 危険はないようだが……。


『ほら、行くわよカゲヒサさん』


 驚くそれがしは、エリィさんにうながされるまま裂け目に駆け込んだ。

 裂け目の中は赤い光に覆われた隧道すいどうのようになっており、十歩も進まぬうちに新たな裂け目が現れ、そこをくぐると景色が一変いっぺんした。


 驚いたものじゃ。

 これは話に聞く縮地の術。書物の中だけのまやかしと思っておったが、実際に使える者がおったとは。


 目の前では既に戦いが始まっておるようじゃな。


 あれがこの町の本丸なのか。石造りのしっかりした建家の前で、この町の兵士とおぼしき者達が、妙な生き物と戦っていた。


 あれは虫……。

 牛ほどの大きさの黒い蟻に似た奇妙な生き物は、近くの樹木が生い茂る場所から雲霞うんかの如く押し寄せ、兵士達に襲い掛かっていた。


『あ、あれは何でござるかな』


『カゲヒサさんはキラーアントも知らないの』


 それがしとしたことが、思わず声が上擦うわずってしまったようじゃ。

 異国にはあのような生き物がおるとは、確か京の都に象なる獣を商人が連れてまいったことがござったが、小屋ほどの大きさに人の背丈もあろうかという鼻に驚いたものじゃ。南蛮の生き物には驚かされるわい。世の中は広いものでござるな。


 れど、あのような生き物と、どのように戦えばよいものやら。


『魔獣を狩るのがあたしらの仕事だからね。王国の兵士においしいところを持ってかれる訳にはいかないよ。あたしらギルドのメンバーで公園の中に押し戻すよ』


「応!」


 それがしの困惑をよそに、セリカどのの掛け声に勇ましくも応えて、男衆が駆け出していく。


『おや、キラーアントを見たことがないのかい。どうやら伝承どおりのようだね……なぁに心配いらないさ。キラーアントは首が弱点。単体だと恐れるほどでもないのさ。だけどね、数が問題なのさ』


 それがしを見てセリカどのがにやりと笑う。

 確かに、キラーアントと申す生き物は、首の関節が極端に細くなってるように見える。

 あれならば首を斬って落とすのは容易なようじゃな。


『さぁ、結界魔法が使える者は公園に結界を張って、キラーアントが他所に向かわないようにするよ』


 セリカどのの怒鳴り声を背後に聞きながら、それがしやエリィさんとマリアンヌどのも、戦いの中にその身を投じた。




「カチカチカチ」

 キラーアントがあごを鳴らして、後ろ足で器用にも立ち上がる。

 その横を走り抜けながら、左の後ろ足を切り飛ばす。

 すると、ドォとばかりに音をたて、地に転がった。

 すぐさま反転し、背後から首元に太刀を振り下ろすと、頭が転がり落ちる。


『カゲヒサさん、危ない!』


 エリィさんの声に反応して横に転がる。と、背後から迫ってきていた蟻もどきが、先ほどまでそれがしのおった所に液体を吐き出していた。


 “ヒュッ”風を切る音と共にキラーアントの口中に数本の矢が突き立つ。そこにマリアンヌどのが駆け込み、槍を首元に突き刺す。


『キラーアントの蟻酸には気をつけて』


 弓を構え青い顔したエリィさんが、心配そうな顔を見せる。


 油断は禁物だが、

『エリィさん、もはや心配は無用じゃ。こやつらの動きは全て見切った』


 それがしの剣術は対人を想定して練ったものであり、最初は戸惑いもあっが無念夢想の境地に身をおき対処すれば、どうということもない。

 所詮しょせんは知恵なき生き物。こやつらの攻撃は噛み付きと今の蟻酸。気をつけねばならぬのは蟻酸のみ。

 噛みつこうと首を伸ばすのはそれがしに弱みをさらし、首を差し出すようなもの。


 今しもまた、樹木の生い茂る場所から数十匹の蟻もどきが、群れをなし飛び出してくる。


『それがし伊藤一刀斎景久。いざ参らん』


『カ、カゲヒサさん』


 エリィさんが焦った声を出すが構わず、その群れに向かって駆け出す。

 若返ったためか、それがしは闘争の喜びに身を震わせ、どうにも我慢ができぬ。


 キラーアントが噛みつこうと首を伸ばす。それを、紙一重かみひとえで躱しざまに太刀を振るうと、ゴロリと頭が転がり落ちた。

 前後左右、蒼い光をたなびかせて太刀を振るう度に、キラーアントの頭が転がり落ちる。


 だが、次から次へとキラーアントは湧くように現れる。また新たな群れが飛び出してきた。


 その群れに向かおうとしたそれがしの横を、誰かが駆け抜けて行く。


 それは、その身に雷雲を纏ったガンツどのであった。

 ガンツどのが大剣を振るうと、爆発するかのようにキラーアントの体を削る。目の前のキラーアントを爆散させると、それがしを振り返り何やら言うと、どうだと言わんばかりに笑い声をあげる。


 何を言っておるのか分からぬが、どうやらそれがしに対抗しておるようでござるな。

 ならば負けておられぬ。


『そおりゃ!』


 気合いに太刀が呼応したかのように更にきらめき、それがしは流れるが如くキラーアントの首を次々と斬って落とす。ガンツどのも颶風ぐふうとなって荒れ狂い、周りのキラーアントを爆散させていく。


『それ、今だよ! 隊列を組んでキラーアントを押し返すよ』


 セリカどのの怒鳴り声に振り返ると、男衆が横並びに列を組み、キラーアントを倒しながら前へ進み出した。たちまち、キラーアントを公園とか申す樹木が生い茂る場所に押し返す。が、そこから先は今度は樹木が邪魔で思うように進まない。


『こいつらを操る魔獣使いが、この公園内の何処かにいるはず。そいつさえ始末すればけりがつくよ。何人かは探しだしておくれ』


 数人の者が駆け出し、キラーアントの横をすり抜け、公園内に消えていく。


『カゲヒサさんこっちよ』


 何を思ったのか、エリィさんがそれがしとマリアンヌどのの腕を掴み引っ張る。


『エリィさん、今ここを離れるわけには』


 マリアンヌどのも怪訝な顔をする。


『私は森の民ヴァンドールの娘。樹木が教えてくれる。魔獣使いはこっちにいるわ』


 エリィさんが、あのキラーアントとか申す蟻もどきが湧き出る場所とは違う方向へ、それがし達を引っ張って行く。


 しばらくすると、樹木が途切れ少し拓けた場所に公園を管理するための小屋が建っていた。中からはピューピューと甲高い音が聞こえる。


『この音は“魔獣寄せ”の音。この中に魔獣使いがいるはずよ』


 エリィさんがささやくように言うと弓を構え、マリアンヌどのが槍を構える。

 それがしは無言で頷くと、そっと扉を押し開けた。


 途端に中から槍が突き出される。それを体をひねって躱すと同時に、槍首を掴み中ほどで斬って捨てる。

 そのまま中に躍り込もうとするが、扉の陰にいた男が剣を振り下ろしてきた。


 何とも未熟。そのように殺気を放っておれば、小屋に入る前から分かっておったわい。


 振り下ろされる剣を体を開いてさばくと、男ののどに太刀を突き入れる。

 くぐもった声を出す男をけり倒し、槍を持っていた男の前に転がるように飛び込む。

 そして、膝立ちで太刀を薙ぐと、男の両足を斬り飛ばす。

 地に転がった男は、まだ地に立ったままの自分の両足を見て「ぎゃっ」と短い悲鳴をあげる。

 その男の喉元にとどめの太刀を差し入れながら小屋の中を見渡した。


 小屋の真ん中には床に奇妙な模様が描かれ、その中央には男が座っている。その男の手には先に鈴のような物をくくり付けた紐を持ち、それを音を鳴らして振り回していた。


 あれが“魔獣寄せ”とか申す物なのでござろう。さすれば、こやつが魔獣使いとか申す者なのであろう。


 男が何か喚いて立ち上がろうとするが、トントントンと小気味良い音をたて、数本の矢が男の額や喉元に突き立つ。


 驚いて振り返るとエリィさんが弓構えて立っておった。

 エリィさんもここ数日の出来事で、何かふっ切れたのでござろうか。


 だが、エリィさんは青白い顔を強張らせ、矢を放った姿勢のまま固まっている。

 それはマリアンヌどのが側に寄り、肩を抱き寄せるまで続いておった。


 エリィさんが成長するのは喜ばしい事なのかも知れぬが、あの無邪気さがそこなわれるのは……それがしはエリィさんの将来に初めて不安を覚えた。



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