15 魔導師、大いに戸惑う。
ここ城塞都市アレクサンドリにあるギルドの奥、大会議室では怒号が飛び交っていた。
「おいおい、ガンツのおっさん、無茶にもほどがあるぜ」
「……まぁ、無茶だと思うが仕方あるまい」
茶髪の若い男が文句を言うのを、ガンツさんが顔をしかめて宥めていた。
大会議室の正面にはギルドマスターを始め、ガンツさんやサラさん、ギルドの職員が並んで座っている。
それに対面するように半円状に並んだ長椅子に、冒険者達がひしめき合って座り怒鳴り声をあげていた。
あのギルドマスターと宿屋で話をした次の日、ギルドの主だったメンバー50人ほどが、会議室に集められていたのだ。
そして何故か、私達は長椅子の最前列に座っている。
先輩は胸を張り毅然と座っているし、カゲヒサさんは腕を組み目を閉じ静かに座ってる。
私はその間に座って小さくなっていた。
カゲヒサさん、寝てるのじゃないでしょうね。
しかし何で先輩もカゲヒサさんも、平気な顔して座ってられるのよ。
こんな一番前に座らされておかしいじゃない。
それに、さっきから私の後ろの人が、立ち上がって怒鳴り声をあげているのに。
もう、さっきから耳元で怒鳴るから、本当に煩い。
煩いし、汗臭いし、ちゃんと汗を流してから来なさいよ。
ちらりと後ろを伺うと、茶色の髪を短く刈り込んだ若い男にジロリと睨まれた。
ひぃー、こわー。
何よもう、睨まなくてもいいでしょう。
私の後ろの男が更に文句を言っている。
「相手はあの“草原の狼”なんだろ。軍からも兵士を出してもらわねえと無理だ」
仲間なのか、周りの男達も同調するかのように、そうだそうだと騒ぎたてている。
「この辺りの冒険者をかき集めても五百ほどだろ。草原の狼は二千からいるって話じゃねえか。しかも魔獣まで従えてるらしいし、こいつはもう戦争だぜ。俺達の仕事じゃねえ」
「お黙りハンス! ついこの間まで鼻を垂らしてた小僧が分かったような口をきくんじゃないよ。あんたも、ちっとはこの街に愛着があるならちょっと協力おし」
今まで黙っていたギルドマスターのセリカさんが、堪り兼ねたように口を開き睨み付ける。
セリカさんはさすがにギルマスなだけあって、その一喝に皆が押し黙った。
ふへぇ、ギルドの荒くれ達をまとめるだけはあるわね。里のエルフと同じエルフとは思えないわ。
「……それは、俺も生まれ育ちはこの街だから愛着はあるけどよ……勝算はあるのかよ。それに、他の街からの応援を待ってからでも……」
私の後ろにいたハンスと呼ばれた若い男はさっきまでの勢いもなく、おずおずと声をだした。
「他からの応援をまってる時間はないんだよ。どうやら連邦が動き出しそうだからね」
セリカさんが顔をしかめて言うと、途端に会議室の中がまたざわめきだした。
「そ、それって、本当に戦争じゃねえか」
「ギルドは国同士の争いには、関与しないはずじゃないのかよ」
「それなら尚更俺たちの仕事じゃねえ」
会議室の中にいた冒険者達が、口々に不平を言いたて騒ぎだす。
「お前ら静かにしろ! 最後まで話を聞きやがれ!」
とうとうガンツさんが怒りだし、体の表面をバチバチ放電させると、会議室はまた静まりかえった。
ちょっ、ちょっと危ないじゃない。
ちょうど私達の正面にガンツさんが座っていたから、私の足下にまで放電した雷が飛んできていた。
ガンツさんの近くにいた職員さん達は慌てて飛び退き、私の横にいた先輩もぎょっと驚いている。
しかし、ギルマスのセリカさんは涼しげな顔で座っている。何故か、セリカさんの周りだけ雷が避けていくように見える。
何かの魔法を使っているのかしら。
そして、カゲヒサさんはこの騒ぎの中、目を閉じ微動だにしない。
本当に寝てるのじゃないでしょうね。
「ガンツ! あんたいい歳して魔法の制御も出来ないのかい」
セリカさんがじろりと睨むと、ガンツさんがばつが悪そうに頭を下げていた。
「あんたらもよくお聞き! 自分達が親しんだ街が蹂躙されるのは寝覚めが悪いだろ。これはあくまでも盗賊共の討伐。連邦が動きだす前にあたしらギルドで片を付けるよ。あたしがこの街でギルマスをしてる限り、絶対に戦争なんて起こさせやしない!」
セリカさんが拳を振り上げ怒鳴るように言うと、皆が不承不承ながらも頷いている。
セリカさんは意外と人望があるみたいね。
「ガンツ、あんたから皆に作戦を説明してやりな」
突然話を振られたガンツさんが少しびっくり顔をしていたけど、ひとつ空咳をすると皆に話しかけた。
「あー、それじゃあ皆聞いてくれ。作戦といっても、そうたいしたものじゃない。それと、軍も全く兵士を出さないわけじゃない。騎兵を二百ほど出してくれる手はずになっている。それに相手は二千といっても、一ヶ所に固まってるわけでもない。街を封鎖するため主要街道など何ヵ所かに分かれているようだ。今、偵察隊を出して敵の本陣を探らせている。そこで、敵の本陣が分かりしだい、ここにいる者以外の冒険者達と騎兵で陽動作戦を行い、お前達このギルドの精鋭メンバーで敵の本陣を急襲し、盗賊共の首魁キースを討ち取ってもらいたい」
「俺達だけで奇襲をかけんのかよ。それって、大丈夫なのか」
私の後ろにいるハンスと呼ばれた男がまた不平を言っている。
ていうか、そんな大事なメンバーに何故、私達が加わってるのよ。
先輩はまだ分かるけど、私とカゲヒサさんはまだ見習いなのに。ちょっと、おかしいでしょ。
「相手は“草原の狼”といっても、所詮は訓練も受けていないただの盗賊だ。使える者もそんなにいないだろう。だがお前達はギルドのランクがBランクの者がほとんどだ。十分に勝算があると思うが……それとも俺の見込み違いだったか。それならお前らのランクを考え直さなければいけないな」
ガンツさんが腕を組み、皆を睨み付けるように眺める。
「ちっ、そんな風に言われると反論しにくいぜ。しかし、俺達ここにいる連中は一癖も二癖もある者ばかりだ。誰が指揮をするつもりだ。まさか俺の前にいる貴族の姉ちゃんに指揮させるつもりじゃねえだろうな。それなら俺はごめんだぜ。それにその横にいるガキ共、さっきチラッと見たが、ギルドカードの色はまだ駆け出しの青だった。まさか一緒にくるつもりじゃねえだろうな。こっちは命がけ、ガキ共に足を引っ張られるのもごめんだぜ」
ハンスと呼ばれる男が先輩や私とカゲヒサさんを指差し、小馬鹿にしたような顔をしている。
ちょっと、随分失礼なことを言うわね。
先輩も少し不快な顔をしている。
まあ、半分は当たってるけど、先輩はCランクの冒険者だし、カゲヒサさんはそこのガンツさんにも、試合だったけど勝ったこともあるのよ。
あなたなんか、けちょんけちょんにやられてしまうわよ。
あっ、でもこれで私達はメンバーからはずれるかも。
少し期待したけど、セリカさんの笑い声が響き渡る。
「あっははは、はな垂れハンスが言うようになったものだね。言っておくが、そこのガーネット家の令嬢はギルドランクはCだが、実力はBランクはありそうだよ。あんたといい勝負になりそうだね。そのガキに見える男も見た目と違ってあんたの倍ほどの年齢はあるみたいだね。つい数日前にこのガンツを負かしたところだし、実力的にもなかなかのものだと思うが」
ガンツさんが苦虫を噛み潰したような顔をしている。そしてこの間の試合を見物していた人もいたようで、半数ほどの人が頷いていた。
「本当かよ。ガンツのおっさんが負けた話は聞いていたが、まさかこんなガキに……年齢も、妖精種に見えねえ。どう見てもヒューマンのガキにしか見えねえが、ガンツのおっさんが耄碌しただけじゃねえのか」
そういえば、私もカゲヒサさんの本当の年齢が気になるけど、はっきりとは聞いていない。
王国や連邦もだけど、私の知ってるかぎりの国々では、人に年齢を聞くのはタブーとされている。いつまでも若々しい姿のエルフなどの長命な妖精種や、獣人の中には短命な種族などもいて、種族のよっては様々な寿命があり、かつてはそれによって種族間で軋轢が生じて争いにまで発展したことがある。
そのため、よほど親しくならないかぎり、他人に年齢を聞くのはタブーとされている。
「まだまだ、ハンスお前には負けるつもりはない。それと、キース討伐の指揮は俺がとるつもりだ。まさか俺の指揮にも不満があるのか」
ガンツさんがジロリとハンスを睨み付けた。
「いや、あんたが指揮をとるなら文句はねえ……」
「……そうか、なら細かい役割や、その他の決め事を打ち合わせるか」
ガンツさんがそう言って皆を見渡した時、セリカさんが鋭い声をだした。
「ちょっとそこの二人! 後ろにいるあんたら前に出てきな!」
セリカさんが私達の後ろを指差し、突然大声で怒鳴った。
皆が驚いて振り返り指差した方を見ると、これといって特徴のない男が二人いる。全身をすっぽりと覆ったフード付きマントを着込み、一番後ろの席に座っていた。
「あんたら誰だい。あたしゃこう見えても、このギルドに登録している冒険者達は、ほとんど顔を覚えてるのだけどねえ。あんたらの顔には見覚えがないようだね」
「ちっ」
片方の男が舌打ちすると、マントの下から剣を取り出す。
それを見た周りの男達が驚いて慌てて後退った。
私達を含め、皆はこの会議室に入る時、全ての武器を預けていた。
咄嗟の事で皆は対処のしようがない。
すると、もう一人の男がその隙をついてマントの下からボーガンを取り出し、セリカさんに向かって矢を放つ。
それと同時に二人の男は剣を抜いて、セリカさんに向かって駆け出した。
それは瞬く間、一瞬の出来事だった。
皆があっと気付いた時には、矢は空間を切り裂くように音を鳴らしてセリカさんに迫り、身体強化を使っているのか、二人の男も風のようにその後を追いかけ、セリカさんに迫っていた。
一瞬の隙をつかれ、皆がやられたと思った時、いつのまにか、カゲヒサさんがセリカさんの前に立っていた。
そして飛んでくる矢を手刀であっさり打ち払うと、迫りくる二人の男の前に出てすっと腰を落として片膝をつく。
するとどういうわけか、二人の男は宙を舞い、背中から床に叩きつけられた。
カゲヒサさん居眠りしてたわけじゃなかったのね。今、何をやったの。
私にはどうやったのかさっぱりわからない。
周りにいた皆も唖然としている。
『ふむ、乱破素破の類いのようじゃが、受け身も満足にとれぬとは……どうもこの地の武人はちぐはぐでござるな』
カゲヒサさんが何事もなかったかのように、飄然と立っていた。
はっと気付いたガンツさんやハンス、冒険者達が二人の男を取り押さえる。
「このギルドの警備は一体どうなってるのだい」
「すまねえ、まさかこんな所まで入り込まれるとは」
セリカさんの文句に、ガンツさんが困惑して頭を下げていた。
「これだと、こちらの情報は向こうにだだ漏れようだね」
セリカさんがため息と共に嘆くように呟いた時に、今度は外にいたギルドの職員が慌てて会議室に駆け込んできた。
「マスター大変です! 街の中に、中央公園に魔獣が……キラーアントが発生しました」
「なっ、なんだって……まさかやつらキラーアントを使って街まで穴を……」
会議室の中が蜂の巣をつついたように大騒ぎになる。
「どうやら、敵に先手をとられたようね」
先輩が顔をしかめ、呆然と立っていた私の肩に手を置いて言った。




