1 剣豪、異世界に降り立つ。魔導師、大いに驚嘆する。
下総の国は小金原にある原野において、岩に腰掛けた初老の男が見守る中、二人の精悍な若者が刀を構え向かい合っている。
すっきりとした顔立ちの育ちの良さそうな若者と、野卑た顔立ちの粗野な若者が既に数刻に及ぶ死闘を繰り広げ、双方多数の傷を負い息を荒げていた。
「これで最後じゃ、鋭!」
野卑た顔立ちの若者が渾身の力で上段から刀を降り下ろす。と、もうひとりの若者が「応!」と答えながら、こちらも上段からその刀に被せるように刀を繰り出した。
まさに鎬を削って、後から繰り出された刀が先の刀の軌道を逸らして、相手の手首を斬り落とす。そして、返す刀で相手の首筋を斬り上げ、男の横を駆け抜ける。
若者が駆け抜けた後、振り返り刀を正眼に構えると、粗野な若者が首筋から血飛沫をあげて倒れ伏す。
「うむ、見事じゃ」
初老の男が立ち上がり近付いていくと、勝ち残った若者がその整った顔を歪めて地に倒れた若者を眺めていた。
「これも剣者の運命、仕方あるまい。いずれにしろ、これで典膳、そなたが我が流儀の道統を継ぐ事と相成った。この秘伝書と瓶割刀はその証としてそなたに授けよう」
初老の男が巻物と刀を差し出すと、若者が恭しく受け取った。
「これよりは一刀流を名乗り、精進いたせ」
「はっ。して、お師匠様は此よりいかがなされまする」
「ふむ、わしも老いた。剣者としてはこれまでじゃ。これよりは山奥にでも隠棲しよう」
その時、初老の男の足下が光輝き初老の男を覆い尽くしていく。
「むむっ、なんじゃこれは、妖怪変化の類いか」
「お、お師匠様ー!」
瞬く間に光と共に初老の男は消え去り、若者の叫び声が虚しく小金原の原野に響き渡った。
*
「きゃー、なに! 何よこれ!」
馬車の後部にある荷台から飛び降りた私の目の前に、数本の矢が突き立った。
「襲撃だー! 賊の襲撃だー!」
周りの人達が声を張り上げ走り回ってる。
周りを見渡すと、確かに草むらから武器を手に持ち、いかにもといったむさ苦しい男達が多数、私達に向かって来るのが見えた。
嘘でしょう。盗賊か山賊だか知らないけれど止めてよね。学園を卒業して最初の依頼でこんなことって。
こんなことになるなら、素直に薬草採取の依頼を受けてれば良かった。
私が魔法学園を卒業してギルドに登録すると、アンヌ先輩が護衛依頼に誘ってくれた。
先輩はいつもは女性ばかりの六人でパーティーを組んでるけど、今回はひとり欠員が出たとかで私が誘われたのだ。
依頼は隣の国、アレス王国の王都までの商隊の護衛依頼だった。
仕事は先輩のパーティー以外に後三組、総勢ニ十人で十両の大型馬車の護衛。
国境を越えた所で陽も落ちかけ、今日は野営をするという事で少し拓けた場所で商隊を止めた。
皆がほっと一息ついた隙をついて、賊が襲い掛かってきたのだ。
何でこんな事に……簡単で安全な仕事だと言ってたのに。先輩、恨みますよ。
「エリー、何をぼおとしてるのよ。あなた召喚魔法がレベル5で大鬼のオーガを召喚出来ると言ってたでしょう。早く何でもいいから召喚してよ!」
「あっ、はい」
アンヌ先輩が焦った声で私に声を掛けてくる。
あわわわっ、どうしよう。思わず返事したけど……先輩、ごめんなさい。嘘をついていました。私の召喚魔法のレベルは3です。見栄をはっていました。すいません。
小鬼のゴブリンぐらいしか……しかも今まで、まともに召喚できた事が……学園でもみそっかすだった私、卒業もお情けだったの。
うー、どうしよう。
アンヌ先輩は私の前で飛んで来る矢を打ち払っている。だが、周りでは護衛の人達がひとりまたひとりと倒されていく。
何故だか、賊の数は数えきれないほどの人数で襲い掛かってきている。
どうして、普通は盗賊といっても十数人があたりまえなのに、何でこんなに大規模な盗賊なのよ。
泣き言を言ってる場合じゃないわね。やるしかない。
私は泣きそうになるのを我慢して召喚魔法を唱える。ありったけの魔力を注いで。
といっても、私の魔力はまだ微々たるものだけども。
「我は、鬼界に呼び掛ける。我の言葉が聞こえし大鬼オーガよ、我が呼び掛けに応え我が前に出でよ。サモン、モンスター」
詠唱と共に私の体から魔力が抜け出していく脱力感を感じる。
私は崩れそうになる体を、両足で踏ん張り支えていると、前方の地面に魔方陣が浮かび上がった。
あれっ、なんだか何時もの魔方陣とは違うような。
魔方陣には見たこともないような魔法語が描かれ七色に輝く。そして、魔力と共に私の体は魔方陣にジリジリと引っ張られていく。
うそー、もしかして魔力の暴走。
ひぃー、もう駄目だわ。私が膝をつき目を閉じると、唐突に引き寄せようとする力が消失した。
あれっ、もしかして成功した……のかしら。
私は恐る恐る目を開けると、目の前に見たこともない衣装を身に付け、これもまた見たこともない剣を腰に差した青年が立っていた。
その青年は身長は私と変わらない高さだけど、この辺りの国では見かけないのっぺりとした顔立ちに、精悍な体つきをしている。瞳には意思の強さを感じるものを宿し、私を見下ろしていた。
そしてもっとも奇妙なのは、その髪型だ。
禿げてる。いえ、剃ってるのかしら。頭の中央には髪の毛がなく小さく纏めた髪がちょこんと乗っかっている。
えーと、私は何を召喚したのでしょうか。どう見てもヒューマンに見えるのだけど。
青年が私に知らない異国の言葉で話し掛けてくる。
あわわわっ、どうすれば……あっ、そうだ。
確か、知恵のある魔物を呼び出した時は、意思の疎通をするための共通言語の魔法が召喚魔法にはあったはず。
「コモン、ランゲージ」
『娘御、ここは一体どこなのじゃ』
私が呪文を唱えると、青年の言葉がわかるようになった。
『あなたは何者? ヒューマンなの?』
『ヒューマンというのはわからぬが、それがしは伊藤一刀斎景久じゃ』
これが、私と奇妙な異界人カゲヒサとの初めての出会いだった。